艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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赤城の場合(6)

現在、夜、売店裏の池のほとり

 

「そっかー」

潮の話を一通り聞いた赤城は頷いた。

前の鎮守府の司令官は莫大な私財を投じ、気に入った艦娘達を育てた。

それは出撃や遠征でのLV上げではなく、軍事演習は座学と仮想演習のみ。

艤装は輸送船や視察が来る時だけ装備させたが、それ以外は外させた。

司令官は艦娘達に、

「女の子として過ごしてくれれば良い。街や学校で学びなさい」

と言った。

最初の着任地でもあったので、何となく不思議には思っていたが従っていた。

ゆえに潮はきちんと高校まで入学していたというのである。

高校に入った直後のある朝、目覚めた潮は海底に居た。

慌てて海面まで泳いだのだが、目の前には焼け崩れた鎮守府があった。

そしてふと海面を見ると、イ級になった自分が居た。

後はひたすら逃げまくる日々だった。

幸い、艦娘自体のLVが高かったので駆逐艦ながら高い能力を有しており、

「なんてすばしっこいの!全然当たらないじゃない!」

と、攻撃してきた艦娘達は地団駄を踏んで悔しがったそうである。

しかし、なりたくてなった深海棲艦な訳でもなく、どうして良いか解らなかった。

いつも1人で彷徨っていたが、勧誘船が来たので思い切って乗ったのだそうである。

「もう、どうして良いか解んないんです」

潮ははむはむと羊羹を食べながら俯いていた。

赤城も考え込んでしまった。

「余りにも特殊な生い立ちよね・・」

「や、やっぱり変だったんですか?」

「貴方は何も悪くないですよ。そう命じたのは司令官ですからね」

「・・でも、司令官は優しくて大好きでした」

「けどね、今海は戦場で、貴方が見た通り、戦えないと知れたら滅ぼされるのよ」

「・・・」

「司令官はもっと違う所でそういう活動をすべきだったと思います。例えば孤児院とか」

「・・・」

「まぁ、司令官の事を貴方に言っても可哀想だからこれ以上は言わないです」

「はい」

「で、今後どうするか、よね」

「はい」

赤城は潮の頭を撫でた。

「一切制約が無いとして、今まで希望した事も全部忘れて、今、何をしたいかしら?」

潮は赤城をじっと見たあと、俯いてぽつりと呟いた。

「司令官さんに、会いたいですね」

「それは・・」

困った顔をする赤城に、潮はふっと笑った後に続けた。

「解ってます。司令官さんがお亡くなりになったという事は」

「そうすると・・」

「だからといって自決するつもりはありません。会えたら良いなって」

「・・・」

「私、司令官さんに言った事があるんです」

「どんな事を?」

「将来、学校をきちんと出てパティシエになりたいって」

赤城は聞き返した。

「ぱ、パテ?」

「パティシエ。洋菓子の職人さんです」

途端に赤城の目が輝いた。

「お菓子職人さんですか!」

潮は頷いた。

「はい!」

「良いじゃないですか良いじゃないですか!」

潮はますます俯いた。

「でも・・それはそれこそ、艦娘としては許されない未来ですよね」

「んー」

「司令官さんに言った時も、さすがに厳しいねえと困った顔をされましたから」

「・・・」

「解ってるんです。適わない夢だって事は。でも」

「いいえ!」

話を遮られた潮はぎょっとして赤城を見た。

「・・えっ?」

「良いじゃないですかパチ何とか!」

「ぱ、パティシエです」

「潮さんはLV48までなったのでしょう?」

「え、演習と座学だけですけど」

「つまり、ちゃんと勉強する事は出来るって事ですよね?」

「は、はい。高校はちゃんと試験に合格しましたし」

「だったら!そのパチ何とかの勉強をすれば良いんです!」

「勉強・・しても良いんですか?」

「どうやったらなれるか解りますか?」

「え、ええと、専門学校に行く方法が一般的で、他には弟子入りする方法もあります」

「弟子入り?」

「洋菓子店のマスターさんとかに頼んで、弟子入りするんです」

「目星はあるんですか?」

「ええっ!?が、学校のですか?洋菓子店の方ですか?」

「どちらでも良いです!」

潮はもじもじしながら答えた。

「あ、あの、洋菓子店さんの方なら・・心当たりというより、行きたいなって思うお店が」

「あるんですね!」

「は、はい」

「行きましょう!」

「はい!?」

「提督に相談して、きちんと筋を通して堂々と行きましょう!」

潮は目を白黒させた。

艦娘がパティシエ?あの司令官さえダメだと言ったのに。

「え、あ、あの、赤城さん?」

「そうと決まれば善は急げです。明日、起きたら朝食の前にうちの部屋に来てください!」

「え、あ、赤城さんのお部屋に伺えば良いんですか?」

「その通りです!」

「は、はい、解りました」

「じゃあ今夜はゆっくり寝てください。夜更かししたらダメですよ!」

「は、はい!」

「じゃ、待ってますからね!」

「お、おやすみなさい」

去っていく潮に手を振りながら、赤城はにこっと笑った。

最後の最後、潮はちょっとだけ、嬉しそうに笑っていた。

なんとかしてあげたいですね。

 

そう。

赤城が朝晩、池を巡回しているのはこういう事をする為である。

大勢が一緒に生活する鎮守府では、当然それぞれが様々な思いを抱えており、時に悩む。

自分で悩みをぶつけられる場合もあれば、一人で静かに抱え込む場合もある。

抱えても自分で解決出来れば良いが、傍から見て明らかに雲行きが怪しい場合もある。

あまり思いつめると任務に支障をきたすので、赤城が相談に乗っているのである。

これは別に提督や他の秘書艦から頼まれた訳ではないが、

「困ってるのは可哀想なので!」

と、自主的に続けている。

勿論加賀からダイエットを勧められた時の逃げ口上にも役立てているのである。

 

翌朝。

 

「加賀さん、お願いがあります!」

しっかりと目が覚め、顔を洗ってきた加賀を向きつつ赤城は言った。

「・・なんでしょうか?」

「今日は秘書艦当番ですよね?」

途端に加賀は両手を小さく顔の前に持ってきて、遮るような仕草をした。

「あ、あの、あの、な、並んでおやつを食べるのは」

「それは色々言いたい事がありますが後回しにします」

加賀は心底ほっとしたような表情になった。

「よ、良かった」

「で、今日は潮さんの相談で提督の部屋に行きます」

「はい」

「加賀さんはパチシェーって知ってますか?」

加賀は一瞬戸惑い、怪訝な顔をしつつ、

「・・・もしかして、パティシエですか?」

「お菓子職人さんだそうです」

加賀は頷いた。

「ええ、洋菓子職人の事ですね」

「潮さんが、それになりたいそうなんです」

「なるほど」

「ですから、提督を丸め込むのを手伝ってください」

加賀は小首を傾げた。

「・・丸め込まなくても、準備が整っているのなら反対されないと思いますが」

「ええっと、つまり、その、パチェーってなんだとか説明したりとか」

「パ・ティ・シ・エです。それでは喘息持ちの魔法使いになってますよ」

「・・・加賀さん」

「なんですか?」

「パティシエになる為の準備とかご存知ですか?」

「いいえ。ただご存知の方は知ってます」

「誰ですか!」

「間宮さんです」

赤城はのけぞるほど驚いた。

「ええっ!?間宮さんて和菓子職人では?」

「いえ、お菓子全般勉強されてますよ」

その時。

 

コンコン。

 

「あ、あの、潮、参りました」

赤城が振り向いて言った。

「良い所に!さぁいらっしゃい!」

「し、失礼します」

 

 


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