停電が開始された昼下がり。夕張の自室。
「ん、んんん・・・あ・・れ・・」
ふっと夕張は目が覚めた。部屋が暑い気がする。
すぐに夕張はおかしいと思った。エアコンは常時29度設定の筈だからだ。
「リモコン触っちゃったかしら・・・」
布団に入ったまま枕元のリモコンをごそごそ探す。
表示は冷房29度のままだ。
そのまま布団から腕だけ突き出し、室内機に向けてリモコンを操作する。
いつものピッという応答音が無い。
その段階になって、初めてエアコンが作動してない事に気付く。
「!?」
一気に目が覚めた夕張は、がばりと起き上がった。
時計は1530時を指している。朝から10時間爆睡してしまった。いやそれは良い。
・・・停電してる?
でも部屋の照明は点いている。
コンセントのブレーカーが飛んだ?
慌てて部屋のブレーカーボックスを開けるが、ONのままである。
「?????」
夕張はしばらく立ち尽くし、手を顎に添えて考えていたが、やがて手を打つとスマホを開いた。
・・・・圏外ですかそうですか。LTEもWi-fiもダメですかそうですか。
てことは、島内基地局がやられてるわね。
いや、素直に考えれば停電してるのだろう。
でも、照明だけ点く停電・・・系統故障・・・あ。
非 常 電 源 作 動 時 だ
だが、夕張は眉をひそめた。
非常用ターボディーゼル発電機はまだ発電室に搬入していない。
何故なら発電室になる場所は今はボイラー室と変電室である。
中の設備を外さないと2部屋の仕切り壁を壊して1部屋にするといった事も出来ない。
その工事は明日やるので、今は発電機を入れる所が無いのだ。
この為、ターボディーゼル発電機はボイラー室の脇でオーバーホールしている。
訳が解らないが、非常電源モードになってるのは確かだ。
工廠長が不在なら、それが解るのは鎮守府で自分だけかもしれない。
寝てる場合じゃない!直さないと!
夕張は工具バッグを引っ掴むと、勢いよく自室のドアを開けた。
ドルンドルンドルンドルンドルン。
ボイラー室の脇の外で、ディーゼル発電機は規則正しく運転音をさせていた。
工廠長は少し離れたゲートの脇に置いた寝椅子で寝そべっていた。
サングラスに浴衣、パラソル、傍らに麦茶という装備で、文庫本を読んでいた。
海水浴用にと作ってみた寝椅子だが、島の中でも意外と風があるから快適じゃな。
突然発表された一斉停電と工廠休止のお知らせには驚いたが、事情が事情だからの。
ま、たまには電気の無い生活も良いもんじゃ。
「こ、工廠長!?」
・・・お、ようやく来おったな。この為にここに居たからのう。
「何じゃ夕張」
「え!?あ、こ、これって」
「ターボディーゼル発電機と非常電源系統の動作テストじゃよ」
「え?え?え?今日そんな予定でしたっけ?」
「提督がの、本番前にテストしとけと言ったらしいんじゃ」
工廠長は摩耶から理由を聞いていた。聞いていたからこそ夕張には真相は言わない。
「い、え、ええと、いつまで?」
「今日の1300時から明日の0700時までじゃよ」
「あ、朝ご飯まで!?」
「・・・別に食堂は停電せんからご飯の心配はないじゃろう」
「そ、そそそそそそそそそうだけどでも」
「今日夕張が予定していた仕事は停電前に全部済ませといたぞい」
「あ、あああありがとゴザマス」
「カタコトになっとるが、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ない」
「・・・・ま、もう停電しとるし、明日の工事までゆっくりするが良いじゃろう」
「あ、あうううう」
「寝椅子が欲しければ作ってやるからの」
