艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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夕張の場合(3)

 

鎮守府の説明会から一週間後。鎮守府波止場。

 

定期船から巨大なコンテナが幾つも下ろされた。

提督室で文月からディーゼル発電機が届いたと報告を聞いた提督は目を丸くした。

「ええっ!?普通こういうのって発注してから届くまで何カ月もかかるんじゃないの?」

文月はにこにこ笑いながら答えた。

「たまたま使われていなかった中古品があったそうなので!」

「へぇ、上手い事あって良かったねえ」

「はい!」

「じゃあ早速夕張達に知らせないと」

「もうご存知です。荷を下ろす所から手伝ってましたし」

「そっか。夕張は機械が好きだからなあ」

「目がキラッキラしてました」

「ははは・・・ま、良いか。報告ありがとう文月。怪我しないようにって言っといてくれ」

「はい!じゃあ失礼します!」

パタン。

扉を閉めると文月はふうと一息ついた。

お父さんに嘘は言ってない。

だが、龍田は陳情書をそっと回収し、ポケットマネーで倒産した半導体工場を買い取った。

そして工場に夕張達を連れて行き、発電機など必要な物を運ばせたなんてとても言えない。

文月は思った。龍田会長は一体どこで売りに出された半導体工場なんて情報を手に入れたのだ?

そもそも工場を買いとるのに幾らかかったのか?それをポケットマネーで支払うって・・

文月は首を振った。深入りは寿命を縮める。余計な詮索は無しだ。

 

「うひゃっほーう!この設備!早く試してみましょう!」

「ふむ。ターボディーゼル発電機じゃな。しかしこれ、ほとんど使ってないんじゃないかのう?」

「使った形跡がないですよね。こっちに比べると」

「・・・そんなものどうするんじゃ」

「電気設備はほとんどかっぱらってきましたからね!」

「夕張よ、うちのどこで試作用半導体製造装置なんて使うつもりなんじゃ・・・」

「これさえあれば1点物のLSIだって作り放題じゃない!最上も喜んでたわよ!」

工廠長は溜息を吐いた。

確かにサイズは小さいがシリコンウェーハから全て作れる。

それに何より、夕張と最上だ。こいつらはやりかねん。

 

更に一週間が過ぎた。

電力会社との調整、事前準備であっという間に時間は過ぎて行った。

夕張は設備の切替と並行して半導体ミニラボの建設も進めたので、毎日てんてこまいだった。

この間、節約策は他にも議論されたが、他はどれも少額に留まっていた。

つまり、電力の自家発化が最大の節減策であり、夕張には自然と期待が集まった。

他の艦娘達からは

「夜食持って来たよ!あたし達の給料の減り具合がかかってるんだから頑張ってね!」

「遠征の当番代わってあげる!あ、洗濯もしといたわよ!」

と、全面協力を受けていた。

夕張の昼間はずっと関係各社との打ち合わせや電話のやり取りで取られてしまった。

自ずと自分の作業は夜に回され、睡眠時間が押しやられる。

夕張がそれでも昼夜逆転にならなかったのは摩耶のランニングのおかげだった。

「昨日は遅かったんだからパスさせてぇ・・」

「させたら完全に昼夜逆転するだろ!今日は3周で良いから、取捨選択して寝ろ」

「でもぉ」

「ラボの方は後回しで良いじゃねぇか」

「そうはいかないわよ!」

そんな事を言いつつランニングを終えた所に、提督から呼び出しを受けたのである。

 

