加古がソロル鎮守府に所属する事を決めた数日後。提督室。
所属すると決めて以来、加古は色々な事を精力的に試していた。
どこまで動くと、どこから誰が何を言うか、誰を留意するべきか知る為である。
結果として解ったのは、強い結束があるという事だった。
要するに皆がルールを知っていて、踏み外すとその場に居る誰かが注意してくる。
人によって言い方や説教の強さは多少異なるが、言ってる事は同じだ。
だが、しっかり根拠を持っておかしいと言えば、皆で話し合って考える。
総意が取れれば、どんなルールでもコロッと変えてしまう。
加古はこの柔軟性に舌を巻いた。
一方、加古は月に1度、周囲の目を盗みつつ、生卵を買いに島の外へ無断で出かけていた。
加古はカレーに生卵を乗せるのが大好きだったのである。
これは前の鎮守府に居た頃からやっていた。
しかし、無断で出ずとも簡単に外出許可が取れると知ったのはだいぶ後の事であった。
ある日、古鷹に誇らしげに生卵を見せ、見つからずに外出出来たよと告げた所、
「外出?事務棟で紙1枚書けば、5分位で許可出るよ?」
と聞き、加古は愕然とした後、涙を流して悔しがった。
前の鎮守府では班長、部隊長、旗艦を経由して司令官に承認してもらう必要があった。
無論相当の理由が無ければ一瞬で断られる。
生卵を買いに行くなどと言う理由では絶対に無理で、仕方なく無断外出していたのだ。
ソロル鎮守府のルールでは、軽微な違反は直し方を説明しなさい、というのがある。
だから古鷹はぐしぐし泣く加古の頭を撫でながら言った。
「良い子だからちゃんと申請書書きましょうね。すぐ済みますから無断はダメですよ~」
前の鎮守府の常識は通じないと心に刻んだ加古は、以来ルールをよく確認するようになった。
話は現在に戻る。
加古の部屋をノックする音がした後、引き戸がするすると開いた。
「こんにちは、加古さんいらっしゃいますか?」
自室で勧誘船の図面を眺めていた加古は、振り返った先の来訪者におやっと思った。
「いっるよ~・・・あれ、文月?珍しいね」
「先週頼まれた、太平洋横断航路復活の件ですけど」
がばりと加古は立ち上がった。
「おぉ!なんか反応あった?」
「それが、なんとか1600t積めないかって言う声が多いんです」
「なんでかな?」
「40フィートドライコンテナ50本というのが輸送単位らしいんです」
「1本どれくらいの重さ?」
「32トンだそうです」
加古は電卓を叩いて顔を歪めた。
「ゲッ・・・ピッタリじゃん」
「ですね」
「幾らなんでも多少余裕が無いと怖すぎるから・・・」
「2000t、でしょうね」
「んー、2隻で運べば良いのか」
「まぁそれなら余裕をもって1隻1200tで間に合いますね」
「需要の反応は?」
「資源、食料、製品、果ては原油まで。軍需も民需もありとあらゆるリクエストが出てます」
「原油なんてどうやってコンテナに積むのさ・・」
「ドラム缶に入れて積むと言ってました」
「考えるねぇ・・輸送費については?」
「払底している資源は何があっても欲しいそうなので、幾らでも出すと」
加古はニヤリと笑った。相当大きな商機ありだ。
だが自分は仕事としての海運なんて完全な素人だ。どうすれば良い?
「文月、海運に強そうな人知らない?」
文月は首を捻りながらインカムをつまんだ。
「んー、ちょっと聞いてみますね」
「へぇ、こんな人とまで交流があるんだねえ」
加古は夕張から渡された名刺を見て唸った。そこには
虎沼海運株式会社
代表取締役社長 虎沼隆三
と書かれていた。
「この人の娘は、元艦娘なんだよ」
「へ?」
「深海棲艦になって、艦娘に戻って、人間になって、養子になったの」
「ってことは」
「そう、うちで手配したんだよ」
「凄まじいコネじゃん。今も連絡してるの?」
「月に1回位、恵ちゃんとお手紙をやり取りしてるよ」
「その子の名前?」
「そうそう」
「お父さん、1枚噛んでくれるかなあ」
「具体的な提案があれば良いんじゃない?」
夕張の言葉に加古は頭をガリガリと掻いた。
「んー、会社の社長さんを納得させられる資料?苦手だなあ」
文月が口を開いた。
「成功報酬3%で引き受けますよ?」
「この場合の母数って何?」
「加古さんが受け取る利益です」
「ま、それなら払えるね。文月ちゃん頼むよぅ」
「じゃあ計画を教えてもらって良いですか?」
「あたしも聞いてて良い?」
「勿論。秘密にする話じゃないし。あ、最上も呼ぼう」
「・・勧誘船を改造した貨物船で自動海運かい?」
呼ばれた最上(と三隈)はふむんと顎を撫でた。
「燃料格納庫が増えるから1100t位までかな、積載量は」
「1000t積めればOK。ただし2隻で1セットにする」
「合計1600t運びたいって需要を考えるとそうだよね」
「そういう事。多少余裕ある方が回避力上がるでしょ?」
「そうだね」
「航路は太平洋で決まりなの?」
「そこは聞いてみようと思ってんだ。想定は太平洋だけどさ」
「喜望峰回るのでも最大1000tなら大丈夫だよ」
「説明しやすいし、それで良いよ」
「1隻にコンテナ25本ずつ積むんだね」
「規定通りなら800tだけど、どうせ重量オーバーするコンテナもあるでしょ」
「そりゃそうよね」
「2隻単位で自動的に航路を決めて航行し、深海棲艦の襲撃は避ける」
「解りやすいわね」
「で、料金は?」
文月が両手を開きながらにこりと笑った。
「昔のフェリーの10倍です」
「高っ!」
「それがそうでもないんです。軍艦1艦隊でタンカー護衛した場合、45倍かかります」
「ゲロ高っ!」
「クエストの荷主可哀想だなー」
「更に、深海棲艦が攻撃してこない成層圏での空輸でも60倍から75倍です」
「さすが空輸・・洒落にならないわね」
「ちなみに陸路は15倍ですが、配送範囲が限られ、注文が殺到して20倍近いそうです」
「うーわー」
「ですから、10倍なんて大バーゲンなんです」
「実際のコストは?」
「ええと、約2.5倍でペイします」
「つまり75%丸儲け?」
「はい」
文月を含む面々は全員にひゃりと笑った。
「最上、2隻作るのどれくらいかかる?」
「燃料タンク増強、装甲と貨物室の追加が要るけど、アテはあるから3日で良いよ」
「念の為予備機は要るんじゃない?」
「4隻なら5日かな」
「解った。それで伝えておくよ」
「まずは虎沼さんが乗るかどうかよね」
夕張が名刺を掴んだ。
「早速連絡取ってみるね!」
「よろしくぅ!」
席を立とうとする面々に三隈がピッと人差し指を立てた。
「提督にもうご報告すべきでしょう」
加古は頷いた。
「おおう、そうだね。皆、一緒に説明してくれるかな?」
面々はこくりと頷いた。