艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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夕張の場合(7)

 

停電が開始された昼下がり。夕張の自室。

 

「ん、んんん・・・あ・・れ・・」

ふっと夕張は目が覚めた。部屋が暑い気がする。

すぐに夕張はおかしいと思った。エアコンは常時29度設定の筈だからだ。

「リモコン触っちゃったかしら・・・」

布団に入ったまま枕元のリモコンをごそごそ探す。

表示は冷房29度のままだ。

そのまま布団から腕だけ突き出し、室内機に向けてリモコンを操作する。

いつものピッという応答音が無い。

その段階になって、初めてエアコンが作動してない事に気付く。

「!?」

一気に目が覚めた夕張は、がばりと起き上がった。

時計は1530時を指している。朝から10時間爆睡してしまった。いやそれは良い。

・・・停電してる?

でも部屋の照明は点いている。

コンセントのブレーカーが飛んだ?

慌てて部屋のブレーカーボックスを開けるが、ONのままである。

「?????」

夕張はしばらく立ち尽くし、手を顎に添えて考えていたが、やがて手を打つとスマホを開いた。

・・・・圏外ですかそうですか。LTEもWi-fiもダメですかそうですか。

てことは、島内基地局がやられてるわね。

いや、素直に考えれば停電してるのだろう。

でも、照明だけ点く停電・・・系統故障・・・あ。

 

 非 常 電 源 作 動 時 だ

 

だが、夕張は眉をひそめた。

非常用ターボディーゼル発電機はまだ発電室に搬入していない。

何故なら発電室になる場所は今はボイラー室と変電室である。

中の設備を外さないと2部屋の仕切り壁を壊して1部屋にするといった事も出来ない。

その工事は明日やるので、今は発電機を入れる所が無いのだ。

この為、ターボディーゼル発電機はボイラー室の脇でオーバーホールしている。

 

訳が解らないが、非常電源モードになってるのは確かだ。

工廠長が不在なら、それが解るのは鎮守府で自分だけかもしれない。

寝てる場合じゃない!直さないと!

夕張は工具バッグを引っ掴むと、勢いよく自室のドアを開けた。

 

ドルンドルンドルンドルンドルン。

ボイラー室の脇の外で、ディーゼル発電機は規則正しく運転音をさせていた。

工廠長は少し離れたゲートの脇に置いた寝椅子で寝そべっていた。

サングラスに浴衣、パラソル、傍らに麦茶という装備で、文庫本を読んでいた。

海水浴用にと作ってみた寝椅子だが、島の中でも意外と風があるから快適じゃな。

突然発表された一斉停電と工廠休止のお知らせには驚いたが、事情が事情だからの。

ま、たまには電気の無い生活も良いもんじゃ。

「こ、工廠長!?」

・・・お、ようやく来おったな。この為にここに居たからのう。

「何じゃ夕張」

「え!?あ、こ、これって」

「ターボディーゼル発電機と非常電源系統の動作テストじゃよ」

「え?え?え?今日そんな予定でしたっけ?」

「提督がの、本番前にテストしとけと言ったらしいんじゃ」

工廠長は摩耶から理由を聞いていた。聞いていたからこそ夕張には真相は言わない。

「い、え、ええと、いつまで?」

「今日の1300時から明日の0700時までじゃよ」

「あ、朝ご飯まで!?」

「・・・別に食堂は停電せんからご飯の心配はないじゃろう」

「そ、そそそそそそそそそうだけどでも」

「今日夕張が予定していた仕事は停電前に全部済ませといたぞい」

「あ、あああありがとゴザマス」

「カタコトになっとるが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ない」

「・・・・ま、もう停電しとるし、明日の工事までゆっくりするが良いじゃろう」

「あ、あうううう」

「寝椅子が欲しければ作ってやるからの」

夕張がガックリ肩を落として帰る後ろ姿に声を掛けた工廠長は、肩をすくめた。

一切電気の使えない状態なら大人しく寝るだろう。

ま、単純だがその通りじゃからの。

ゆっくり休め、夕張。

 

