鎮守府の説明会から二週間後の深夜。夕張の自室。
「うぅぅうぅう、島風ちゃんが怖いよぅ」
「泣き真似で島風を落とせると思ったら大間違いだよっ!」
「・・ちっ、手の内がバレてるわね」
「へっへーん!どんだけ付き合ってると思ってんのよっ!」
「・・・だよね、島風ちゃん、ありがとね」
「・・・へっ?」
急に微笑んで真っ直ぐ自分の方を向いた夕張に、島風は眉をひそめた。
熱でも上がったの夕張ちゃん?
「私、ずっと打ち解けられないというか、一人ぼっちだなって思う事が多かった」
「・・・」
「きょ、今日の話を思うと、単に自分の思い込みって気もするんだけどさ」
「うん」
「でも、でもね、姉妹とか戦友とか、そういう繋がりでしか解らない事ってあるでしょ」
「多分、ね」
「私はそういう意味で、どっちも今まで無かったの」
「・・・」
「こんなに頑張って試験したんだよ、実験したんだよって言っても、解んないじゃん」
「・・まぁね」
「そんな時に島風ちゃんは来てくれたじゃん」
「ちゃ、着任時期があの時だったってだけだよっ!」
「でも、島風ちゃんは私と同じっていうか、一人の気持ちを解ってくれるじゃん」
「解るっていうか、島風もそうだったから。タービン1つ取っても皆と違うし」
「だからさ、島風ちゃんには色々本音を素直に言えた」
「・・うん」
「だから私の事、ちゃんと解ってくれてるって思えるし、それが嬉しい」
「・・・」
「私と付き合ってくれて、ありがとね。島風ちゃん」
「・・・わ、私も、一番の親友だから」
「ほんと?」
「ほんと」
「・・えへへへへ~」
「にっ!ニヤニヤしないでよっ!」
「島風ちゃんは可愛いなあ」
「あーうー!弄るなあああああ!」
島風が照れ隠しに、ぬいぐるみをポイと投げた。それは夕張の顔に当たったが、
「痛くないよー・・・あ」
夕張が凍りついた。
「どうしたの?・・・おぉっ!」
夕張が避けた弾みに、持っていたスマホをポチリと押してしまったのだ。
55冊組の漫画の注文確定ボタンを。
「はっ!早く注文キャンセルしなさいって!」
「島風ちゃんが飛ばしたぬいぐるみのせいじゃない!きっとこれは運命よ!」
「私別に読みたくないもん!それより鳳翔さんのランチコース行きたい!」
「ランチは1回だけど漫画は一生読めるよ!」
「漫画で美味しい思いは出来ないもん!」
ポーン。
その時、スマホが鳴った。夕張が確認するとメールが到着したという通知で、
「発送完了のお知らせ」
というタイトルだった。
「うううぅぅぅうぅう、ナマゾン早すぎるよぅ。普段遅いくせにぃ」
背を向けて体育座りをする島風に、夕張は何て声を掛けたら良いか悩んだ。
注文が確定した以上、提督に貰った小遣いは全額漫画に支払う事になる。
つまり冗談ではなく、
「到着まで楽しみに正座して待つ」
以外の選択肢はなくなったのである。
(自分の給料から出すですって?とっくにカードの引き落としで残高0よ!)
