艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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弥生の場合(7)

 

睦月達が提督に秘密を打ち明けている最中。提督室。

 

「・・・ふーむ」

「その、ハイベッドだからなのかは解らないんですけど」

提督は文月から夜の有様を聞き終えると、腕を組んだ。

「ハイベッドで寝るようになって、動きが無くなった、か」

「はい」

「ええと、睦月と文月は目覚めの時に変化はないかな?ちゃんと休めてるかい?」

「寝苦しいかって事ですか?」

「寝起きに疲れてるとか、そういう事は無いかな?」

「私は別に問題無いです。睦月さんはどうですか?」

「私もいつもと変わらないです」

「だったら、ハイベッドじゃなくて2段ベッドにして、二部屋とも入れてあげようか?」

「2段ベッドですか?」

「うん。2段ベッド2つで全員寝られるし、まぁその、より寝相が悪い子が上という事で」

「はうぅぅうぅうぅ」

睦月は双眼鏡を覗きながら顔を真っ赤にしたが、

「・・はい。同じ姉妹ですから、皆でベッドで寝たいです」

文月はそう言って提督と微笑み、頷いた。

「ま、問題ないかやってみれば良い。工廠長もベッド作るのは簡単だと言ってたし」

「弥生さんの言う通り、お父さんに相談して良かったです」

「あ、ええと、工廠長にベッドを作るのを頼むのは、秘書艦経由で指示しても良いかな?」

「はい。そうでないと怪しまれますし」

「寝相の事は、墓まで持って行く事にするよ」

その時、外を見ていた皐月がヒュイッと口笛を吹き、手信号で「移動せよ」と合図した。

文月は小さく頷きながら、

「お父さんを信じてます。それでは、長居は目立つので失礼するのです」

「工廠長には今日中に頼んでおくよ」

「はい!ありがとうございます!」

その間、睦月達は装備を仕舞い、全員で一礼すると、あっという間に居なくなった。

提督は苦笑しながら、

「結構悩んでる子は居るし、そもそも、そんなに気にしなくて良いと思うんだが・・」

と、独り言を言った。

それぞれから秘密にしろと約束させられているので言えなかったが。

今の対応で良かったかなと思いつつ書類にハンコを押していると赤城が帰って来た。

「いやー、今日はとってもツイてました!」

「何かあったのかい?」

「甘味30分食べ放題のチケットが3枚も落ちてたんです!」

「・・・だからお使いの帰りがいつもより30分以上遅かったんだね?」

「いっ!一枚!一枚だけしか使ってないですよ?!」

「2枚は加賀と後で行くから、余った1枚は今食べちゃえ、だろ?」

「提督はエスパーですか!?」

提督は溜息を吐いた。

赤城は1枚や2枚だと友人の加賀と行こうとして懐に仕舞ってしまう。

4枚だと飛龍や蒼龍まで誘おうとするので、同じく仕舞ってしまう。

しかし3枚なら後で加賀と2人で行く+余り1枚と考えるから、安心して1枚をすぐ消費する。

そうすれば時間ぎりぎりまで食べまくるから確実に30分時間を稼げる。

そういう事だよな文月。君の策だろう?

「ま、チケットを楽しみに、今日は頑張って仕事してくださいな」

赤城はにっこりほほ笑んだ。

「はい!お任せください!」

提督はハンコを手に考えた。

睦月型の面々は弥生を除き、遠征のプロだ。

必要量に加え、未開拓の島に分け入って偵察し、資源を運び出してくる事もある。

上手く行けば大成功扱いになるが、深海棲艦と鉢合わせして地上戦に突入するリスクも高い。

だから睦月達は球磨多摩コンビに弟子入りして陸軍顔負けの地上戦能力を手に入れた。

そもそも、その球磨多摩コンビも元をただせば、私がつい

 

 「大成功なら金のハチミツ飴と特選鰹節を買ってあげるよ」

 

