艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加古の場合(3)

 

加古が深海棲艦から戻った数日後。提督室。

 

「ふうん。よっぽど心配だったのかね」

古鷹から聞いた説明に対する提督のコメントに、加古は首を傾げた。

「心配?」

「要するに司令官は自分の決定以外だと不安なんだろ?」

「・・・」

「他の事をやって失敗されるんじゃないかって心配と」

「・・・」

「他の事の方が上手く行った場合、自分の自信が揺らぐのが心配なんだろうよ」

その言葉は、加古が長年抱えていた疑問にすぽんと嵌った。

どちらも思い当たる節が幾つもある。あぁ、そう言う事だったのか!

「・・・あ」

提督は肩をすくめた。

「まぁ、普通は指揮官の言った通り動けってのが軍隊だからねぇ」

「・・・」

「でも私はね、戦場の遙か遠くで、君達の通信を聞いてるだけなんだ」

「・・・」

「そして君達は目の前で体験してるわけだ」

「・・・」

「私が判断しなきゃいけない事はある。うちが何を大事にするかとか、戦闘に加わるかとか」

「・・・」

「何もかも押し付けるのは提督として怠慢だけど、君達に任せる所は任せた方が上手く行く」

「・・・」

「私はそう信じてるし、艦娘だからって海の上で戦わなきゃいけないとも思ってない」

「遠征要員って事?」

「いやいや、間宮や鳳翔のように食を支えるのも大事な事だと思うし」

「・・・」

「文月が事務方を担うのも、睦月が深海棲艦を艦娘に戻す事も立派な仕事なんだよ」

「・・・」

「ここでは皆が自分が出来る事、得意とする事をやってほしい」

「・・・」

「全体として機能しないなら機能するよう調整するけど、ほとんどそんな事も無い」

「・・・」

「それに、私だけじゃ手に余るなら、皆に相談するしね」

加古は静かに聞いていたが、最後の一言にピクリと反応した。

「・・相談?」

「相談」

加古はじっと提督の目を見ると、提督は首を傾げながら見返した。

提督が艦娘に相談する、という事を提督は微塵もおかしいと思っていない。

周囲の艦娘達も聞き返した事に、相談の何が気になったのだろうという目をしている。

相談するとは、自分と艦娘達を対等に見て、意見を聞きたいと思ってるという事だ。

加古は目を閉じ、静かに息を吸い、吐いた。落ち着け。まだだ。

ここまで手の込んだ芝居をする事も無い筈だ。現状ではその必要性が無い。

だが、加古はまだ信じかねていたので、一芝居打つ事にした。

「じゃあ、商売を始めても良い?」

提督は小首を傾げた。

「商売をしたいのかい?」

「そう思ったら、って事」

加古はぺろりと舌を出したが、提督の目を見続けていた。

提督は間髪を置かずに答えた。

「事務方に相談して、採算性をちゃんと考えなさい。顧客に迷惑をかけるなよ?」

提督の返事を聞いた加古は目を剥いたが、次第に笑いが込み上げてきた。

「ふっ・・ふっふふふふふ・・・あはははははははっ!」

「?」

見つけた。あたしが住みたい鎮守府はここだ!

そう思った途端、ぼろぼろと涙が零れてきた。

本当に、本当に長かった!

