夕張が龍田の講座を受けている頃、戦艦寮。
島風は戦艦寮の榛名の部屋の引き戸を恐る恐る開けた。
「し、失礼しまぁす」
「ついに来てくれたんですねっ!榛名、感激ですっ!」
「あ、あああああの、よ、よろしくお願いします」
「じゃあ全部スッキリお焚き上げしましょう!火炎放射器持ってきますね!」
「お願いだから燃やさないでください」
「冗談です。それじゃどうやって改善していくか、考えていきましょうね」
「は、はい」
「まずは質問から、良いかしら?」
3時間後。
「何かに使えるかもで取っとくんじゃなく、何が欲しいかメモしとけば良いんだね!」
「その通りです。何かを見て使えそうと思ったらメモを見れば、役立つかが解ります」
「おおー!」
「お話を伺うと、ゴミを捨てたくないわけじゃないし、面倒な訳でもない」
「うん。ちゃんと分別まではしてるもん」
「何かに役に立ちそうで捨てるのは気が引ける。だから取っておいてしまうんですよね?」
「うん」
「ですから、役に立つ物が何か解るようにしましょう、って事です」
「ふむー!あ、でも、どうやってメモ取ろうかなあ」
「スマホに写真でメモを残す手もありますよ」
「写真で?」
「例えば袋を閉じたくて輪ゴムが欲しいなら、口の開いた袋を撮っておくんです」
「おお!」
「出来れば一言、輪ゴム!とか書いたメモを一緒に写しこんでおくと良いですね」
「なるほど!スマホならいっつも持ち歩いてるもんね!」
「はい」
「後は、過去に捨てていても諦める事です」
「えっと、どういう事?」
「たとえば昨日捨てたアレがあれば、今日のこの時使えたのにって事、ありますよね」
「うん!ある!」
「でも、捨てた時は知らなかったから仕方ない、今から探そうって淡々と思う事」
「出来るかなあ」
「そこが心配だと、いつまでもゴミを出せなくなってしまいますからね」
「・・そっか。うん、そうなんだよね」
「諦めを付けるには、ゴミを出す時間を決めてしまうんです」
「時間を?」
「ええ。例えば毎日2000時に出す。それを超えて気付いたんだからしょうがないって」
「・・・そっか」
「ゴミを出す事から自分で都度決めると、出した後で必要になったら後悔します」
「うん」
「でも、時間が来たから出しただけだって思えば、自分を責める必要はありません」
「で、でも、何時に出すって決めたのは島風だし・・」
「じゃあ榛名とお揃いにしませんか?」
「榛名さんと?」
「はい。榛名は毎日2000時に出します。それに揃えませんか?」
「一緒だから、仕方ない?」
「ええ。お揃いですから」
島風はギュッとスカートを握り、目を瞑った後、
「・・・・やってみる」
と言った。榛名はにこりと笑い、
「しばらくはお迎えに行きますから、一緒にやってみましょうね!」
と返した。
その日の夜。
夕張に手伝いを頼まれた島風は、夕張の部屋を訪ねていた。
島風はリストを読み上げていた。
「次は商品番号E-5だよ。どのカテゴリで出すの?」
夕張はペンをくるくる回しながら言った。
「そうねえ。普通に考えればホビーの食玩カテゴリなんだけど・・・」
「だけど?」
「あんまり有名じゃないから、競争率が低くてせり上がらない気がするのよ」
「そっかー」
「必要な人が見る所・・見る所・・」
「あ!ごめん!」
「どしたの島風ちゃん?」
「2000時に榛名さんと一緒にゴミ出しするの!」
「お、もう15分前だね」
「部屋のゴミ集めないと!」
「じゃあ一緒にやろうよ。手伝ってくれたお礼」
「ほんと?助かる!」
「それで、夕張さんもいらっしゃったんですね」
ゴミ袋を持った榛名は夕張から説明を聞いてくすくす笑った。
「一昨日片付けたから今は散らかってなかったけど、押し入れも整理するって」
