出品から2週間後。軽巡寮夕張の部屋。
今日は研究班全体の休日だった。
「ふおおお・・・おおおおおお」
自分の部屋でPCの画面を見ていた夕張は、驚きとも歓喜ともつかない声を上げた。
その声にマンガを読んでいた島風は顔を上げずに反応した。
「どうしたの夕張ちゃん」
「銀行から入金完了のお知らせが届いたのよ」
「あぁ、前にやったオークションの入金?」
「ええ。入金手数料とかオークション利用料とかを差っ引いた額が振り込まれたって訳」
「随分売ったもんねぇ」
「134点よ」
「文月ちゃんに報酬払うんでしょ~」
「・・そうね。全部売れたし、全部即決だったから条件はクリアしてるわね」
「幾らになったの~」
「差し引き入金額は・・・308万9203コインね」
「へーぇぇぇぇぇぇぇえぇえぇええええ!?」
「後から一気にトーン上がったわね。ターボチャージャーみたいだったわ」
「ちょ!?何その金額!?」
「まぁ買った金額より上回ったかなって感じだけど」
「普段どんだけ突っ込んでるの!」
「ま、まぁまぁ島風ちゃん、落ち着いてよ」
「じゃ、じゃあ、文月ちゃんには」
「落札額ベースだから・・・100410コインね」
「文月ちゃんぼろ儲けだね!」
「でも、あのレクチャーが無ければ全品落札は無かったと思うわ」
「そうだね。じゃあ早速払う?」
「そうね、そろそろATMも開くわね」
「・・・は?」
文月は目をぱちぱちさせると、
「報酬が10万コイン超えたんですか?」
「ええ。落札額ベースで3%だと100410コインだったわ」
「それは完全に予想以上です。2%にしましょうか?」
「全品売れたんだもの、気持ちよく貰って!」
「全品売れたんですか?」
「ええ、綺麗さっぱり、全部即決!」
「・・それは相当コンディションが良いと評価されたんでしょうね」
「今回取引してくれた人は全員エクセレントの評価を返してくれたわ」
「良かったですね。私もそんな事のお手伝いが出来て鼻が高いです!」
「お手伝いって言うか、文月ちゃんの戦略のおかげよ!ありがと!」
「えへへへへ。じゃあありがたく頂きます。お父さん貯金にしようっと」
文月の部屋を出た後、ずっと黙っていた島風は、意を決したように顔を上げた。
「夕張ちゃん!」
「な、なに?」
「あたし、摩耶さんに言ってくる!」
「ええええっ!?な、なんでよ!」
「夕張ちゃんそんな大金持ってるいけない」
「なんでインディアンみたいな口調になってるのよ!ていうか止めてよ!」
「行ってくる!」
「あっ!」
猛烈な速さで飛び出していった島風を、夕張は呆然と見送るだけだった。
「おーい夕張ぃ?開けるぞ」
ガラガラと夕張の部屋の引き戸を開けた摩耶は、中に居る夕張を見つけた。
「オークションで稼いだんだって?良かったじゃん」
夕張は観念したように通帳とハンコを差し出した。
「・・・・どうぞ」
だが、摩耶は受け取らなかった。
「んー、夕張」
「はい」
「自分ではさ、どう思う?」
「もの凄い残高で心躍るけど、これを遊びで使い切ったらかなりの馬鹿だと思う」
「・・・」
「だから、無くなる前に貯金してください」
「・・・なぁ、夕張」
「なんですか?」
「その通帳の定期にしてみねぇか?」
「え?」
「ロックオプション付きの高利回り定期なら、1年なり3年なり下ろせねぇ」
「・・・」
「だからお前の通帳で定期にしても安全だぜ」
「・・・」
「それに、自分で金額決めて、定期にしたらきっと、思い出に残るぜ?」
「思い出?」
「島風とオークションで稼いだ金ってな」
「・・・そっか」
「おう」
「あ、あの、これ、全額・・・貯金すべきなのかなあ?」
「・・・なぁ夕張」
「はい」
「確かにお前が買った物を、お前がオークションで売った訳だ」
「はい」
「でもよ、その間、島風はずっと付き添っててくれたんだろ?」
「はい。だから、島風ちゃんにも分け前を受け取る権利があると思うんです」
「おう」
「い、幾ら渡せば良いんでしょう?」
「それは本人同士で決めれば良いんじゃね?ただ」
「ただ?」
「アタシが立ち会ってやるよ」
「・・・はい」
「おーい島風!入ってこい!」
