艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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弥生の場合(3)

提督室、睦月達が大寝坊した日の午前中。

 

「それにしてもなぁ・・文月は寝ぼけて隣の部屋まで行くのかい?」

睦月達が食べ終えた頃を見計らい、笑いを噛み殺しながら提督は文月に尋ねた。

文月は耳まで真っ赤になりながら

「そ、それが、本当に覚えてないんです。気付いたら菊月と如月の間で寝てて・・」

菊月は眉をひそめた。

「間というか、上というか、な」

如月は苦笑しながら、

「横切ってましたね、私達の上を」

「はうぅぅうぅぅぅううぅう」

その時、弥生は頷いた。

「私、文月が真夜中にラジオ体操してるの、見た」

「ふええええっ!?わっ、私がですか?」

「睦月も、片足立ち、してた事がある」

「恥ずかしいです~っ!?」

提督はポリポリと頬を掻くと、

「良く踏み潰されずに寝てるね、弥生と皐月は」

と言ったので、弥生はついに

「潰されて・・ます」

と、小さく告げた。そこに菊月が

「毎晩のように起こされていて困っているらしい。何とかならないだろうか?」

と、口添えした。

提督はふーむと腕を組むと、

「ゆっくり寝られないのは可哀想だね。弥生はどうしたい?希望を言ってごらん」

と尋ねた。

「あ、あの、ベッドは・・だめ?」

弥生がおずおずと尋ねると、提督はしばらく考えたのち、

「ベッドは・・寝相悪いと落ちるよ?」

「はううううぅっ!」

睦月と文月が頭を抱え込むのを、レアな絵だなと提督は苦笑しながら眺めていた。

文月にも苦手な物があったんだなあ。可愛いけど。

「弥生は寝相良いのかな?」

菊月が頷いた。

「大丈夫だ。落ち着いて寝てる」

「皐月は?」

「僕も大丈夫。たまに他の人の布団を取っちゃうけど」

「うーん・・それなら、背の高いベッドを2つあげようか?」

「・・どういう・・こと?」

「弥生と皐月は、ハイベッドの上で寝る。文月と睦月は畳の上で布団を引いて寝る」

「!」

「ベッドの下が使えるなら昼間も困らんだろう。弥生達は安眠出来て、文月達は今まで通りだ」

「ほ、本当に、ベッドなんて・・も・・貰っちゃって・・良いの?」

「木製なら工廠長に頼めばすぐ作ってくれるだろ。扶桑、頼んでくれないか?」

「解りました」

 

その日の夕方。

遠征から帰って来た暁4姉妹は、駆逐艦寮の前で作業している工廠長を見つけた。

「何してるのです?工廠長さん」

「おや電か。提督に頼まれての、ベッドを作ってるんじゃよ」

「ここは駆逐艦寮よ?近くで作らないと運ぶの大変じゃない?」

「ん?弥生と皐月の分なんじゃが・・・」

数秒の沈黙の後。

「え・・ええー!羨ましいのです!」

「べっ、別に羨ましくなんか・・羨ま・・羨ましいわねこんちくしょう!」

「ハラショー。寝心地が良かったら私達も陳情しよう」

「結構高いわね!飛び跳ねたら天井に当たるかもね!」

そこに弥生がやって来た。

「な・・何の・・騒ぎ?」

「凄いじゃない弥生!一体どうやってベッドなんて手に入れたの?」

弥生は数秒考えた後、

「文月と、睦月のおかげ、かな?」

と言った。

「ねぇねぇ、寝心地がどうだったか明日教えて!」

「いい、けど」

「約束よ~!」

「さて弥生、部屋の準備は出来たかの?」

「はい」

「じゃ、運び込むかの」

 

「わぁい!僕もベッドなんて嬉しいなぁ」

「・・・」

弥生は声こそ出さなかったが、皐月と同じ位喜んでいた。

皆と離れ離れにもならず、一緒の部屋で、安心して眠れる。しかも憧れのベッド生活!

