鎮守府開発部隊の重鎮、最上、登場です。
現在。重巡寮最上の部屋。
「最上さん、最上さん。0640時です。起きてくださいな」
「んー、あと5分・・むにゃ」
最上と同室である三隈はくすっと笑った。
このやり取りは完全に毎朝の恒例である。
最上は目覚めればさらりとしているが、まどろみの時は甘えん坊の子猫みたいで実に可愛い。
この反応を楽しみに毎朝ばっちり目覚めるので、三隈にとって最上は最高の目覚ましである。
「最上さん、また朝食に間に合わなくなりますよ?」
目を瞑ったままぽえんとした口調で、最上は答えた。
「卵かけ・・ごはんで・・良い」
三隈は指先でそ~っと最上の頬を撫でた。
「ほぉら、時間ですよ~」
「うー」
最上は三隈が撫でた所を指先でカリカリと掻くが、起きる気配はない。
お気づきの通り、三隈は最上を起こす気が無い。
何故なら出来る限りまどろんだ最上を見ていたいからである。
「んー・・・」
ごろんと寝返りを打ち、三隈の方を向く最上。
三隈は両手で頬杖を突きながらそんな最上をしばらく見ていた。
また眠ってしまった。今朝も実に可愛い寝顔。
ピンと立った寝癖が可愛さを倍増させてます。
いつまで見てても飽きませんわ。
しばらくして、三隈は時計を見た。0730時を過ぎていた。
もうそろそろ行かないと迷惑がかかりますね。名残惜しいですが、食堂に行きましょう。
それから更にしばらくして。
「あ・・三隈、今何時?」
「0810時ですわ」
「・・・・・へ?」
「もうすぐ、0810時ですわ」
バチッと最上の目が開き、がばりと起き上がる。
「あ、あわ、あわわわわわ。また寝坊しちゃったのかい?」
「一応、0640時にはお声掛けしたんですよ?」
「うん、記憶の片隅に何となくある。ま、まいったね。今朝こそ食堂で朝ご飯と思ったのに」
「朝ご飯ならこちらに」
そう言って三隈は盆の上の布巾を取ると、二人分の朝食が姿を現した。
三隈は先程食堂に行って間宮に頼み、2人分の食事を貰ってきていたのである。
「今朝もまた三隈に迷惑をかけちゃったね。ごめん」
「気にしてないですわ。さ、顔を洗ってきてくださいな」
最上が顔を洗う為に起き上がると同時に、三隈は部屋を出た。
廊下の端にある簡易調理場で味噌汁の入った鍋をとろ火にかけ、やかんで湯を沸かす。
「ふ~い」
洗面所から最上が出てくる少し前に戻ってきた三隈は鍋から椀に味噌汁をすくうと、
「はい、お味噌汁ですよ~」
「ん、ありがとう三隈」
そしてご飯の入ったおひつを開けながら、
「今朝は普通で良いですか?」
「・・ちょっとだけ多めにくれるかな」
「はいどうぞ」
「ありがとう」
「では、頂きます」
「頂きます」
まだ少し寝ぼけている最上はもぐもぐと食べている。
その様子を、三隈はおかずをつまみながらにこにこと見ていた。
三隈が最上を積極的に「起こさない」のは、このように二人きりで朝食が取れるからである。
自他共に夫婦と認める北上大井コンビと違い、三隈はいちゃいちゃする趣味は無い。
また、友達として年中漫才を繰り広げている熊野鈴谷コンビとも雰囲気が違う。
最上の行動を把握しきって動く三隈と、ほとんど気付いておらず気ままに振舞う最上。
「もうちょっと最上が気付いてくれたら良いのにねぇ」
別の艦娘からそう言われた三隈は
「それが最上さんの良い所ですから」
と、全く意に介していない。
三隈は最上を観察しつつ一緒に過ごす時間を楽しんでいるのだ。
それは、最上の容姿や性格のみならず、才能に惚れ込んでいるからである。
三隈は最上と一緒に開発し、出撃し、演習し、遠征する。それが当たり前であるかのように。
だから提督も含めたこの鎮守府における三隈の渾名は「最上専属おかん」である。
名付け親は青葉であり、三隈も気に入ってるようである。
「じゃあ食器洗って、食堂に返してくるね」
「ありがとうございます」
返す事まで三隈にさせるのは申し訳ないと、最上が食器を洗って食堂に返しに行く。
部屋を出て行く最上を手を振って見送ると、三隈は二人の布団を干し、パンパンと叩いた。
今日は風が少し強い。帯紐で結んでおこう。
幅広の帯紐で布団を巻いた時、最上がてくてくと食堂に向かって歩いていくのが見えた。
後ろ姿を見送る。
もう、いつもの最上だ。美味しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
「さて、部屋を掃きましょうね」
「間宮さんごめん、食器をお返しするよ」
「あら最上さん・・・うん、今朝も綺麗に洗ってありますね。ありがとうございます」
「迷惑かけてるのはこっちだし、綺麗じゃないと間宮さんが洗い直す事になるからね」
「それにしても、本当に朝が弱いんですね」
「夜更かししてるつもりはないんだけどね」
「最近は最初からお二人の分は別に用意してるんですよ~」
「あぅううぅう、ちゃんと起きなきゃ皆に迷惑かけてばかりだよ~」
「起こしに来た木曾さんを廊下まで投げ飛ばす球磨多摩さんより良いじゃないですか」
「ちっとも良くないよ。最悪よりマシってだけじゃないか」
「最悪は・・・いえ、言わないでおきます」
「まだ上が居るのかい?」
「ええ。何人か」
「・・・段々、自分が普通かなって思えてきたよ」
「でも、提督は毎朝きっちり0700時に起きてますよ」
「ひえぅ」
「秘書艦の方も大体0630時起きですね」
「おおう」
「球磨多摩さんも寝起きは悪いですけど、起きる時間自体は0500時位ですよ?」
「なんと!」
「その後長良さん達とランニングされてますからね」
「うわー、ランニングなんて嫌だよ」
「好きじゃないと毎朝は出来ないですよね」
「僕は好きじゃないから3日坊主になりそうだよ」
「お好きな物は、やはり開発ですか?」
「開発というか、三隈と相談しながら構想を練ったりしてる時かな」
「じゃあその時間を朝にしてはどうですか?」
「早朝に開発するって事かい?」
「ええ。まぁ三隈さんのお気持ちもあると思いますけど」
「んー、ちょっと聞いてみるよ。ありがと!」
「はい」
「朝早く・・・兵装開発ですか?」
食堂から帰って来た最上の提案に、三隈は首を傾げた。
「何故そんな事が必要なんですの?」
「僕は三隈と構想を練るのが好きだから、それを餌にすれば起きられるかなって思うんだ」
「・・・はあ」
「だって、このままだと三隈に迷惑かけっぱなしじゃないか」
「迷惑なんて思ってませんけど?」
「え・・そうなのかい?」
「はい。別に」
「・・あう」
「それに、兵装開発はアイデアも大事ですが、破綻しない理論づけが必要ですわ」
「うん、そうだね」
「朝が弱いのに無理して朝考えるより、きちんと日中に考える方が良い結果になりますわ」
「そっか」
「はい」
「んー、じゃあ寝坊対策はまた別途考えよう」
「緊急事態とかで早起きが必要なら、私がなんとしても起こしますわ」
「・・なんとしても?」
「なんとしても」
うふふふと笑う三隈を見て、最上はふと思った。廊下まで投げ飛ばされるのだろうか?
まぁ非常時なら仕方ないよね。毎朝は勘弁して欲しいけど。
三隈は内心そっと息を吐いた。楽園は死守しました。