艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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青葉と衣笠の場合(7)

鎮守府青葉達の自室、朝。

 

「衣笠、衣笠っ!」

「んにゃ~」

「朝ですよ衣笠っ!訓練の時間ですっ!」

「んぅ・・・」

ぽえんとしたまま、衣笠は洗面所に向かった。

昨日は鳳翔の店から帰った早々に布団に入り、今朝までバッチリ寝てしまった。

少し寝すぎたかもしれない。顔がむくんでる気がする。

パシャパシャと顔を洗い、身支度を整えると、既に青葉は準備体操を始めていた。

「青葉は朝からって言うか、一日中元気だよねぇ・・・」

「気になるんですか?いい情報ありますよ?」

「妹に商売するなよぅ」

「まだ売るとは言ってないじゃないですか」

「まだって事は売る気満々じゃない」

「コストがかかるんです!」

「・・じゃぁいいよぅ」

「衣笠が聞いてくれないとつまんないです・・」

珍しくしょぼんとした姉を見て、衣笠はガリガリと頭を掻くと、

「んー、じゃあ幾らなのよ?」

「3960コイン!」

「高っ!」

「を、取材費で落としてくださいっ!」

「・・・なんでよ」

「研究班が売ってる「グルコマッカーV!」の代金なんです」

「それ1個3960コインもするの?高すぎて売れないって」

「いえ、1980コインです」

「じゃあなんで3960コインなのよ」

「青葉と衣笠の分、2個要るじゃないですか」

「・・・・」

衣笠は口をすぼめ、ジト目で青葉を見た。

確かに最近、青葉は朝から全開で仕事を始めている。

でもほんとかなあ・・・なんか信用できないと第六感が告げている。

「・・・」

ジト目で見る衣笠に青葉が更に畳み掛ける。

「二人で体験談を載せれば信用も上がります」

「何の?」

「もちろん「グルコマッカーV!」の体験記事です!」

「・・・待って」

「何ですか?」

「今、青葉はその「グルコマッカーV!」を飲んでるの?」

ぎくりとした様子で青葉の歩みが一瞬固まる。

「い、いやぁ、なんというかその」

「私は、今、青葉が元気な理由を知りたいんだけど?」

「いやぁ、青葉さんも最近は朝がだるくて。装備が重かったりするわけですよ」

「そりゃ通常装備に加えて麻酔魚雷とか変なもの持ってるからでしょ!」

「うぐっ!」

「・・・じゃあ今朝もだるかったりするの?」

「そうですねぇ。ちょっと右肩がこったなー、みたいな」

わざとらしく右肩を大きく回す青葉を見て、衣笠は確信した。

「じゃ、今朝は訓練中止したほうがいいね」

「うぇっ!?」

「だって、だるいんでしょ?体調が万全の時に訓練しないと危ないもんね」

「そっ、それはそのなんと言いますか」

「じゃ、帰ろっか!」

くるりと回れ右する衣笠に青葉はぎゅむと抱きつくと

「うわああん!嘘です嘘ですごめんなさい!」

「大人しく白状すれば良かったものを」

「お代官様ご勘弁を!」

「・・・1個」

「へ?」

「最初から沢山買って効果無かったらイヤじゃない。1個買って半分こしよ?」

「さすが衣笠!解ってくれて嬉しいです!」

喜ぶ姉を見ながら衣笠は溜息をついた。姉貴に甘いかな、私。

 