「いい、かも」

「邪魔するぞ」

「あ、菊月・・達。皆でどうかした?」

如月がひょこっと顔をのぞかせた。

「ベッドを見学しに来たんですよ」

 

「おっほー、ふかふかだねー!」

皆で順番にベッドの上で寝起きしたり、マットレスに手をめり込ませたりした。

「布団とはまた違った感触だな」

「う、うむ、寝心地は良さそうだが、ちと高くないか?」

菊月の指摘通り、背の小さな睦月型の面々には、ベッドの床が肩まで来る程の高さだった。

だが、そうでなければ下の空間で過ごす事が難しいので、仕方ないのである。

そして、如月がぽつりと言った。

「文月さん、睦月さん、ベッドごと投げ飛ばしたらダメですよ?」

睦月が顔を真っ赤にしながら

「そっ!そんな事しな・・・い・・・ように念じて寝る」

文月は

「気を付けます、としか言いようが無いですぅ」

と、小さくなった。

「さ、明日は寝坊しないよう、今夜はもう寝ましょうね」

如月の一声を合図に、睦月達はそれぞれの床についた。

 

弥生は夢を見ていた。

海は大しけで、四方に激しく揺れている。

艤装のおかげで海に立ってはいるが、掴まってないと転がり落ちそうだ。

「う・・うぅーん・・・うう・・・ん?」

ふっと目が覚めた弥生はぎょっとなった。

下に接地している感覚が無い。

「!?」

周囲を見回した弥生は状況を飲み込むと、顔から火が出そうになった。

弥生はハイベッドの周囲にある「柵」に手足を絡め、自らを宙づりにしていたのである。

そりゃあ揺れるわけだと溜息を吐きながら一旦降り、ベッドに戻ろうとして気付いた。

ベッドで睦月が大の字になって寝ている。

ふと思い返す。なんで私はベッドの「外」で寝ていたのだろう?

大体、いつも寝る前と目覚めた時の位置に大きな変わりはないし、布団も掛ったままだ。

状況から考えれば睦月が限りなく怪しいが、確実な証拠はない。

確実な事は、ベッドに戻れないという事だ。

弥生は溜息を吐くと、周囲を見回した。

皐月はベッドの上で寝ている。

文月は睦月の布団の上でうつ伏せになって寝ている。

なので文月の布団は空いている。

「よし」

弥生は文月の布団を自分のベッドの下に引きずり込み、そこで横になった。

真上に睦月というのはある意味ハイリスクだが、元の布団位置と違えば襲われにくい気がした。

そういえば、皐月は何故襲われないのだろう?

そんな事を考えながら眠りについた。

 

翌日。

 

「・・なかなか手ごわいわね」

弥生から経緯を聞き、そう言って眉をひそめたのは陸奥である。

「どうして宙づりになってたかは解らないわよね?」

「はい」

「逆に言えば、息苦しさとかも無かったって事ね」

「はい」

「皐月ちゃんは結局どうだったの?」

「朝まで寝てたそうです」

「襲われなかったのかしら?」

「本人は・・記憶はないと」

「そういえば、弥生ちゃんは畳で寝た後はどうだったの?」

「・・・・・あ」

「何?」

「襲われ・・ませんでした」

「あら?」

「宙づりに気を取られてました。そういえば下で寝た後、起こされなかったです」

「てことは、最初からそこで寝てみたら?」

「・・なるほど」

「眠かったりする?仮眠取る?」

「いえ、職場ですから」

「じゃあ、今日も仕事始めましょ。無理したらだめよ?」

「ありがとう、ございます」

 

その日の夕方。

「ふむぅ、なるほど。はい、私は全然構いません」

陸奥の工房での仕事を終えた弥生は、睦月に陸奥の提案を聞かせた。

睦月がベッドの上で眠り、弥生はベッドの下で寝る。

出来ればうまくいって欲しい!

 

 




誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます。

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