艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加古の場合(2)

加古が深海棲艦から戻った数日後。鎮守府の浜辺。

 

声を掛けてきた古鷹に、加古はむくりと半身を起こして向き直った。

「ええと、君はここに所属してる古鷹かい?」

「そうだよ」

そこで加古は思いついた。ここで生活している加古に話を聞いてみよう!

「ねぇ、ここの加古に会いたいんだけど、どこに居るかな?」

すると古鷹が寂しそうに笑った。

「ここには、加古は居ないよ」

「えっ?」

「建造出来て無いの。だから私は一人ぼっちなんだよ」

「・・・」

「あの、貴方は深海棲艦から帰って来た人でしょ?」

「そうだよ」

「今までどんな旅をしてきたの?」

「旅?」

「うん。私は、人生って長い長い旅のような物だと思ってるの。だから旅」

加古は古鷹を見た。

前の鎮守府の古鷹は司令官に輪をかけたように厳粛だったけど、この子は目が優しい。

「えっと、長いよ?聞いてくれる?」

「あ、じゃあ私の部屋でお話しましょ。お菓子もあるよ」

「おおっ!お菓子食べていいの?!」

「・・・ダメな所があるの?」

「前に居た鎮守府では食事以外一切禁止だったよ」

「そっか、随分違うんだね。うちだと提督からして耐えられないよ」

「は?」

「だって提督、仕事中に抜け出してお菓子買いに行ってるし」

加古はがくんと肩が下がった。なんだそれは?

「き、規律乱れない?」

古鷹は小首を傾げて

「んー、普段はゆるいけど、やる時はやる。それがうちの雰囲気だよ」

「ふーん」

「とりあえず、部屋に行こうよ!」

にこっと笑いながら差し出された手を握り、加古は古鷹について行った。

会話が温かい。態度が優しい。

こういう雰囲気は良いな。

 

「凄い旅をしてきたんだねぇ!それで、加古は人間に戻るの?それとも異動するの?」

「どうしようかなって迷ってんだ~」

「うちに来ない?提督も良いって言ってくれると思うの!」

「んー」

最初に会った時の寂しそうな笑顔に比べて、今の古鷹はキラキラした瞳で嬉しそうだ。

これで嫌だと言ったらまた元に戻ってしまうだろう。

でも、自分にも求めている物がある。本当に長い間、求めている物が。

「・・・あ、あのね古鷹」

「うん」

「ここでは、開発したり、戦術を考えても良いのかな?」

「えっと、どういうこと?」

「あのね」

加古はどうして深海棲艦になり、何を悩んでいたかをきちんと説明した。

前の鎮守府に居た古鷹なら、自分勝手な奴だと説明が終わる前に叱り飛ばされただろう。

だが、目の前の古鷹はきょとんとして言った。

「ここでは当たり前だよ?」

「へ?」

「提督がそうしろって命じてるし」

「・・・どういう事?」

「あのね、うちに入ると必ずやらなきゃいけない事があるの」

うえっと加古は思った。また規則で縛られるのか。

「自分が何の艤装を持つかって事を、自分で決めるの」

「は?」

加古は一瞬訳が解らなくなった。

兵装の指定なんて司令官しか持ってない特権で、言われるままに装備する物ではないのか?

気に入ってようが嫌いだろうが、出撃先での戦果を最優先にと言われて・・

「それも、皆何カ月も悩んで決めるんだよ」

「ど、どうして?」

「物凄く過酷なケースを想定したテストがあるの」

「例えば?」

「魚雷を受けて開いた穴を修理してる時に敵戦艦の艦隊と遭遇したら対応出来るか、とか」

「!?」

「自分一人で正規空母3隻が放つ艦載機の空爆を振りきれるか、とか」

「!?」

「こういう事が起きた時、この装備をこう使ってこうする、というのを自分で決めるの」

「・・・」

「そしてそれらのテストに合格しないと出撃や遠征に出る事を許可されないの」

「・・・」

「だから私も、演習しながらこの艤装に決めるまで2カ月かかったんだよ」

加古は古鷹の装備を見た。20.3cm、水偵、電探、それにダメコン。

「とにかく不意打ちは困るから水偵は外せないの。結果的には定番だけど納得してるよ」

「弾着観測射撃を考えるなら、ダメコンより15.5cmじゃない・・かな?」

「あ、これも提督の指示でね、1スロットは必ずダメコンを積む事が義務付けられてるの」

「へ?」

「だから全艦娘、必ず1つダメコンを持ってるよ」

ダメコンは高価で貴重な装備だ。全艦娘が持ってるなんて聞いた事が無い。

せいぜい急速に育成が必要な艦娘か、強襲部隊の旗艦くらいだ。

なぜって、全員で持てば艦隊当たりの攻撃力が大幅に落ちてしまうからだ。

「提督はね、私達に口酸っぱく言うの」

「なんて?」

「火力より回避力、砲弾より装甲、突撃より再戦だって」

「は?」

何だその臆病な指示は?

「帰る事を最優先に考え、遂行が難しければ作戦を放棄しろ、勝てる戦しかするなって」

加古は目を白黒させた。なにせ前の鎮守府では

「屍になってでも後に続く仲間の為に道を切り開け!国の為に絶対任務を達成しろ!」

と教え込まれていたからだ。

「わ、私達は戦う為の兵器じゃないの?」

古鷹がにっこり笑った。

「提督はね、私達の事を娘達と呼ぶし、誰一人沈めないって約束したんだよ」

加古の中で何かがカチリと音を立てた。

ああ、そうだ。

前の鎮守府を忌み嫌っているというのに、自分はそのやり方を基準にしていた。

でも、ここの鎮守府は、全く異なるルールで動いている。

艦娘達は確固たる基本ルール、目標、そして広範囲に渡る自由な裁量を与えられている。

それは艦娘達にとって高度な思考が必要だが、結果に納得する事が出来る。

要求レベルの高さから見て艦娘達の練度も高い。だからこそ出来るオーダーだ。

ついて行くのは大変だが、それはまさに自分の理想郷ではないか?

加古はそこまで考えた後、浮かれそうになる自分を戒めた。

待て。そんなに簡単に見つかる筈が無いんだ。今までどれだけ苦労してきた?

本音を晒し過ぎて幽閉された事を忘れたか?暗く悲しい日々を忘れたか?

・・だけど。

「古鷹」

「なに?」

「提督と話が出来るかなあ?」

「私と一緒に行けば大丈夫だと思うよ」

「じゃあ、付き合ってくれる?」

「お話だけで、変な事はしないって約束してくれる?」

「うん。兵装も持ってないしね」

加古の目をじっと見ていた古鷹は、にこりと頷いた。

「じゃ、良いよ」

 

コンコン。

 

「どうぞ」

本日の秘書艦である赤城は、ノックの音におやっと思った。

この叩き方は古鷹さんですね。珍しい。

「お邪魔します、提督」

「古鷹か。どうした?」

「加古が、ちょっと話したい事があるって言うので」

「お、君は先日戻った元レ級の加古さんだね?良いよ、入っておいで」

「失礼しまーす」

 

「それで、話とは?」

加古は服の裾を指できゅっと挟みつつ悩んでいたが、やがてキッと顔を上げると、

「あ、その、て、提督はさ」

「うん」

「わ、私が装備開発をしたいって言ったり、新しい戦術を考えたいって言ったら」

「うん」

「・・怒る?」

提督と赤城は揃って首を傾げた。

「なんで?」

「い、いや、その・・・」

言いよどむ加古に、古鷹が口を開いた。

「前の鎮守府で、こんな事があったそうなんです」

 

 


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