工事から1ヶ月後。研究室。
朝、届いたばかりの郵便物の1つを開け、中を読んだ夕張は溜息を吐いた。
「あー、そっかぁ」
「どうしたの夕張ちゃん」
「んー、電力会社から最終的な基本契約料金の通知書が来たんだけどね」
「うん」
「思ったよりかなり減額率が悪いのよ」
「なんで?」
「簡単に言うと、今までうちは大量に電気を買う大口顧客だったの」
「お得意さんてやつ?」
「そうね。だからお得意さん割引が結構あったのよ」
「うん」
「でも一気に購入量が減ったから、そういう割引が適用出来ないんだって」
「ふうん」
「だから結局、予想額より結構高くなっちゃったのよ」
「・・・てことは」
「残念ながら、お給料は1割以上減るわね」
「ふ、文月ちゃんに聞いてみようよ!」
「文月ちゃんに?」
「うん!」
「高雄さん、ちょっと事務方の所に行ってきて良いですか?」
「あ、それならこの書類を出してきて欲しいんだけど、良いかしら?」
「はい!」
「凄いね。ほんとに千手観音のように見えるね・・文月ちゃん」
事務方の受付の所で文月を見た島風は、文月の書類捌きを見て呆然としていた。
夕張も頷いた。
「忙しそうね・・」
その時、時雨が通りがかった。
「事務方に何か用かい?」
「あ、時雨ちゃん。えっと、高雄さんからこれ預かって来たの」
「・・・うん、解った。確かに受け取ったよ」
「あと、文月ちゃんは忙しいよね?」
「そうだね。大体毎日あんなだけど、1500時過ぎくらいの方が幾分マシかな」
「そっか、じゃあ良いや」
「追い返すような形になっちゃったね。ごめんね」
「ううん。困ったら1500時以降にまた来るよ」
「ありがとう」
時雨に礼を言って事務棟の外に出た後、夕張と島風は通知書を手に溜息を吐いた。
「どうしよう・・・これで諦めるしかないかなあ」
「どうかしたんですか~?」
声の方を見ると、龍田が小さく手を振っていた。
「あ!先生!」
夕張がとててと走って行くのを島風は首を傾げて見ていた。
先生って、何?
「・・・紋切り型の対応ねぇ」
龍田は通知書を見てふっと笑った。
「そういえば営業担当が今月代わったばかりだったわね・・・夕張さん」
「はい」
「えっと、この特別高圧を使わないようにする事は出来ないかしら?」
「一時的にという事ですか?」
「永久に、よ」
「・・・工廠でしか使わないので、工廠長さんを呼んできます」
「それなら皆で工廠に行きましょう」
「特別高圧を使わずに済ませる方法か」
「ええ。交渉にどうしても邪魔なの」
「ふむ。使ってるのは2種類だけだ。1つはメインクレーン4基の揚重装置」
「ええ」
「もう1つは資材搬入用の超大型ベルトコンベアじゃ」
「ええ」
「揚重装置は・・そうじゃの、エンジン式に戻す方法かの。旧鎮守府の奴じゃよ」
「現行方式とどちらがランニングコストは安いかしら?」
「色々謳い文句はあったが結局エンジン式と変わらん。排ガスが出ないメリットはあったがの」
「ベルトコンベアは?」
「積み替え時間が増えるが、200V系の中型コンベアに切り替える手がある」
「・・中型コンベア複数配置は?」
「複数か・・それなら積み替え時間も減らせるじゃろうが・・」
「が?」
「ガスタービン発電機のオーバーロードが心配じゃの」
夕張も頷いた。
「ガスタービンは今の消費量なら余裕ですが、中型コンベア複数台が一気に動くとなると・・」
龍田は顎に手を置いた。
「発電容量を増やせないかしら?きっと消費電力量はこれからも伸びるし」
「足りてる内に、という事かの?」
「ええ」
夕張が眉をひそめた。
「やれるとしたら・・・廃熱利用かなあ」
「ガスタービンの廃ガスか」
「ええ。ボイラーはエンジンの冷却水で温めてますしね」
「廃ガスを給湯に使ったら上がり過ぎてスチームになってしまうからの」
「スチーム・・・蒸気タービンか」
「スターリングエンジンという手もあるぞい」
「そうね。蒸気タービンの復水器もスターリングエンジンの低温側も海水で冷やせば良いし」
「周囲は海水だらけじゃからの」
「・・作ってみますか」
「排熱量から発電可能量を計算してみるかの」
「ええと、賄えるかどうか解るのはいつ位かしら?」
「いつ解れば良いですか?」
龍田は自分の腕時計を睨んだ。
「可能な限り早く。出来れば1330時までに」
「後4時間か・・・急ぐぞ夕張」
「ええ。何とかします!」
「お願いね。私も交渉の準備を始めるわね~」
「終わったらインカムで伝えます!」
「島風は・・居ても解んないから研究室に戻ってお仕事してるね」
「うん、そうして!」
「・・・うむ、最大効率の組み合わせはこれで良かろう」
「スターリングエンジン式の発電機並列化が一番効率が良いとは思いませんでした」
「思ったよりガスタービンの廃熱量が少なかったからのう」
「でも、スターリングエンジンなんて、あっという間に作れますよね」
「発電機も余っとるしの」
「・・・」
「・・・」
「作っちゃいますか?」
「ふむ。高雄に断りを入れよう」
「あ、そうですね」
「本当はお前さんが気付かんといかんのじゃぞ?」
「すいません」
「発電容量増設工事ですか?ええ、今日は余裕ですし、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!龍田さんから1330時までって言われているので」
「えっ!?後3時間じゃない!」
「あー、確実な見込みって話ですから、1つ作れれば大丈夫です」
「そう?あまり焦ってやったらだめよ?怪我には気を付けてね」
「はい!ありがとうございます!行ってきます」
「・・・よっし!発電機と制御盤の接続も終わったわ!」
「高温側は充分暖まっとるよ。海水引き込みは終わったかの?」
「んー・・はい!バッチリです!」
「よし、はずみ車を回すか。手伝いなさい」
「はい!」
コ・・クン・・タン・・タン・・タンタンタンタンタンタン
「何度見てもスターリングエンジンが回るのは不思議だわあ」
「爆発も何もないし、巨大なはずみ車のあるタイプなら回転数も低くて静かだしの」
「そろそろ安定回転数ですかね」
「・・・うむ。定格発電に入った」
「ふーい。後はこのままランニングテストをすればOKですね」
「うむ。のこり4基もやってしまうかの?」
その時、島風がバスケットを抱えてやってきた。
「愛宕さんが飲み物持っていきなさいって!コーヒーとチョコクッキーだよー」
「ふむ。じゃあ回転の様子見をするという事で、一息入れるかの」
「そうしましょう!」
「はい工廠長さん!おしぼりどうぞ!」
「ありがとうな島風。気が利くのぅ」
「あー、温かいおしぼりで手をふくと気持ち良いわね~」
「コーヒーは砂糖とミルク幾つ?」
「わしは砂糖1つだけで良い」
「私は何も入れないわ」
「あれっ?夕張ちゃんブラック派だっけ?」
「んー、別に入れないだけ・・・入れた事が無いかも」
「入れてみたら?」
「・・・まぁ良いけど」
「牛乳と砂糖多目に入れるね!」