現在。重巡寮最上の部屋。
「丁度クッキーと紅茶頂いてたから塩辛い物が欲しかったんだよ。ありがとう」
最上がそう答えると、三隈はやれやれと腰を上げ、
「じゃあ緑茶を淹れてきますね」
と、急須を手に出て行った。
「ちょっと思いついて仕事抜け出してきただけだから手短に話すわね」
「うん」
「ようやく艦娘化が深海棲艦に知られ始めたけど、もっと知って欲しいなって思うのよ」
「なるほどね。ただ、艦娘化自体世界でここだけだし、しょうがない面はあるよね」
「だから深海棲艦にPRしたいんだけど、文字通り海って広いじゃない」
「そうだね」
「それでさ、自律航行出来る船に宣伝看板付けて放し飼いに出来ないかなあ?」
「放し飼いって・・・勝手に航行して宣伝して来るって事?」
「そう。あと、受けたい子は船に乗ってボタンを押すと、ここに戻ってくるようにしてさ」
「なぁるほど。PRだけじゃなくて客引きもするって事だね」
「遠方まで巡航出来る位のサイズでさ、そういうの作れないかなあ」
「まぁ艦橋とか面倒な艤装も要らないよね」
「台船みたいに乾舷を低くすれば乗りやすいかなって」
「コストが安かったら何隻か作って放し飼いにすれば効果が出るかも!良いじゃない!」
「うん、そうだね。面白そう」
「と、言う事を思いついたので、考えてみて~」
「あれ、もう帰るのかい?もうすぐ三隈がお茶持って来るよ」
「事務方にお使いに行く途中で寄っただけだからさ。長引くと心配かけるし」
「じゃ、煎餅1枚食べて行きなよ。これ美味しいよ」
「そうね。ん・・まひゃね!」
煎餅を咥えた夕張が出て行くと、入れ違いに三隈が戻ってきた。
「夕張さん、もうお帰りだったんですね」
「うん、仕事抜け出してきたらしい」
「面白いアイデアでも思いたんですの?」
「さすが三隈だね。その通りだよ」
「聞かせてくださいます?」
「って感じでさ、どうかな?」
三隈に説明しながら描かれたラフスケッチを見ていた瑞鳳は腕を組むと、
「鉄の看板に文字を塗っただけだと夜の間見えないんじゃないかな?」
「あ、なるほど」
「ただ、照明を外につけると潮風で照明装置が傷むから、中から照らすようにして・・」
「こう、昼夜問わず遠くからでも目を引いてくれると良いよね。どうやれば良いかな」
三隈が考えながら言った。
「夜間隠密行動の逆をすれば良いのではないですか?」
「静かに、波を立てず、明かりを出来るだけ消すか覆う、だったよね。その逆か」
「うるさく、波を立て、煌々と明るく?」
「まぁ間違いなく目立つわね」
「うるさくするって、何が良いかなあ?」
「PR目的なのですから、騒音を発するのはマイナスですわね」
「明るく元気な雰囲気が良いよね」
「うーん、だとすると軍歌を流すとか?」
「パチンコ屋みたいに?」
「あぁ、軍艦マーチ良いね!」
「なんか凄い事になりそうな・・・まぁそれは置いといて、次は・・・」
「波を立てる?」
「夕張の提案通り船体の乾舷を低く幅広にすればどうかな?沢山乗せるにも都合が良いよ」
「あぁ、深海棲艦を乗せて帰ってくるんでしたわね」
「そうそう。PRを読んで、海面からよっこいしょって乗れれば簡単じゃない」
「なるほど、そうですわね」
「いいかもね。あと、看板の両脇に固定のシートを用意したら座りやすいよね」
「あ、それ良いね。明かりを煌々とってのは看板を大きくすればいいんじゃないかな?」
「船底にも看板を付けて、海中に向かってPR出来るようにしても良いんじゃない?」
「ほとんど水に沈んでる幅広の船体で、水中海上両方にPR看板があって」
「ガンガン軍歌を鳴らしながら自動航行してくる船・・・」
