現在、昼、バシー島沖の海域
潮は懸命に測距しながら、魚雷を設定した。
使い慣れた4連酸素魚雷だが、緊張のあまり設定を何度も間違えた。
そして心配になって何度も確認してる間に距離が縮まってしまい、また設定を直す。
そうこうしてる間に雷撃可能距離ギリギリになってしまった。
「あ、あわ、あわわわわわわわ」
このまま突破されたら赤城達の背後を取られてしまう。
でも、本当に撃って良いのか?もし設定を間違ってたら、もう次発装填出来ない!
もはや重巡2隻は目視出来る距離まで迫っていた。
「~~~~~!!!」
進退窮まった潮はついに目を瞑って魚雷を発射したのだが、怖くて目を開けられなかった。
だが。
「ハイ、ザンネーン」
ハッとして顔を上げると、重巡リ級2隻がにっと笑いながら肩に手を置いた。
潮はその場で座り込んでしまったのだが、すっと息を吸って目を瞑ると、
「・・・一息に、お願いします」
観念したような声だった。
だが、重巡達は何もしてこない。
じわじわと時間が過ぎ、不安に耐え切れずそっと片目を開けたところ、
「バア」
目の前にリ級の顔があった。
「にゃあああああああああ!」
「アッハッハー、引ッカカッター」
潮は涙目になって両腕をぶんぶん回した。
「なっ、なんですか!なんなんですかぁ!」
「それはこっちの台詞です」
がばりと振り返ると赤城達が居た。声を掛けたのは赤城である。
「一体どうしたの?試験では良かったのに。引きつけるにしてもギリギリ過ぎるでしょう」
穏やかに問う赤城に返す言葉も無く、潮はしょぼーんとしてしまった。
そこに響がとことことやってきた。
「もしかして・・実弾撃った事無いのかい?」
潮は俯いたまま、こくんと頷いた。
「アーア、ソリャキッツイワ」
「赤城チャン、LV1の初陣デココハ無イワヨー」
「LVは・・48なのよ?」
「・・演習ダケデLV48?」
「そう」
「箱入リ娘モ良イトコジャナイ」
赤城は潮に尋ねた。
「そもそもどうして深海棲艦になっちゃったの?」
潮がぽつりと言った。
「鎮守府が深海棲艦の夜襲を受けたらしくて、目が覚めたらイ級になってました」
「昇天か転属すれば良かったじゃない」
「ほ、本当に寝てる間の事で、起きて変だと気づいた後もやり方を教えてもらってなくて、どうすれば良いか解らなくて」
赤城は溜息を吐いた。本当の箱入り娘だったのだ。
その鎮守府の司令官は潮を溺愛していたのだろうが、それでは潮自身が困る事になる。
そう、実戦でまるで役に立たないのである。
赤城はふと気づいたように深海棲艦達に言った。
「あ、そうそう、これいつものです。間宮羊羹12本。確認してください」
「イヤー、イツモアリガトウ。コレ大好キナンダ。ソンジャ、コレネ」
「ひぃふぅ・・はい、6つ確かに。あ、空き容器また渡しておくわ」
「了解。ジャーネー」
「さようならー」
去っていく深海棲艦に手を振る赤城達を見て、ついに潮が声を掛けた。
「あ、ああ、あの、あの、赤城さん」
「なんでしょう?」
「あれ、どなたでしょうか?」
「重巡リ級2隻と補給艦4隻の皆様ですよ」
「・・・手に持ってらっしゃるのは?」
「重巡2隻と補給艦4隻の船霊ですが?」
艦娘達が深海棲艦を撃破し、それが大本営で確認されると初めて敵撃破とカウントされる。
その証拠の品として持ち帰るのが、深海棲艦の船霊の入った容器である。
大本営がこれをその後どうするのかは知らないが、それが規定である。
本来は、轟沈して光った深海棲艦に向かって空容器の蓋を開けると船霊だけを取り込める。
潮は去っていく深海棲艦達と赤城の手を交互に見比べた。
「・・な、なんで、お持ちなんですか?」
「取引したからですが?」
んんん?
潮の混乱を見て響が補うような質問を被せた。
「どうして彼女達は帰って行くのに、船霊があるのかって事なんだと思うよ」
潮はハッとしたように何度も頷いた。
船霊を抜かれたら深海棲艦が生きてる筈が無い。
だからこそ撃破数としてカウントされるのだ。
赤城はけろっとした顔で答えた。
「あの子達とは違う魂なので」
響が両手を後頭部に当てながら答えた。
「赤城は無傷で船霊を貰える、深海棲艦は貴重な甘味が手に入るって事だね」
「更に新しい艦娘の実力も確認できます」
潮は俯いて沈黙していたが、ハッとしたように、
「わっ!私!本物の実弾を撃ちましたよ?100%当たらないと思ってたんですか?」
「ええ」
「そ、そんなにダメそうに見えますか?私・・」
「違います」
「何故ですか?」
「あの方達、艦娘で言えばLV150以上だから、砲雷撃避けるなんて朝飯前なのですよ」
「・・・は?」
「本来、こんな海域に居る方がおかしいの」
「ど、どうしていらっしゃるんですか?」
「私が頼んでるから」
潮は脳が沸騰するくらい考えたが、何がどうおかしいのか説明が出来なかった。
「さ、皆さん帰りましょう」
赤城が促したので、潮は悩みながら海域を後にした。
その夜。
「一体・・どうしたら良いのかな」
潮はぽつんと一人、体育座りをして池に写る月を見ていた。
鎮守府の中で夜、一人になれるところは意外と少ない。
教室棟、演習場、運動場、集会場は全て施錠されるし、売店も食堂も閉まっている。
通信棟、入渠棟、提督棟、工廠や事務棟は夜遅くまで誰かしらが居る。
寮なんかで一人になれる筈が無いし、森は入れるがとても暗くて怖い。
そういうわけで、売店裏の小さな池のほとり位しか残っていないのである。
しかし、ふいに視界が無くなった。
「だーれだ?」
潮はおずおずと答えた。
「あ、赤城さん、です」
「正解です!潮さんには間宮羊羹をプレゼント~」
そう言うと赤城は潮に間宮ミニ羊羹を手渡した。
「・・あ、ありがとう、ございます」
「はい。御礼をちゃんと言えるのは良い事ですよ」
「・・えへへ」
潮が羊羹を見ながらにこにこと笑ったので、赤城は近くのベンチに案内した。
「さて。潮さんはこの後、艦娘を続けると希望したのよね?」
「は、はい。私、前の鎮守府では何もお役に立てなかったので・・」
「聞かせて貰っても良いかしら?」
「ま、前の鎮守府の事ですか?」
「ええ」
潮はしばらく黙っていたが、やがて
「お、お話します」
と言った。