ガラガラと扉があき、そっと島風が入ってきて、もじもじしながら言った。
「あ、あのね夕張ちゃん、いきなり摩耶さんを呼んだのは悪かったと思うの」
「・・・え?」
「でっ、でもねっ、夕張ちゃんが慣れない大金を持つのは不安だったの!」
「・・・」
「ごめんね。気を悪くしてたらごめんね」
「・・・そりゃそうだと思うよ」
「え?」
「島風ちゃんの心配、その通りだと思うって言ったの!」
夕張はニカッと笑った。
「だって年中残高0だーって言ってるし、給料出たらすぐ使っちゃってたんだもん」
「う、うん」
「だから、島風ちゃんの事、怒ってないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「・・・・あ、ありがと」
「あとさ、島風ちゃん」
「なぁに?」
「半分貰ってよ」
「なにを?」
「利益」
「・・・・はー!?要らないよそんなの!全部夕張ちゃんの持ち物じゃん!」
「だって、梱包とか発送とかチェックとか手伝ってくれたじゃん!」
「だからって貰い過ぎでしょ!それじゃ今度から気兼ねして手伝えなくなるよ!」
「・・・そう?」
「うん」
「じゃあ、幾らなら貰ってくれる?」
「別に要らないけど・・・」
「ちょっとは貰って!バイト料でも良いから!」
「えー」
その時、摩耶が島風の頭をぽんぽんと撫でた。
「感謝の気持ちとして、ちょっと受け取れば夕張も満足するって。貰ってやれよ」
「うー」
「ほら、言ってよ」
「・・・じゃあ、1万コイン」
「良いけど、どういう基準?」
「提督からさ、二人でお小遣いにしなさいって2万コイン貰ったじゃん」
「倒れた時?」
「うん。でも夕張ちゃん、2万コインで速攻マンガ買ったじゃん」
「お前・・」
「うえええっ!ま、摩耶さんにバラさないでよ!」
「だからその半分!それで鳳翔さんのランチを食べたい!」
「あ、よっぽど行きたかったんだね」
「行きたかった!」
「んじゃ、二人で1万コインずつ持って行こうよ。今なら行けるよ」
「・・良いの?」
「うん。それで、残りは貯金する」
「・・・んじゃ、二人で2万下ろして来い」
「いえ、2万ならあるんです」
「なんでだ?」
「最初に榛名さんに売ったお金が、2万コインだったんで」
「・・・そっか」
「じゃあ、はい!島風ちゃん!感謝をこめて1万コイン!受け取って!」
「うん!ありがと夕張ちゃん!じゃあランチ行こっ!」
「じゃあ先に定期にしちゃうから、ATM寄ってっていい?」
「良いよ!」
「あ、あの、摩耶さん、ありがとうございました」
「・・・丸く収まったか?二人ともわだかまり無しだな?」
「ええ」
「うん!」
「しょうがねぇ二人だな。ま、仲良くやれよ」
摩耶は二人の頭をくしゃっと撫でると、そのまま部屋を出て行った。
翌朝。運動場のトラックの中。
「おはようございます。ええと、あの」
ランニングの為に呼んだ運動場でもじもじする夕張と島風を見て、摩耶は眉をひそめた。
「また徹夜したのか?」
「違うよっ!」
「違います。あの、いつもお世話になってるんで、これを」
そういって夕張が差し出したのは、鳳翔の店の焼き菓子詰め合わせだった。
「お、おい、これ高いんじゃねぇのか?」
「ランチで余ったお金で買えました!」
「まだちょっと残ってるんで、アイス2回位食べられます!」
「・・・・んじゃ、研究班皆で食おうぜ」
「それで良いんですか?」
摩耶はガリガリと頭を掻くと、
「どうせ部屋に帰れば姉貴達が居るしな」
と言った。
「あ」
「そっか、研究班ほとんど全員居るんですね」
「こんな旨そうな物持って帰ったら速攻で分けろって言われるからな。一緒なんだ」
ぷふっと夕張は笑った。
「じゃ、事務所の方に持って行きますね!」
「そうしてくれると助かるぜ。じゃあ・・・今日は5周な」
「あっ、優しい!」
「良かったね夕張ちゃん!」
「まったく・・・走る間預かってるから、しっかり走れよ」
「はい!」
摩耶は夕張達が走りだした後、そっと袋の中の箱を撫でた。
「仲間に気遣いなんか、いらねぇってのに・・・よ」
そしてふふっと笑うと、
「夕張!お喋りしながら歩くのはランニングっていわねぇぞ!」
と、声を張り上げた。