「あ、あのさ、島風ちゃん・・・ごめんね」
「うぅぅぅううぅぅぅう」
「き、きっと気に入ってもらえると思うんだ・・全額突っ込んじゃったのは悪かったけど」
「・・・・」
「ア、アニメで見てすっごい面白いなあって思ったんだ」
「・・・」
「同じようなアニメ、島風ちゃんも喜んでくれたし、多分・・・」
「・・良いよ」
「えっ?」
「今日と明日のお休みは夕張ちゃんの休息がメインだもん」
「・・・」
「変に電気街とかうろついたりしてたら意味ないもんね」
「・・・・あ、あああああああ」
「へ?」
「しまったああああ!電気街行くって手をすっかり忘れてたわ!」
「・・・」
「2万も予算あったらあれも、ああ、あれもこれも買える!」
「・・話聞けー」
「い、今からキャンセル出来ないかしら・・ええとキャンセルキャンセル・・不可だ」
「・・ぷふっ!」
「なによー」
「あははははっ!良かったね夕張ちゃん!ぐっすり眠れるよっ!」
「うー」
「せっ、正座して待つんでしょ!」
「むー」
「良いじゃん55巻セット!二人で喋って待ってようよ!」
「しくじったと解った途端ガッカリ感が半端ないわね・・」
「んふふん、ぽちったのもキャンセルしなかったのも夕張ちゃんだからねっ!」
「わ、解ってるわよぅ」
「じゃ、届くまで長い事かかるだろうから、お話してようね!」
「解ったわよぅ。それで、何話す?」
「今日はもう終わり。続きは明日だよっ!」
「なんでよ!私起きたばっかりだよ!」
「だってもう2300時だよ?」
「なんとっ!」
「明日だってランニングあるんでしょ?」
「え、あるの?」
「摩耶さん、別に休みにするとか言ってなかったよ?」
「あ、あわわわわわわ。早く寝ないと起きられないよ」
「じゃ、一緒に寝ようよ」
「・・・そうね、それ楽しいかも!」
「うん!じゃあ布団持って来るねっ!」
「あ、予備あるわよ」
「・・・なんで?」
「研究室で貫徹でやる時に持ってこうと思って」
「研究室で寝泊まりしちゃダメだって言われてるじゃん」
「だから持って帰って来たのよ」
「・・・ぷふっ」
「なによぅ」
「無駄な出費が多いよねっ!」
「だって買った後で禁止されたんだもん!」
「あはははっ!じゃあそれ貸して!」
「良いわよ~」
「こうして真っ暗な部屋で寝ると、修学旅行みたいだよねっ」
「そうね、暗い中で色んな話をしたりとか、枕投げたりとか」
「ま、枕投げは明るい所でやんない?」
「えっ?」
「でないと誰が何だか解んないじゃん」
「・・・枕投げで相手を認識する必要があるかしら?」
「うわ、無差別ボンバーじゃん!」
「ボンバーって」
「ボンバー♪ボンバー♪夕張ボンバー♪」
「くっつけるな!」
「あははっ」
翌朝。
「島風、お前がついていながら何やってんだよ」
「すいませぇん」
「眠い・・眠いわ・・」
目の下に真っ黒なクマを作った二人を前に、摩耶は溜息を吐いた。
「一体何やったんだよ。ゲームか?」
「そ、それがその、寝ようとして、2300時過ぎに二人で布団に入って」
「おう」
「そのままお喋りしてたら朝になって、摩耶さんの声がして」
「・・・・・はぁーあ」
摩耶は溜息を吐いた。
確かにドアの前で呼ぶ前から二人の声がした気がする。
時間前に起きてて感心感心と思ったが、寝てなかったのかよ。
「まったく、一晩も何話してたんだよ?」
二人は顔を見合わせた。
「何って・・・」
「特に大事な話は・・ないよね」
「・・・お前ら・・」
「ひっ!」
二人は摩耶から拳骨が飛んで来るものとばかり思い、目を瞑って身構えた。
が。
「・・・・ほんと、仲良いんだな」
摩耶はくすっと笑った。
「あ、あの・・・はい」
「アタシもさ、天龍と居ると時間忘れんだよ」
「・・・」
摩耶は空を見上げると、
「アタシは天龍と着任が近くてさ、まだ慣れてない頃は二人で海辺とかで話したんだ」
「へぇー」
「楽しくて楽しくてさ、夕方に話し始めたのに気付いたら満天の星空でさ」
「ありゃー」
「良く姉貴達に叱られた」
「摩耶さんがですか」
「おう。だから気持ちは解る」
「ありがとうございます」
「でも、夕張、お前は倒れたんだから、体を休めろよ」
「・・すみません」
「・・しょうがねぇな。今朝はランニング免除してやるから、今からちゃんと寝ろよ」
「はい」
「島風も、自分の部屋で寝ろ。また二人で居ると喋るからな」
「うん。そうする。ごめんなさい」
「良いって事よ。じゃな!」
立ち去る摩耶の後ろ姿を見ながら、島風は言った。
「摩耶さんて普段怖いけど、なんだかんだ言って優しいよね」
「普段怖すぎるけどね」
「普段は怖いね」
「じゃあ怒られないうちに帰って寝ようか」
「うん!じゃあ起きたらまた行くね!」
「じゃあね!」
「・・・行って良いよ夕張ちゃん」
「行って良いわよ島風ちゃん。私が見えなくなるまで見送るから」
「島風が見送るから良いよ夕張ちゃん。早く行きなよ」
「・・・・ぷふっ」
「じゃ、一緒に出発!」
「うん!」
こうして島風と夕張は、それぞれの自室に戻ったのである。