なんて言ったら翌日には骨董市で鎧兜買って来て走り回るようになった。

その夏には

「もっと訓練するクマ 行ってくるにゃ」

という連名のメモを残し、勝手に外人部隊に入隊して過酷な訓練を受けて帰って来た。

結果、最早誰も追いつけない程の地上戦能力を手に入れて来たし、今も鍛錬に余念がない。

間違いなく凄いし有能だが、大本営に報告すれば完全に懲戒モノだ。

まぁ美味しそうに飴と鰹節食べてたし、それで満足したみたいだから良いんだけど。

きっと普通の鎮守府とは違うんだろうな。

どこが違うのかもう解んなくなってきたが。

「提督、お茶をどうぞ。随分考えこまれてますね」

「まぁその、うちって外から見たら普通の鎮守府なのかなってね」

「外の評価は良く解りませんが、皆は心地良く過ごしてるんだから良いんじゃないですか?」

「心地良く過ごしてくれてるかな?」

「ここほど艦娘の意思を尊重する鎮守府も無いですからね。居心地は良いと思いますよ?」

「・・それなら良いか」

「ええ。外の評価より皆の評価です。皆、提督を慕ってますし」

「おお、嬉しい事言ってくれるじゃないですか赤城さん」

「ほら、机の右の引き出しにあるベルギーワッフルを!」

「よしよし良いとも、1袋丸ごとあげようじゃないか」

「ありがとうございます!」

「・・・ん?何でそれがあるって知ってるの?」

「仕舞ってきますね!」

「おーい、赤城さーん・・・」

パタン。

・・・・・乗せられた、な。まぁいいか。

 

「うわぁうわぁ!良いわね良いわね!睦月型全員ベッド生活なんて!」

 

工廠長が2段ベッドを運び込むのを見つけた暁と雷は、菊月達の部屋に入ると幾度も羨ましがった。

「一体どうやって提督と交渉したの?」

きらきらした目で問われた菊月は不審なほど目を泳がせながら、

「そ、その、あれだ。遠征成功550回記念として貰ったんだ」

「・・あーそっか。睦月型の皆は一番高密度に遠征へ出てるもんねぇ」

頷く暁に対し、雷はもっともな疑問をぶつけた。

「なんで500回の時じゃなかったのかしら。中途半端よね?」

「ごっ、ごーごー記念らしいぞ?」

「だったら555回の時の方が良いでしょうに」

「そっ、その辺は良く解らないが」

「後で提督に聞いて来ようかしら?私達も欲しいものね、ベッド」

「う、あ、いや、その」

「どうかしたの?」

「な、なな、なんでも・・・そ、そうだ!ベッドに寝てみるか?」

更に二人の目が輝きを増した。

「え?良いの!?」

「勿論!遠慮するな。さぁ寝るが良い!」

そして小声で

「提督に確認する件は忘れてくれ」

と呟いた。

「えっ?なぁに?」

「何でもない何でもない!さ、ここは私のベッドだから寝て良いぞ!」

「じゃ、一番艦だから最初に行くわね!」

「良いけど・・・別に関係ない気が」

暁は早速2段ベッドの下に潜り込むと、

「これはこれで、天がい付きとも言えなくもないわね!」

と言いながら勢いよく仰向けに大の字になって倒れ込んだのだが、雷と菊月が

「あ!」

「危な」

と制止する間もなく、

 

ガイン!

 

「う・・・うぉおぉうぅうぅ」

立派なたんこぶを抱えてうずくまる暁に、菊月は

「に、2段ベッドは、落下防止用の枠があるからな・・後頭部直撃は痛かっただろう・・ほら」

と言いながら手ぬぐいで氷を包み、暁に差し出した。

「・・・ありがと」

雷はふむっと頷いた。

「暁型は当面、布団生活で良いわ!」

一方で暁はむうっとした表情で

「重巡以上の皆は枠の無いベッドよね・・・あれこそレディの嗜みにふさわしいわ」

と、頬を膨らませた。

 

この後、不知火を始めとする他の駆逐艦達もベッドの噂を聞きつけて見に来たが、その度に暁が

「ベッドは危険よ!危ないんだから!」

と、たっぷり大袈裟な身振り手振りで降りかかった災難を説明し、たんこぶを見せたので、

「なるほど・・・安全策が凶器に変わってしまったのですね。柵だけに・・おほん」

「ハイベッドの下で勉強出来れば良いと思ってたけど、うっかり頭をぶつけそうだね」

「そっかぁ、ベッドもベッドで何もかも良い訳じゃないんだね~」

などと言いながら帰って行った。

ちなみにその後、睦月型以外の駆逐艦でベッドを所望した子は誰も居ない。

羨ましがる話もあまり聞こえてこない。

なお、睦月型全員がベッドで寝た一晩を録画した所、全員きちんと寝ていたらしい。

「布団で寝てた時より、目覚めは、すっきりしてます」

というのは弥生の談である。

 

 


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