「ま、作ってみようよ」
三隈はふぅむと考え込んだ。
「目立つという事は攻撃されないかしら?なんか撃ちまくられる気がしますわ」
「そうだね。どうやって回避行動出来るようにしようか?」
「船体の周囲にジェット水流式の姿勢制御システムを入れておけば良いんじゃない?」
「あ、それいいね。高波対策にもなるし」
「出航後は勝手に進み、帰るボタンが押されるか鎮守府に帰れるギリギリまで航行する、ね」
「そんなもんだね。じゃ、僕が船体と看板をデザインするよ」
「私は・・航行動力系と航行プログラムを作るわね」
三隈が溜息を吐いた。
「もう作るのですね・・それなら、製作する為の場所を工廠長さんと調整してきますわ」
2日後。
「のう、最上・・・」
「なんだい工廠長?」
「ドックから海に出すのも一苦労じゃぞ、このサイズは・・・」
「戦艦クラス100体乗せて台風の中を突っ切るならこれくらいないと浮力が足りないよ」
「そんなに乗せる事になるのかのう」
「解んないけどね」
その時、研究室から夕張が顔を出した。
「デカッ!なにこれ?最上作ったの?」
「うん、夕張の案を具現化してみたよ」
「え?わ、私こんなデカブツ頼んだっけ?」
「ほら、深海棲艦勧誘用の船だよ」
「ええっ!?こんなバカデカイの!?」
「戦艦クラスを100隻乗せるって考えるとね」
「5体とか10体で良いじゃん・・・野球場入りそうな勢いだよ?」
「ほら、大部隊で来たいってケースもあるかもだし」
「そりゃまぁ、過去に実際あったけどさ・・・」
目の前にそびえたつ巨大看板とシートが並ぶ船を見て夕張は思った。
別の意味で夜に出会いたくない相手だ。もし気付かず衝突したら恥ずかしいじゃない。
そう。夕張はまさか看板が光って音が鳴るなどとは微塵も思っていなかったのである。
「とりあえず、周辺を回って帰って来られるかこれからテストするよ」
最上の言葉に、夕張はふっと溜息を吐いた。
「そうね。考えるよりやってみましょうか!」
工廠長は肩をすくめた。わしは知らん。
その日の夜。
夜戦に突入した、とある艦隊の旗艦艦娘は、肩の傷口を抑えながら歯を食いしばっていた。
敵が予想以上にしぶとく攻撃してくる。
「くっ!艦隊全員中破以上ってよ。なんとか敵艦の気を逸らして撤・・・たい・・・」
ふと、横から来た物体を見て呆然とした。なんだあれは?
ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪
ちゃーららっちゃ ちゃーららっちゃ ちゃーららーららー♪
煌々と輝く巨大な看板には、これまた大きな文字で
ソロル鎮守府では深海棲艦の艦娘化実施中!
深海棲艦の皆様!今なら無料!無料です!
このチャンスをお見逃しなく!
ご希望の方は御乗船になり、ボタンをPush!
すぐご案内します!
と、書いてある。
双眼鏡を使うまでも無く読めるってどんだけデカい看板なの?
「・・・オイ、アレハ、ナンダ?」
勝利を確信しながら追い込みに入った深海棲艦達は、艦娘達から目を離すつもりはなかった。
しかし、艦娘と我々のど真ん中に割り込んできた巨大な看板は嫌でも目に入る。
チカチカして眩しく、射線上ゆえ、艦娘に砲雷撃するのにあまりにも邪魔だ。
それに、何で軍艦マーチ鳴らしてるんだ?派手にも程がある。馬鹿にしてるのか?
「敵ノ・・囮カ?随分派手ダナ」
僚艦は眉をひそめ、主砲を構えた。
「面倒ダ。撃ッテシマオウ!」
まぁあんな看板、主砲が1回当たれば粉微塵だろう。
艦娘はしっかり追い払わねば海域の平和が乱れる。
「ヨシ!目標看板!撃テ!」