工事の当日昼過ぎ。重巡寮の空き部屋。
青葉の発言に、夕張が返した。
「コンクリマイクって、壁越しに隣の部屋の音声を録音するマイクよね?」
「そうです。それを提督室に仕掛けました」
「うん」
「で?」
「ところが、停電の少し前、受信機が壊れてしまったんです」
「コンクリマイクの?」
「はい。困っていたら鈴谷さんが停電中にくれたんです」
「何を?」
「マイクロ波のレーダーです」
「・・・・・え?」
「ですから、提督棟に向けて、マイクロ波レーダーを設置したんです。配線も済ませました」
最上、夕張、工廠長は一瞬顔を見合わせると、
「あ、あは、あはははははは」
「え?え?なんかおかしいですか?何の話ですか?」
そしてひとしきり笑うと、
「大馬鹿者ぉぉぉおおおお!!!」
と、口を揃えたのである。
大声で怒鳴られたので、青葉はぐわんぐわんと目を回していた。
その声に気付いた衣笠が青葉達の自室から飛び出してきた。
「なっ!?何?あっ!バカ姉がまた何かしでかしましたか?すみません!」
「どうして青葉が悪いという方向で最初から対応するのかという事について」
「実際そうじゃろ!提督殺す気か!」
「え?え?え?」
最上が溜息交じりに言った。
「あのね、青葉、レーダーってのは遠くにいる敵を探す為に、とても強い電波を出すんだ」
「はい」
「強いマイクロ波ってのは、物凄く極端に言えば電子レンジなんだ」
「・・・」
「こんな至近距離から、提督棟に向けて電波を飛ばせば、棟ごと電子レンジになっちゃう」
「え・・・」
「コンクリマイクが使えないからって提督を蒸し焼きにしたいのかい?」
「そ、そんなことになるなんて・・・知りませんでした」
「ほんと、停電中で良かったわ。ていうか電力異常で止めて良かったわ」
「ど、どど、どうしましょう。提督丸焦げでしょうか?」
「時間的には数秒じゃったし、レーダーだって主電源があろう?操作盤はどこじゃ?」
「あれです」
「ふうむ・・・うん、電波発射スイッチはオフになっとる。大丈夫じゃ」
「よ、良かったです・・」
へちゃりと座り込む青葉に衣笠が立ちはだかり、
「もう・・何でも私に黙ってやるの止めてよね・・・困ってるなら相談してよ」
「ごめんなさい・・・で、どうしたら良いでしょう?」
「とりあえずレーダーは外す」
「はい、もう使う気ありません」
「んで、コンクリマイクの受信機はどれじゃ?」
「ええと・・これです」
「最上、解るかの?」
「ちょっと見せてもらうよ」
最上は受信機の小さな箱を色々な角度から見て、蓋を開け閉めしていたが、
「うん、電池切れじゃないかな」
「は?」
「だって、電池入ってるのにスイッチ入れても電源ランプ点かないよ?」
「そっ!そんな!たった1日しか使ってないですよ?」
「・・・1日中つけっぱなしにしたのかい?」
「だって、いつ会話があるか解んないじゃないですか!」
「・・・電池蓋の所に、定格使用で8時間て書いてあるけど」
「へ?」
夕張、工廠長、そして衣笠は大きな溜息を吐いた。まったく。
「最上、それDC電源コネクタある?」
「あるよ。6V2Aだって」
「・・・待ってて」
夕張は自室に取って返すと、使用していないACアダプタを幾つか持って来た。
「最上、どれか入らない?」
「えっと・・・うん、大丈夫。これがピッタリだよ。電力定格もあってるし」
「じゃあそれあげる。あと最上、悪いんだけどさあ」
「レーダーの撤去だね?」
「あと、コンクリマイク側もどうせACアダプタ要るんじゃないかしら?」
「だろうね。まだ在庫ある?無ければこれを弄って作っておくよ」
「じゃあこれも渡しておくから、無ければ作っといて」
「任せておいて!」
「ありがと。じゃ、工廠長、帰りましょう」
「今度こそ動くと良いのう」
そして寮の外まで見送りに出て来た衣笠に、夕張は苦笑しながら言った。
「衣笠さん。時には命に関わるから、電気も軽く見ないでって伝えておいて。お願いね?」
「ほんとにほんとにすみませんでした。良く言って聞かせますので」
「・・・衣笠さんも大変ね」
衣笠は苦笑した。
「あの情熱を出撃に生かしたら、とっくに鎮守府1位になってそうですよね」
うんうんと夕張と工廠長は頷いた。
再び発電室に帰って来た夕張と工廠長は、計器類のチェックを再開した。
「燃料ポンプよし。じゃあ・・・行くわよ工廠長」
「うむ」
ポチッ。
ウイイィィイィイイイイイイン・・キュイーン!
「お願いお願い・・ちゃんと動いて」
「・・・」
・・・ポン。
「安定給電ランプ点灯、給湯システムコールドスタート中」
「・・・・・」
「・・・給湯システムOK。ガスタービン回転数異常なし」
「夕張、ここはわしが見ておくから食堂と風呂で湯の確認を」
「解ったわ!」
外に出た夕張はインカムをつまむと、
「間宮さん!夕張です。お湯が出るか確認してもらって良いですか?」
「はーい、しばらく出しっぱなしにしておけばいいのかしら?」
「空気が出てボフボフ言うと思いますんで、気を付けてください」
「了解よ」
そして10分後。
「うん、ずっとお湯が出てますよ~」
「ありがとうございます!」
「もう使って良いのかしら?」
「非常電源から通常電源に変えるので、電気が一瞬消えるかもしれませんが、OKです」
「解ったわ。じゃあお夕飯作り始めるわね」
「お願いします!」
夕張は風呂でも湯が出続けているのを確かめると、発電室に戻った。
「工廠長!工廠長!」
「ん!?おお夕張か、室内でガスタービンの音を聞いてると耳が遠くなるな!」
「そろそろ!電気も!ターボディーゼルから切り替えたいんですけど!」
「そうじゃな!インバータ給電だからいつでも変えて良い!無停電で変えられる!」
「じゃあやりますよ!」
「うむ!」
バチン!
夕張がスイッチを操作すると、ターボディーゼル発電機が停止し、待機状態になった。
それから数分の間、異常が出ない事を確認した工廠長と夕張は、施設を施錠した。
「いやあ、結局6時間かかっちゃいましたね」
「それでも予定よりは早い。良くやったぞ夕張。提督に褒めてもらおうぞ」
「はい!」
「ん、予定より2時間近く早く済んだんだね。良くやった良くやった、お疲れさん!」
「・・・今回の件では、提督を始め、皆の気持ちが解って、凄く嬉しかったわ」
「そっか。私達は夕張の着任からずっと、そう接してきたつもりだった」
「・・・」
「だが、もう少ししっかり伝えたほうが良かったね。すまない」
「いっ!いえいえいえ」
「夕張もまた、私の大切な娘であり、重要な役を担う中核の一人だ」
「・・・」
「これまでの働きに感謝するし、これからもしっかり頼みたい」
「・・・はい」
「そうそう、これは今回のご褒美だ。1本ずつあげよう」
そういうと提督は、本練羊羹を2本取り出し、夕張と工廠長に1棹ずつ手渡した。
「友達と食べればいい。今日もゆっくり休みなさい」
「はっ、はい!ありがとうございますっ!」
そして提督棟の出口で工廠長と別れた夕張は、島風の姿を探し始めたのである。