「失礼します」

「・・・あぁ、やっぱりな」

「何がですか提督?」

「夕張、お前昨晩何時間寝た?」

「うぇっ・・え、ええとぉ・・」

「ほれ、言ってごらん。怒らないから」

「に、二時間・・です」

「・・・」

「しょ、しょうがないじゃない!」

「本当に・・・しょうがないのか?」

「え?」

「そもそも研究とはいえコージェネ化をなぜそこまで急ぐ?ゆっくりやれば良いじゃないか」

「う・・」

「夕張は、自分がどれだけ重要な立場に居るのか解っているかい?」

「・・へ?」

「やっぱり・・」

「え、あ、あの、重要・・・って?」

「まず、研究班は夕張無しで立ち行かんだろ」

「あ、はい」

「艦隊で超広域索敵をする時の情報収集役は夕張以外に誰が出来る?」

「う」

「新兵装の最初の検証は?」

「ぐ」

「受講生への装備解説講義の講師は?」

「おうっ」

「新装備の開発とテストは?」

「あ、それは最上ちゃんも出来ます」

「・・訂正。軽巡以下の主砲開発とテストは?」

「ピンポイント過ぎますよ提督!」

「と・に・か・く」

「ううっ」

「・・・・一体どうしたというんだ。いつ夕張が倒れるかと心配でならん」

「・・・・」

夕張は困った顔をして俯いてしまった。

提督が自分を重要だと言ってくれたり心配してくれるのはとても嬉しい。

だが、理由だけは言えない。それこそ仏の文月一発召喚である。

ええとええとと必死になって考えていた時、電力会社からの連絡事項を思い出した。

「電力会社から停電のお知らせが来てるんです」

「・・・なんだって?」

「5月11日に検査で停電しますと」

「・・・それに間に合わせようとしてるのか?」

「はい」

提督は途端に申し訳なさそうな顔になると、

「私が通信棟の停電は困るとか言ったからか・・・余計な事を言ってしまったね」

「えっ!?ええとええと、いや、それはあの」

「大本営には通信不能になる事を伝えておくし、私から詫びておく。だから無理をするな夕張」

「あ・・の・・」

「1日2時間しか寝てなければ本当に倒れてしまう。何時間か知らんが停電は1回だ」

「・・・」

「さ、停電時間を言いなさい。大本営に知らせて来るから」

夕張は滝のように冷や汗を流していた。

確かに電力会社から停電のお知らせは来た。

だが、瞬間的に数回あるかも、という内容だったからだ。

「ほら、具合悪いんじゃないか夕張。汗だくだぞ?」

「あ、あは、あはははは」

「時間だけ教えなさい。それから今日はもう寝なさい。休暇届は書いておいてやるから」

夕張はごくりと唾を飲み込んだ。

今嘘を吐いても大本営から電力会社に確認が行ったら終わりだ。提督まで恥をかく事になる。

かといって本当の事を言えば気にするなと言われる。

だが、艦娘達からは一刻も早く完成させてくれとせがまれている。

ラボの完成は夕張自身が最も急ぎたいから外したくない。

全部ぶちまけてしまおうかと一瞬思ったその時。

「お父さぁん」

「おや文月じゃないか、どうした?」

「停電のお知らせについて大本営に連絡しておきましたので、報告に来ました」

「ん?夕張が言ってた5月11日の件か?」

「そうです」

「そうか。じゃあ文月、夕張が具合悪そうなんだ。部屋まで送ってあげてくれないか?」

「お安い御用です」

「頼んだよ。夕張、これで無理しなくて良くなったんだから、ちゃんと休みなさい。な?」

「は、はぁい」

パタン。

提督室を出た夕張は、そっと文月にタイミングよく表れた理由を聞いた。

「青葉さん達が今朝、提督室にコンクリマイクを仕掛けたんです」

「はぁ!?」

「それで試験中に、夕張さんに質問する提督の声が聞こえた来たと連絡がありまして」

「それで知ってたのね」

「はい。ところでそんな長時間停電の話ってありましたっけ?」

「瞬間停電をするかも、という話だよ。緊縮策とは言えないじゃん」

「なんでですか?」

「提督にバレたら文月ちゃんが泣くじゃない」

「あ・・」

「工廠長も言わなかったんだよ」

「・・・・・借りが出来ましたね」

「あはははは。その内兵装テストするときオマケ・・し・・・」

「解りま・・・ゆっ!夕張さん!?」

振り返った文月が見たのは、提督室の玄関に倒れ込んだ夕張の姿だった。

 

 


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