「あら、夕張さんがお掃除なさったんですか?」
「事情があって島風ちゃんの部屋で寝る事になったんだけど、足の踏み場も無くて」
「・・・でしょうね」
「なので、一緒にゴミ捨てて拭き掃除もしたんです」
「あぁ、しばらく島風さんについててもらえませんか?」
「週1回は一緒に掃除する事にしてます」
「ゴミ出しの付き添いは榛名が請け負いますね」
「そうね、二人がかりの方が助かるわ」
その時、島風が部屋から出てきた。
「お待たせ!」
「・・・何でそんなに大きな袋抱えてるの?」
「一旦、今まで取ってた物を全部捨てる事にしたの!」
「全部?」
「うん!だって必要かどうか解んないから!」
榛名がにっこり笑った。
「なるほど。必要なメモはまだ0ですものね」
「うん!あ、そうだ。夕張ちゃんごめん、これ間違えて持ってきちゃった」
「え?何?」
「ほら、さっきオークションで出そうとしてたE-5」
「あー、世界のラーメンライスセットね」
途端に榛名の目がハッとしたように見開かれ、慌ててスマホを取り出した。
「ゴミ袋に入れないでよ、大事な出品物なんだから」
「する訳無いでしょ。はい!」
榛名がグイッとこちらを向いた。
「せっ、世界のラーメンライスセットって、山脈堂リアル定食シリーズの第2弾ですか?」
「え?え、ええ、そうだけど・・・」
榛名はスマホの画面を指差しながらぐっと顔を近づけた。
「こ、この、NO25のイタリア編ありませんか!?」
「え、あの、コンプリートセットだから全部入ってるけど・・・」
「コンプリートセット!?特製コレクションケースと金のれんげが付いた奴ですよね!」
「え、ええ、そうよ」
「じょ、状態は?」
「新品未開封、冷暗所保管」
「・・・言い値で買おうじゃないですか」
「うえっ!?」
「さぁ仰ってください!幾らですか!榛名お支払します!」
夕張は財布を握りしめ、キラキラした目で真っ直ぐ見る榛名を前に困ったという顔になった。
今の榛名は龍田の言う「最も大事なお客さん」である。
これが赤の他人なら青天井で吹っかけりゃ良いが、榛名は毎日会う大事な仲間でもある。
変な値段にすると後の関係が悪くなる。こういう時はどうすれば良い?
「夕張さん、夕張さん」
振り向くと文月が立っていた。
「ん?どうしたの文月ちゃん?」
「そういう時は、榛名さんが出しても良いと思う額の1/3で良いと言うんですよ」
「・・まぁ、いいか」
希望額は一応8千コインだが、付き合いを考えれば下回っても仕方ない。世話になってるし。
「榛名さんが出しても良いと思う額の1/3で良いですよ」
「・・・えっ!?良いんですか!?せ、せめて1/2で」
だが、文月がにっこりと笑って口を挟んだ。
「いつもお世話になってるからって仰ってましたよ。ねっ?」
夕張はぎこちなく頷いた。
榛名はしばらく考えた後、
「・・・では、これで良いですか?」
と、2万コイン差し出したのである。
「!?!?!?!?」
夕張はあまりの高額に硬直したが、文月は1ミリも笑顔を崩さず、
「榛名さんは安く手に入って、夕張さんは早く売れて良かったですね!」
「えっ!?え、ええ、ああ、そうね」
「榛名、感激です!あの、申し訳ないのですが仕舞って来て良いですか?」
島風が笑った。
「じゃ、今日は私が榛名さんのゴミも出しておくよ。早く見たいでしょ?」
「そんな!申し訳ないです!」
「良いよ。そういうの手に入った時の気持ち、解るもん!」
「・・・ありがとうございます。この借りは必ず返しますね!」
榛名は嬉しそうに走り去り、島風がゴミ袋を抱えて出て行った。
まだ呆然としたまま二人を見送る夕張に、文月が言った。
「予定額を超えましたか?」
「え、ええ、充分超えたわ」
文月は頷いた。
「でしょうね」