そして。

「へうー、今日も無事終わりましたぁ」

「ほんと安定してすり抜けるよね」

「苦労しましたもん」

「そういえば、どうやってるの?」

「何がですか?」

「毎日コンスタントに50隻もの敵艦の脇をすり抜けるって凄い事だよ?」

「・・・・おぉぉお」

「なに?」

「衣笠が記事以外で私を褒めてくれました!」

「泣かなくてもいいじゃない!」

「久しぶり、とっても久しぶりですよ!今日はきっと凄く良い日です!」

「それはさておいて」

「おいとかないでください」

「教えてよ、やり方」

「教わってどうするんです?」

「万一、青葉が敵のど真ん中で救援が必要になったら助けに行く。その時使うから」

うーんと青葉は空を見上げて考え込んだが、

「衣笠には教えないことにします」

「なんでよっ!」

青葉は衣笠を見てにっこりと微笑んだ

「青葉にとって、衣笠はとってもとっても大事で、大好きな妹なんです!」

「・・・え?」

「だからこんな訓練とか、安全な取材なら、一緒に仕事したいんです」

「・・・」

「でも、私が倒れるような状況下に衣笠が来るのは嫌なんです」

「・・・」

「私が重巡で一番強くなったのはですね、衣笠を守れるようにするためなんです」

「へ・・」

「ずっとずっと前、前の鎮守府が砲撃された時の事を覚えてますか?」

「伊19ちゃんとか伊58ちゃんに引っ張ってもらって海底トンネルで逃げたときの事?」

「そうです。あの時衣笠は、私をポカポカ叩きました」

「う・・だって、なかなか姿が見えないから心配で」

「はい。私はあの時、取材にLVなんて関係ないと思っていたのです」

「・・・」

「でも、LVが高ければ、私はもっと早く衣笠に会えた筈でした」

「・・・」

「あの時は古鷹達の機転で命を取り留めましたけど、もし衣笠が私を待ったが為に轟沈したら」

「・・・」

「きっと私も、後を追うと思います」

「!」

「だから衣笠は鍛えなくて良いのです。私が衣笠を守れればいいんです!」

「・・・だから」

「?」

「だから、青葉はバカ姉なんだよっ!」

青葉は涙を流しながらキッと睨む衣笠を見て動揺した。何か誤解させただろうか?

「・・・」

「そっくり同じ事返す!青葉は私にとって一番大事な姉さんだし、青葉が倒れるのなんて見たくない!」

「き、衣笠・・」

「何の為に演習付き合って重巡2位になったと思ってるの!無鉄砲に首を突っ込む青葉を助ける為じゃない!」

「・・ぐう」

「青葉は記者活動が何より好きな事は知ってる!だから出来るだけ自由にさせてあげたい!」

「・・・」

「でもこんな戦地の只中で自由にさせれば、きっといつか傷ついたり大変な目に遭う!」

「・・・」

「そんな時に何も出来ないのは嫌なんだもん!」

「・・・」

「こっ、この前は、本当にどうしようもなくて、本当に無力感で一杯だった」

「この前?」

「青葉に告発状を持たせて海底を突破させたときの事!」

「あー、あれは滅茶苦茶怖かったですね」

「ケーブルがぶっつり切れたとき、青葉の真上には敵の戦艦隊が居たの」

「今の今まで知らなかったですよ!」

「鎮守府から余裕で辿りつける位置だったけど、太刀打ち出来る相手じゃなかった」

「・・・あー」

「そんな時、もしすり抜けの術が使えたら、絶対絶対迎えにいくもん!」

「・・・衣笠」

「バカ姉貴が無茶するんだもん!そういう救助だって出て来るんだよ!」

「海底突破は青葉、行きたくて行った訳じゃないんですけど」

「うるさいうるさいうるさい!」

「あ、わ、解りました、解りましたよ。御飯の後でちゃんと教えますから」

「・・・ほんと?」

「上目遣いで見ないでください。約束です」

「・・なら・・ゴハン行こっ!」

にっこり笑って手を引いていく衣笠に引っ張られながら、青葉は思った。

あれ?私、三文芝居にハメられましたか?

苦笑しながら、まぁ良いかと思い直した。

衣笠にさっき言った事はいつか言いたいと思ってましたし、衣笠の答えもきっと。

「今日のメニューは何だろねー」

「今朝はきっと豚の生姜焼きですね!そういう匂いがします!」

「えっ?私全然解んないよ?」

「いや、実際の匂いじゃなくて、勘です」

「ほんとかなー」

「じゃあ食後のイチゴ牛乳賭けますか?」

「乗った!」

青葉はぺろっと舌を出した。毎月22日の朝食に豚の生姜焼きが来る確率は98%なんです。

理由は知りませんが、たまに高確率でメニューが決まってる日はあるんですよね。

統計を取ってるからこそ解る事なんですが、ま、勘という事にしておきましょう。

そして衣笠が

「うっそおぉおぉお・・イチゴ牛乳確定だよぅ・・・」

と言いながら豚の生姜焼きの膳を取ったのは、これから10分後の事だった。

 




今回はちょっと、自分ルールを逸脱して言い訳を書きます。

リクエスト第2弾の青葉編だったわけですが、まずはご満足頂ける物になったか、とても心配しています。
なぜなら私は、とにかく青葉を動かすのが苦手なのです。
それは青葉というより、意志を持って伝えるジャーナリズムとは何か、という問いに対する答えを自らの引き出しに持っていないからです。
高度経済成長期などには、週刊誌でも夢中で読み入ってしまうほどしっかりと書かれた記事があったと噂には聞きますが、今、私がそれを実感するような記事は洋の東西いずこでも出会えていません。
中身の無い当たり障りの無い記事、ロクな裏づけも取らない推測記事、極端な賛成派か反対派べったりの提灯記事、詐称すれすれの記事、国家の意思に従って書かれた記事。
そういうものが占めてしまっています。
国営放送からしてそうですし、記事一本でご飯を食べてる人も以下同文ですので本当に手本が見つからず溜息が出てきます。
そういう訳で、青葉にどんなジャーナリストで居て欲しいかを、どう行動として具体化させてあげれば良いかという答えが見つかっていないのです。
もしどこかで、ちゃんと引き出しに入れるものが見つかったら青葉編を再び書くかもしれませんが、今回はここまでに致します。

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