睦月達が自分達の夜の秘密を知った1週間後。駆逐艦寮の廊下。
「・・・睦月、やっぱりあの事、提督には話しておきたい」
朝食後、部屋に戻ってきた弥生は睦月にそう告げた。
「皆の合意が要りますにゃ~ん」
「今ならまだ、皆部屋に居ると思う。聞いてみたいけど、良い?」
「良いですよ~」
「提督に打ち明けるのは、構わない」
弥生の提案に対する口火を切ったのは菊月だった。
「まぁ、提督は口を割らないと思うんだけど、さ・・」
望月が頬杖を突きながら言った。
「気になるのはその日の秘書艦の方、たまたま提督室を訪ねてきた方、あと・・」
如月が指を数えながら言う。
「強運の青葉やパパラッチで稼ぐ面々が提督棟周辺に居る場合も脅威ですね」
三日月が如月の言葉を継ぐ。
「そういう意味では、提督室には大きな脅威があります」
皆に一斉に見られながら、文月は先を続けた。
「盗聴用のコンクリマイクです」
皐月は目を見開いた。
「ええっ?何でそんな物があるの!?」
「青葉組が仕掛けていて、さらに、ほぼ24時間聞き続けてます」
弥生はしばし考えてから、口を開いた。
「提督にだけ、伝えるのは、皆、良い?」
弥生を囲んだ面々はこくりと頷いた。
「じゃあ、提督にだけ伝える作戦を、練りましょう」
皐月が頷いた。
「まずは部外者の排除だね。一番少ない時を狙おうよ」
「・・・提督棟周辺、人影無し。クリア」
「菊月さん、マイクの傍受電波から室内音は取れますか?」
「まだダメだ。秘書艦と会話している。これでは録音だと気付かれる。静寂で1分欲しい」
「こちら皐月、今、秘書艦の外出を確認。スケジュール通りだよ」
「了解。菊月さん、静寂を確認して録音を始めてください」
「あぁ、解った」
「赤城さんが帰ってくんのは最短30分だよね?」
「道の途中に30分食べ放題のチケットを撒いといたけど、上手く引っかかるかなあ?」
「帰りが早ければ屋内戦を始めねばなりませんね」
「赤城を大破させる事は、避けたい。赤城の食い意地に、賭けます」
「まぁ、他ならぬ赤城だからな。それにしても、枚数はあれで良かったのか?」
「はい。3枚でなければダメなんです」
「いずれにせよ最短の可能性はあるし、菊月の準備が済み次第提督棟に突入しよう」
「警護組は言葉による警告と警告砲撃に留めろよな。殲滅攻撃や遠方狙撃は禁止だよ」
「解っていますよ。皆、打合せ通り催涙弾頭に換装していますね?」
「炭疽菌、マスタードガス、戦術核、炸薬榴弾等の実弾は禁止だぞ?確認したか?」
「えっと・・うん、大丈夫。催涙弾だよ」
「・・・よし、提督室内音の偽装音、準備完了だ」
「コンクリマイク発信機は給湯室の戸棚の中です。電源を遮断するのは偽装音発信後ですよ」
「解っている。長月ほど完璧ではないが、大丈夫だ。任せておけ」
「それでは準備完了、ですわね」
如月の言葉に睦月が頷いたのを見て、弥生はすうっと目を細めた。
「良い?睦月、望月、行くよ。弥生、出撃します!」
建物の影を伝い、周囲を警戒しながら一丸となって動く弥生達。
提督棟にたどり着くと正面玄関の扉をそっと開け、中を確認した弥生は菊月に頷いた。
菊月はクレープゴムを巻きつけた靴で音も無く階段を駆け上がった。
そしてそのまま提督室隣の給湯室に入ると、戸棚の1つをそっと開いた。
隅の方にコンクリマイクを見つけ、マイクにつながれた発信機から出る実際の音を傍受した。
カチッ、コチッ。
提督室の時計音以外に音は無い。丁度良い。
タイミングを合わせ、用意した室内偽装音の電波を発信すると、コンクリマイクの電源を切った。
靴のクレープゴムを外しながら肩につけたデジタル無線機を握った。
インカムはパパラッチに盗聴される恐れがあるから使わない。
「菊月、所定を完了した」
提督棟の1Fが無人だと確認した弥生達は菊月の声に頷き、主砲を構えたまま階段を登った。
コン、コン。
「どうぞ~・・・おや、どうした?」
本日の秘書艦である赤城は用事で外に出していたので、提督は自分で返事をした。
その声に応じるように睦月と文月が入って来たので、提督は首を傾げたのである。
この二人が揃ってくるのは珍しい。
「あ、あの、頂いたベッドの件でご報告をですね」
「ん?皐月か弥生がベッドから転げ落ちたかい?」
「い、いえ、それが・・」
スカートの裾を握ってもじもじする睦月を見て、提督はポンと手を叩き、
「他の皆もベッドが欲しくなったのかい?追加するなら構わないよ」
と言った。
益々赤面する睦月を見かねた文月が意を決したように、
「・・・提督にだけ、恥を忍んでお話ししま」
と言いかけたが、提督は自分の唇に人指し指を当てながら文月を手招きし、手元のメモ帳に、
「壁に耳あり、庄司にメアリー」
と書いた。
文月はぶふっと一瞬笑ったが、すぐに頷きながら、
「その辺りは、対策済です」
と言いながら、指をパチンと鳴らした。
それを合図に望月と如月が入ってくると、踵を返し部屋の中から廊下に主砲を構えた。
皐月と弥生は身を屈めて2カ所それぞれ窓の傍に移動し、同じく主砲を構えつつ外を窺う。
菊月は部屋に入ると逆探知用パラボラレーダーを入念に動かしながら音を聞いていた。
弥生と睦月は日陰になる位置で双眼鏡を構え、重巡寮を監視している。
誰を最も警戒してるか一目瞭然だ。
やがて菊月が親指を立てた拳を突きだすと、望月と如月がドアを閉め、扉の脇の壁に立った。
提督はその様子を頬杖を突きながら見ていたが、ふぅと一息吐き、
「・・・まるで特殊部隊の拠点防衛任務だね。随分厳重だなあ」
文月は眉をひそめた。
「睦月型の最高機密事項なので」
提督は肩をすくめた。
「良いよ。秘密は守るから言ってご覧」
この子達ならこの程度は朝飯前だし、赤城の不在も織り込み済みなんだろう。
「あれぇ~、なんか変な気がするな~」
「どうしたんです、衣笠?」
ヘッドホンのボリュームを上げて聞き始める衣笠に、執筆の手を止めて青葉が問いかけた。
ここは重巡寮にある青葉達の編集室(もちろん無許可)である。
「提督室のコンクリマイクの音、なんかループしてる気がする・・・」
「何でそう思うんですか?」
「たまにね・・時計の秒針の音がカチッチッってなるの。他はカチッコチッて言ってるのに」
「どのくらいの周期です?」
「・・・1分、くらいかなあ」
「良く解りませんが、後でマイクをチェックしに行きますか」
「そうだね。今は原稿の校正を優先しないと発行が遅れちゃうからね!」
「その通りです!その通りなんで・・そろそろエンタメ欄の記事にOK貰えませんか?」
「ダメ。それはそれ。これはこれ」
「ふえーん」
「グダグダ言うとエンタメ欄無しで発行するからね!」
「ひーん」