夕張がガックリ肩を落として帰る後ろ姿に声を掛けた工廠長は、肩をすくめた。
一切電気の使えない状態なら大人しく寝るだろう。
ま、単純だがその通りじゃからの。
ゆっくり休め、夕張。
「あっついよー」
「あっついよねー」
文字通り何一つやる事が無くなってしまった夕張は、島風の部屋を訪ねていた。
「そういやナマゾンにマンガ頼んでたじゃん」
「・・・あー、そうだったね」
「あれって今日来るの?」
「その予定よ」
「もう来るのかなあ?」
「待って、状況を・・・あ、圏外だった」
「ま、まぁ、待ってようよ」
「・・・」
「・・・」
「・・・暇ね」
「暇だね」
「でも目は冴えてるのよね」
「10時間寝ちゃったもんね」
「島風も?」
「10時間45分寝たよ!」
「あ!私10時間丁度!負けた!」
「へっへーん、島風がいっちばーん!」
「それ、良いの?」
「・・まぁ一番という事で」
「・・・暑い」
「んー、じゃあ間宮さんの所にアイス食べに行こうよ」
「お金ないわよ?」
「本気で1コインも無いの?」
「YES!」
「・・・ちなみに、なんで?」
「今月の給料が出た直後にブルーレイBOX買ったからかなあ」
「・・・・夕張ちゃん、給料2割減になっても借金したらダメだよ?」
「貰った範囲で押さえるわよ。毎月残0だけど借金は0だもん!」
「もうちょっと実体経済にも予算を回そうよ」
「実体経済?」
「服とかご飯とかおやつとか」
「服は支給された制服が何着かあるじゃない。だから外出用と部屋用に分けてるよ」
「そういう意味じゃない」
「ご飯は食堂で頂いてるし、美味しいし」
「否定はしないけど、たまには外食とかさ」
「おやつは別になくても生きていけるし」
「否定はしないけどさ・・でもそれならブルーレイなんてなくても」
「生きていけないわよっ!」
「えええっ!」
「お給料貰って頑張ってるのは趣味の為だもん!」
「清々しいまでに実践してるけど貯金位しようよ」
「・・・まぁ、そうよね」
「おっ?素直じゃん」
「こういう時、自室用の自家発電装置位買える程度の預金があれば!」
「そ、そうだね・・理由が不純だけど」
「よし!来月から毎月1万ずつ貯金する!」
「もうちょっと根性見せなよ!5万ずつとかさ!」
「・・それがさぁ」
「なに?」
「ずっと前、同じ事を摩耶さんに言われてね、半年位出来なかったの」
「だろうね」
「だろうねって・・ひどいなあ。んで、摩耶さんがキレちゃって」
「だろうね」
「ちょっとは同情してよぅ・・で、5万ずつ取られてるの」
「・・・摩耶さんに?」
「うん。「アタシが貯金しといてやる!」って」
「記録は残ってるの?」
「毎月通帳のコピー見せてくれる。半年毎に定期にしてるって」
「100%おかんじゃん。摩耶さんすっごい親切じゃん!」
「でも通帳の実物は1回も見せてくれないの。銀行名も教えてくれないんだよ!」
「そりゃそうだろうね」
「なんでよー」
「だって通帳持たせたらATMすっ飛んで行ってブルーレイに変えちゃうでしょ?」
「うぐ」
「ダメに決まってるじゃん。島風だって渡さないよ?」
「おぉ島風よ、おまえもか!」
「島風、ブルータスじゃないよ?」
「・・・あっついよぅ」
島風は大きな溜息を吐くと、
「・・良いよ解ったよ、夕張ちゃんの分出してあげるから間宮さん行こうよ」
「いや、友達と金銭の貸し借りはしないの」
「奢ってあげるよ」
「奢りもなし。それじゃタカリだもん」
「アイス食べたいけど、一人で食べるの寂しいんだもん!」
「あ、じゃあ一口頂戴」
「・・・それで良いの?」
「良いよ。元々おやつ食べないし」
「よっし!じゃあ間宮さんとこに行こう!」
「おー」