艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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扶桑の場合(1)

 

 

現在。鎮守府裏の森。

 

「おんかかかびさんまえいそわか・・・やあっ!」

艤装を解き、錫杖(しゃくじょう)と宝珠を手にした扶桑は、真言を唱え終えた。

地蔵菩薩様、本日もどうぞよろしくお願いいたします。

森の中でもひときわ大きく太い、注連縄を張った木と地蔵尊に一礼すると、振り返った。

「あら?」

艤装の影に、何かが隠れた気がした。

それは多分、実体が無い。

「怖がらなくても良いのですよ」

扶桑の優しい声に反応したのか、そっと出てきた姿を見ると、扶桑は

「どうしたのです?何か手を貸せることはありますか?」

と言い、にっこりと微笑んだ。

 

 

その少し後。朝の提督室。

 

「提督、いい天気ですね」

「そうかい?私はシュウマイになった気分だよ」

汗ひとつかかず涼しげな扶桑とは対照的に、提督はへちゃりと机に伏した。

やがて顔を上げると書類の上に汗がぽたりと落ちた。

「数日前までは無駄な抵抗をしたよ。濡れタオルを首に巻いたりもしたさ」

ぽたり。

「けれどね、0700時から気温32度に湿度68%はね、おかしいよ」

扶桑が小首を傾げる。

「昨年の平均気温や最高気温と比べても、それほど差はありませんよ?」

提督は再び机に伏した。

「昨年と比べて違う事はだね、扶桑」

「はい」

「昨日からエアコンが壊れてるという点が挙げられる」

「明日の夜でしたっけ、部品が届くのは」

「その通り。最短でね。もう今から連絡船が来るのを待って居たいよ」

「お仕事して頂きませんと・・」

「もう全部ハンコ押しちゃうか全部拒否したいです」

「選別位してくださいね」

「うー」

溶けかかる提督の姿を困ったように見ていた扶桑は、ポンと手を打つと、

「提督、涼しくなる良いお話がございました」

提督が自分の腕枕から片目だけ上げて扶桑を見返す。

「話~?」

扶桑は頷いた。いつもの提督ならこの時点で止める筈なのに止めない。

まぁ、事実をお伝えするのも秘書艦の務めです。

 

「提督、姫の島の事、覚えてらっしゃいますか?」

「・・・酷い戦いだった。あぁ、そうか、あれは12月だったか」

「はい」

「幾ら冬の季節の話だからと言って、思い出しても涼しくならないよ・・」

「いえ、違います」

「んー?」

「全てが終わった帰りの海路を覚えておいでですか?」

「・・・ええと、皆満身創痍で空腹で、慰霊塔を遠目で見ながら帰ったね」

「はい」

「随分海が穏やかだった・・・よね?」

「その通りです」

「うん」

「その後、浜で私が提督に問われて申し上げた事、覚えておいでですか?」

「待ってくれ・・ええと・・えーと、バーベキューをして」

「はい」

「大将殿に戦況のあらましを説明して」

「はい」

「合同慰霊碑を・・建てて・・・」

「はい」

提督がピクリと首を上げた。

「工廠長がお盆にはぼたもち持って来いって言われたんだっけ?」

扶桑が苦笑した。

「それも正解ですが、その少し前ですわ」

「うー・・・ううううう」

「提督が、今後も弔いたいと仰ったのを聞いて、亡くなった皆さんが喜んだ、という所です」

「あ」

「思い出して頂けましたか?」

「うん、そうだった。また・・来るって・・言った・・ね」

「ええ、そこを思い出して頂けましたか」

提督はカレンダーを見た。

「あれ、お盆って・・・」

「昨日からですわ」

提督がごくりと唾を飲み込んだ。エアコンが壊れたのも昨日だ。

「ふ、扶桑さん?」

「はい」

「なんで・・思い出させた・・のかな?」

扶桑は目を瞑り、やれやれと溜息をついた。

「どうもこうもありませんわ。そろそろじゃないかと催促されているからです」

「さ、催促?」

「はい」

「ええっと、それは・・」

扶桑は肩をすくめた。

「提督の周りにおられる方々ですわ」

がばりと提督は身を起こすと首を回し、周囲をぐいぐいと見回した。

「な・・何も居ない・・けど」

「私は山城とは違い、こういう事で冗談は申し上げませんわ」

提督の背中を嫌な汗が伝った。確かに扶桑の言うとおり、扶桑はこういう冗談は言わない。

という事は。

「え、ええとええと、どなたが居るのかな?」

扶桑は見回すような仕草をした後、

「妖精の方々で、良いんですよね。ありがとうございます」

と、提督よりずっと左の方を向いて御礼をした。

提督もつられてその位置を見るが、何も見えない。でも一応頭は下げておく。

提督の汗はすっかり冷や汗に変わっていた。

「ど、どど、どうすれば良いかな?」

扶桑は肩をすくめた。

「工廠長とお盆に参ると仰ったのですから、伺えばよろしいのでは・・」

提督は何度も頷いた。

「よ、よし、工廠長を呼んでくれ」

 

「なんじゃ提督・・うん?」

提督室に入ってきた工廠長は、腕をさすった。

「どうしました工廠長?」

「いや、暑い筈なんだが、寒気がしての」

「ほぅ、それは話が早い」

「なんじゃと?」

「工廠長、姫の島を覚えてますか?」

「無論じゃよ」

「去り際に何と仰いましたか?」

「去り際じゃと?」

「去り際です」

「わしがか?」

「ええ」

「ふーむ・・・慰霊塔に丸い火が灯った、という事か?」

「惜しい!そのもうちょっと後です」

「ん?んー、はて、なんだったかのう」

その時。

「!」

「ど、どうしました?」

「い、今なんか全身に鳥肌が立ったぞ!何だというんじゃ?」

扶桑がついに口を開いた。

「皆様が大層お怒りなんですよ」

「み、皆様、じゃと?」

「はい」

目を左右に動かした工廠長はハッとした顔で、

「・・霊、かの?」

と言い、扶桑が頷いた時、

 

ポーン!

 

と、時計が半刻を告げる鐘を鳴らしたので、工廠長は20cmは飛び上がった。

「ひっ!」

提督が静かに告げた。

「ええと、工廠長が仰ったのは、お盆の時期に来ようという事です」

「お、お盆・・」

扶桑が後を継いだ。

「そして皆様の返事は、ぼたもちをよろしく、と」

扶桑の言葉に工廠長はぎゅっと目を瞑って考えていたが、

「・・・・すまん。本当に忘れておった」

と、何もない空間に向けて謝った。

「というわけでですね、工廠長」

「お、おう」

「ぼた餅を持って、草刈りにでも行きませんか?」

「慰霊碑の所にじゃな?良かろう。忘れていた罪滅ぼしじゃ」

「じゃあ間宮さんの所に行きますか」

 

 

 


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