「ごっ、ごめんね提督」

「笑ったり泣いたり忙しいね」

「散々、散々探し回ったんだもん」

「何を?」

「ここのような鎮守府を!」

「・・そうか」

「提督!お願いします!ここに着任させてください!」

提督は入り口でそっと目頭を押さえていた古鷹に言った。

「古鷹」

「は、はい」

「部屋にもう1組、布団を用意しなさい。良かったな、やっと妹が来たぞ」

「はい・・・ありがとう、ござ、います」

「加古。私は君を私の娘として歓迎する」

「娘?」

「そう、娘だ。だから役に立つか立たないかはどうでも良いんだ」

「・・・」

「さっきのが本気か知らないが、商売であれ自分の装備であれ、自分でしっかり考えなさい」

「・・・」

「自分で勉強しても良いし、教育班に教えを乞うても良い」

「・・・」

「戦う事を無理強いはしないが、危機の時には手を貸して欲しい」

加古はすっと目を細めた。

「・・それで鎮守府が滅亡するような事になっても?」

提督は頷いた。

「皆が出して良いと思う事を全て集めても滅亡するなら運命だろうよ」

「・・・」

加古は数秒間、じっと提督の目を見つめた。泳いでない。本気でそう思ってる。

参った。あたしが確認出来る事は全て確認した。懸念事項は無い。

「さ、まずは古鷹に同行して自分の部屋を確認しなさい。後は自由だ」

加古は少し考えてから言った。

「解らない事は、古鷹に聞いて良い?」

古鷹が答えた。

「大体の事は解るし、解らなくても解りそうな人は紹介出来ると思うよ」

提督はにこにこして二人を見た。

「姉妹仲良くやんなさい」

「提督、ありがとうございます。加古、いこっ!」

古鷹が満面の笑みで差し出した手を、加古は握ると、

「うん!じゃよろしくね、提督っ!」

と言いながら、部屋を出て行った。

 

パタン。

 

「うちが加古の期待通りだと良いなぁ」

提督がそう言うと、赤城は意外そうに見返した。

「納得して自ら着任を申し出たのですから、そうではないのでしょうか?」

「蓋を開けたら想像と違ってたって、よくあるじゃないか」

「先程提督が仰った事と、鎮守府の実際で、ほとんど差異はありません」

「そうかい?」

「むしろ現実の方が緩いですから」

「まぁ、気に入らなければ異動させてあげようか・・そういえば赤城さん」

「何でしょうか?」

「最近、夕食時間が1時間延びたのってなんでかな?」

「遠征で遠い子が間に合わないからですよ」

「・・・売店も?」

「歯ブラシとか買いたい子も居るかもしれないじゃないですか」

「ふーん・・・」

「な、なんですか?」

「延長した閉店間際に赤城がボーキサイトおやつを台車単位で買って行くと聞いたんだけど」

ぎくうっ!

「なんで閉店間際なんだい?」

途端に赤城の目が泳ぎだした。

「とっ、当番が終わるのが、その頃なので・・・」

提督はジト目になった。

「毎日備蓄を増やさなくても週に1回とかで買い置きしておけば良いじゃないか」

「一度に運びきれないんですよ・・」

「台車で運んでるんだろ?何日分か知らないけど」

「一晩で食べてしまいますもの」

提督は溜息を吐いた。

「あのね、加賀と仲良く食べる分をまとめ買いするのは結構だけどさ」

「え?買って行くのは自分の分ですよ?」

提督は数秒間赤城の顔を見た後、ちらっと目線を下げ、

「慢心すると、あっという間にその辺りに来るよ?」

と言った。

赤城はお腹を隠しながら頬を真っ赤に染めると、

「セッ!セクハラですよ提督!」

提督も負けず劣らず真っ赤になりながら、

「毎晩台車1台分もボーキサイトおやつ食べてたら太るに決まってるだろ!」

「じゃあ半分なら良いですか!1/3ですか!」

「一袋にしなさい!間宮だって分量考えて売ってんだから!」

「私に死ねと仰るんですか!」

「死ぬわけないだろ!あれだけ晩御飯食べておいて!」

「お小遣いで食べてるんだから良いじゃないですか!」

「艤装が入らなくなったらどうするんだ!」

「それは心配ありません!」

「やけに自信ありげだな・・理由を聞こうじゃないか」

「ほら、艤装のここにアジャ・・スター・・・・」

提督は再びジト目になった。

「・・・既にMAXになってないか?」

「あ、あれ?おっかしいなあ」

「おっかしいなあ、じゃなくて、それ以上広がるなよ?」

「広がるって表現おかしくないですか?」

「太るって言うよりリアルだろ?」

「生々しいですけど!」

「まぁ、私も甘い物好きだから気持ちは解るけどさ」

「やった!お墨付きを得ました!トロッコ買ってきます!」

「違う!いーから、ちゃんと艤装付けられる範囲で押さえなさい!」

「はぁーい」

提督は頬杖を突いた。

赤城は確かに加賀と双璧を成す正規空母の実力者だが、良いのかこれで?

甘やかし過ぎてるかなあ。

加賀は赤城の件をどう思ってるのかな。後で相談してみるか。

 

 


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