5151鎮守府近海の海上、昼前。
「・・・な、何事?」
霞は構えていた12.7cm砲を恐る恐る下げた。
最近、遠征の帰り、深海棲艦に待ち伏せされる事があった。
この為、ドラム缶を全スロに積んだ輸送役に加え、主砲を装備した護衛艦を配備するようにはしていた。
しかし、今日遭遇した敵は重巡クラスを筆頭にした艦隊。今までの単体駆逐艦とはケタが違った。
護衛役だった霞は主砲を構えてはいたが、砲の弾は既に切れており、こけ脅しに過ぎなかった。
まだ鎮守府までは距離がある海域だったので、脅しが効かなければ万事休すだった。
それが急に、敵の全艦が魚雷らしき攻撃を受けた後、動きを止めたのである。
「な、何か解んないけど逃げるわよ!」
霞は僚艦に撤退指示を出したが、
「ねぇ!霞さんでしょ!ちょ!ちょっとだけ待ってぇ!」
という衣笠の声が追ってきたのである。
海面にぷかぷか浮いている深海棲艦達を見て、霞は首をひねった。
小破や中破なら自分の意思で撤退し、海中に潜る筈だ。
轟沈ならやがて光と化して消える筈だ。
なのに、なぜ浮いたままじっとしてるんだろう?
目を凝らした霞はぎょっとして目を剥いた。
寝てる!?
「・・・zZZz・・・ZZzZ・・」
「うんうん、作戦成功です!」
はっとして顔を上げると、傍に満足げに頷く青葉が居た。いつの間に!?
「夕張さんの麻酔弾は良く効きますねぇ」
「ま・・麻酔弾?」
「霞さん!ご無沙汰してますね!青葉です!一言お願いします!」
「いっ、一体何の一言を言えばいいのよ!」
「何故ここで襲われたか、私達との再会について、麻酔で寝てる深海棲艦を見て、です」
「全部じゃないの!」
「順番に一言ずつお願いします!」
「いっ、言ってる間に起きたらどうするのよ!」
「起きませんて」
「・・り、理由は知らないけど前にも遠征帰りに襲われたわ。艦隊を相手にしたのは初めてだけど」
「ふむふむ!今までも襲われた事があったのですか!?」
「今までは駆逐艦1~2隻とかだったから、まぁ普通に対処出来てたのよ」
「今回は・・・重巡が1隻居る4隻体制ですね」
「皆はドラム缶をフル装備、私だけ護衛用に12.7cm2門装備。けど弾切れで万事休すだったわ」
「それであの距離でも砲撃も雷撃もしなかったのですね」
「・・そうよ。だから青葉さん達が攻撃してくれて助かったと思ったんだけど」
「けど?」
「麻酔銃って何よ!ちゃんとした主砲持ちなさいよ!」
「使ったのは麻酔魚雷ですよ?」
「銃でも魚雷でもどっちでも良いわよ!」
「ちゃんと当てたじゃないですかー」
「なんで倒さないのよ!」
「インタビューする為です!」
霞は事態が飲み込めず、数秒後にぽかんと口を開けた。
「・・・インタビュー?」
「インタビュー」
「・・・するの?」
「もちろん!」
霞は目を瞑り、深呼吸を5回行った。
だめ。落ち着いて。こんな事でぶち切れたら龍田会会員としての沽券に係わる。
カッと目を見開くと青葉に言い切った。
「眠らせようとどうしようと危機を救ってくれた事には感謝するわ。じゃあね!」
「待ってください!」
「・・・なによ?」
「まだ私達との再会についての一言と、寝てる深海棲艦への一言を頂いてません!」
霞はがくりと肩を落とした。なんだろう、この緊張感の無さ。
「後者については、深海棲艦も鼻提灯膨らませて寝るんだなって思った。前者については」
「はい!」
「嫌な予感しかしないわ!」
「ええーっ!」
「じゃ、私達はドラム缶積み直して帰るから!」
「解りましたっ!」
霞は僚艦達を向いて話し始めた。
「皆、怪我は無いわね。じゃ、ドラム缶を集めましょう!」
その時、横からそっと衣笠が申し出た。
「あ、拾うの手伝うよ。邪魔しちゃってごめんね」
「・・・」
霞は衣笠にも疑いの眼差しを向けた。なにせあの青葉の同行者だ。何を言い出すか解らない。
散らばったドラム缶を集めて積みなおし、ようやく帰ろうとする霞達を青葉は呼び止めた。
「ま、待ってください!もうちょっとだけ!」
「・・・一体何よ?」
「もうちょっと、もうちょっとで縛り終えますから」
振り向いた霞は2度見した。青葉は重巡の深海棲艦をぐるぐるに縛っていたのである。
「・・・何してるの?」
「ロングインタビューを海上でするのも落ち着かないので!」
「ロング?」
「インタビュー」
「・・・どこでやろうってのかしら?」
「近いんで5151鎮守府で・・・」
「御断りよっ!司令官が襲われたらどうするのよ!」
「だから縛ってるじゃないですか!」
「ロープ切られたらどうするのよ!」
「その時は青葉にお任せください!」
「任せられないわよっ!」
霞はぜいぜいと肩で息を切った。頭おかしいんじゃないのこの人!?
「あ、あの、えーと」
そんな霞に声を掛けたのは衣笠だった。
「・・・なっ、なによ」
「バカ姉が変な事言ってごめんね」
こっちはまともな話が出来るのか、いやいやダマされないぞと霞が半信半疑の目で見返した。
「・・で?」
「龍田さんから貴方宛と、提督から司令官宛の手紙も預かってるの。ちょっとだけ寄らせてくれないかな?」
「・・・」
「バカ姉には余計な事させないですぐ引き上げるようにするから。ね?」
霞は苦虫を噛み潰したような顔になった。
手紙をここで奪い、帰れと言う事も出来るが、衣笠はドラム缶の回収を手伝ってくれた。
何より龍田会長がいるソロル鎮守府との関係にヒビを入れるのは5151鎮守府にとって好ましくない。
だが、あのロープでぐるぐる巻きにした深海棲艦を曳航しようとしている青葉を本当に信用して良いのか?
霞は眉をぴくぴくさせながら長い事考えた挙句、
「・・・・ほんとに、司令官に危険が及ばないようにしてくれるのね?約束してよ?」
「うん、良く言って聞かせるから!」
霞は衣笠の返事も青葉の頷きも信用しきれなかった。帰ったらすぐにフル武装しておこう。
「あんた達も帰ったら即時補給してフル武装。良いわね?」
僚艦達はこくりと頷いた。