艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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さて、これからこの方にお越し頂く事に致します。
思えば最初に描いた艦娘さんでしたね。



赤城の場合(1)

現在、夜、売店裏の池

 

「・・・うん、今夜は誰も来ないようですね」

赤城はそっと立ち上がると、服についた土を軽く払い、部屋に戻った。

「おかえりなさい。この時間という事は、誰も居なかったのですね」

部屋に戻ると、加賀が声をかけつつ、すっと手元の本を仕舞った。

表紙に「保存版!花嫁衣装はこれで決まり!」と書いてあったのは見なかった事にする。

「ええ、今夜は誰も居ませんでした」

「最近、落ち着いてきましたね」

赤城は艤装を外しながらニッと笑った。

「居ないに越した事はないです。取り分も減りませんし」

加賀はそんな赤城をじっと見た。

「取り分が減らないと、艤装がピンチなのではありませんか?」

赤城は寝間着に着替えながらキリッとした顔で振り返りつつ言った。

「だからこうして朝晩の巡回をしてるじゃないですか!」

だが、加賀は眉間に皺を寄せながら返した。

「カロリー的には1回の出撃に遠く及ばないのですから、摂取量をそろそろ・・」

赤城はバタバタと両腕を振った。

「まっ!まだ大丈夫!大丈夫です!」

加賀はジト目になった。

「自覚があるなら、手遅れになるまで放置するのは慢心というものです」

赤城のこめかみを嫌な汗が伝った。

このままでは明日から食事制限だ。下手をすれば、

「皆様とランニングしてみては如何です?私も付き合いますよ」

と、5時に目覚ましをセットされそうだ。

冗談ではない。明日からの生活がこれからの数分間にかかっています!

慢心してはダメ。全力で参りましょう!

加賀は心配そうな顔をして言った。

「私も付き合いますから、明日からラン・・」

「ところで加賀さん!」

赤城の大声に加賀はびくりとした。

「な、なんですか?」

「提督とは最近如何ですか?進捗はありましたか?」

途端に加賀の頬がぽわっと赤くなった。

「い、いえ、私の話はですね」

赤城は機会を逃さず畳み込んだ。

「どうですか?手でも握りましたか?イチャイチャしてますか?」

加賀は真っ赤になって俯くと、

「あ、あの、この前秘書艦当番だった時に・・」

赤城は身を乗り出して聞いた。

「だった時に?」

「お、お茶と煎餅を一緒に頂いたんです・・」

「ほっほーう!どこで?どこでですか!」

「あ、て、提督室の、応接コーナーで・・」

「隣に座って?」

加賀がこちらを向くと、表情を曇らせた。

「む、向かい合わせで・・隣は勇気が出なくて・・」

赤城はぐっと拳を握った。

「そこは押しましょう!一航戦の誇り!押して行きましょう!」

加賀はますます小さくなり、俯いて畳にのの字を描きだした。

「お、押したいのは山々ですけど、嫌われては大変ですし・・」

赤城は拳の親指をぐいっと立てた。

「指輪をくれた程の仲なんですから、そう簡単に変わりませんよ!」

加賀は再び顔を上げた。頬が赤くて目が潤んでいる。かなり可愛い。

「で、でで、でも、男心と秋の空とも言いますし」

赤城は眉をひそめた。

「もし提督がそんな男だったら空爆してあげます!」

加賀はぶんぶんと手を振った。

「そっ!そんな!提督にお怪我をさせるような事はダメです!」

赤城は両手を腰に当てた。

「万が一の話です。加賀は明日秘書当番でしたよね?」

加賀は目が泳ぎだした。

「え、えっと、さぁ、ちょっと記憶が」

赤城は一層顔を寄せた。

「明日でしたね?」

「・・はぃ」

「じゃ、やってみてください!そして私に報告してください!」

「あ、明日?」

「明日」

「か、考えて覚悟を決めたいので1ヶ月くらい先に・・」

言いかけた加賀は赤城の表情を見て言葉を引っ込めた。

「・・良いですね?」

「わ、解り・・ました」

「では今日はもう寝ましょう!」

「・・はぃ」

赤城はパチリと照明のスイッチを切ると、布団に横になった。

加賀はまだ両手の人差し指をもよもよと絡ませながらブツブツ言っている。

きっとしばらくそのままだろう。

加賀に話の振り方を間違えると、提督との果てしないおのろけ話になります。

出会いの頃から話し始めると1晩経っても終わりません。

しかしあらゆる話題から加賀の気を逸らせるには最も効果があります。

ダイエットの話題から逸らせつつ提督とのおのろけも回避する。

難しい舵取りでしたが何とかこなせました。

赤城は小声で呟きつつ目を閉じた。

「上々ね」

 

翌朝。

 

ジリリリン!

目覚ましがいつも通りの時間に鳴り始めると、赤城は腕だけ伸ばしてパチッと止めた。

赤城の目覚めは大変良い。

目覚ましを止める頃にはきちんと意識がある。

そして、起き上がりながら加賀の布団の方を見て硬直した。

自分の記憶が確かなら、昨夜照明を消す前から両手の人差し指を絡めていた。

そして目の前に居る加賀は、目の下に真っ黒なクマを作りながら人差し指を絡めている。

・・まさか。

「か、加賀?」

加賀はどろんとした動きで赤城を見上げた。

「・・はい」

赤城は溜息を吐いた。本当に提督の事になると乙女だとは思っていたけど!

「・・寝てないですね?」

加賀はこくりと頷いた。

「・・はぃ」

赤城は両腕を腰に当てた。

「寝なさい」

「・・で、でも、今日は秘書艦当番で」

赤城は加賀を布団に寝かせた。

「いーから、寝なさい」

加賀は大人しく従った。

「・・おやすみなさい」

「秘書艦当番は明日の子と代わって貰いますから」

加賀は顔まで布団をあげると、ぽつりと言った。

「・・ごめんなさい」

赤城の心にその一言はちくりと刺さる。

すれ違う子達とあいさつを交わしつつ、赤城は廊下を歩きながら考えた。

ダイエット回避の為とはいえやり過ぎましたかね?

でも待って。そもそもやり過ぎって内容ですか?

隣に座るのってそんなに勇気が居るのかしら?

明日の当番は・・日向ね。

 

赤城は戦艦寮に向かった。

 


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