「あっついよー」

「あっついよねー」

文字通り何一つやる事が無くなってしまった夕張は、島風の部屋を訪ねていた。

「そういやナマゾンにマンガ頼んでたじゃん」

「・・・あー、そうだったね」

「あれって今日来るの?」

「その予定よ」

「もう来るのかなあ?」

「待って、状況を・・・あ、圏外だった」

「ま、まぁ、待ってようよ」

「・・・」

「・・・」

「・・・暇ね」

「暇だね」

「でも目は冴えてるのよね」

「10時間寝ちゃったもんね」

「島風も?」

「10時間45分寝たよ!」

「あ!私10時間丁度!負けた!」

「へっへーん、島風がいっちばーん!」

「それ、良いの?」

「・・まぁ一番という事で」

「・・・暑い」

「んー、じゃあ間宮さんの所にアイス食べに行こうよ」

「お金ないわよ?」

「本気で1コインも無いの?」

「YES!」

「・・・ちなみに、なんで?」

「今月の給料が出た直後にブルーレイBOX買ったからかなあ」

「・・・・夕張ちゃん、給料2割減になっても借金したらダメだよ?」

「貰った範囲で押さえるわよ。毎月残0だけど借金は0だもん!」

「もうちょっと実体経済にも予算を回そうよ」

「実体経済?」

「服とかご飯とかおやつとか」

「服は支給された制服が何着かあるじゃない。だから外出用と部屋用に分けてるよ」

「そういう意味じゃない」

「ご飯は食堂で頂いてるし、美味しいし」

「否定はしないけど、たまには外食とかさ」

「おやつは別になくても生きていけるし」

「否定はしないけどさ・・でもそれならブルーレイなんてなくても」

「生きていけないわよっ!」

「えええっ!」

「お給料貰って頑張ってるのは趣味の為だもん!」

「清々しいまでに実践してるけど貯金位しようよ」

「・・・まぁ、そうよね」

「おっ?素直じゃん」

「こういう時、自室用の自家発電装置位買える程度の預金があれば!」

「そ、そうだね・・理由が不純だけど」

「よし!来月から毎月1万ずつ貯金する!」

「もうちょっと根性見せなよ!5万ずつとかさ!」

「・・それがさぁ」

「なに?」

「ずっと前、同じ事を摩耶さんに言われてね、半年位出来なかったの」

「だろうね」

「だろうねって・・ひどいなあ。んで、摩耶さんがキレちゃって」

「だろうね」

「ちょっとは同情してよぅ・・で、5万ずつ取られてるの」

「・・・摩耶さんに?」

「うん。「アタシが貯金しといてやる!」って」

「記録は残ってるの?」

「毎月通帳のコピー見せてくれる。半年毎に定期にしてるって」

「100%おかんじゃん。摩耶さんすっごい親切じゃん!」

「でも通帳の実物は1回も見せてくれないの。銀行名も教えてくれないんだよ!」

「そりゃそうだろうね」

「なんでよー」

「だって通帳持たせたらATMすっ飛んで行ってブルーレイに変えちゃうでしょ?」

「うぐ」

「ダメに決まってるじゃん。島風だって渡さないよ?」

「おぉ島風よ、おまえもか!」

「島風、ブルータスじゃないよ?」

「・・・あっついよぅ」

島風は大きな溜息を吐くと、

「・・良いよ解ったよ、夕張ちゃんの分出してあげるから間宮さん行こうよ」

「いや、友達と金銭の貸し借りはしないの」

「奢ってあげるよ」

「奢りもなし。それじゃタカリだもん」

「アイス食べたいけど、一人で食べるの寂しいんだもん!」

「あ、じゃあ一口頂戴」

「・・・それで良いの?」

「良いよ。元々おやつ食べないし」

「よっし!じゃあ間宮さんとこに行こう!」

「おー」

 

 


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