艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加賀編というか大鳳編は、あえてあの形で締めたいと思います。
・・・戦術について素人が詳しく書くと矛盾が噴出するからそっとしておこうという事も無きにしも非ずです。はい。すみません。




青葉と衣笠の場合(1)

 

 

鎮守府正面海域の海上、日の出直後。

 

「はぁー、毎日毎日メンドクサイですぅ」

姉の青葉が沖合で息を整えながら、そう言ったのに対し、

「取材許可の交換条件なんだから、ブツブツ言わない!」

タオルを差し出しながら、衣笠はそう返事した。

「解ってますよう。理由もまぁ解りますが、それにしたってハード過ぎませんか?」

「嫌なら記者活動止めれば良いじゃない。ほら、帰ろっ!」

「うー」

姉の唸り声を無視すると、衣笠は鎮守府に舵を切った。

二人が後にした海では何十体もの深海棲艦達が目を回していた。

 

「ジャーナリストたる者、どこへでも行くのが当然ですっ!」

ソロル新報がほぼ隔日単位で発行出来るようになり、青葉はそう豪語するようになっていた。

近海で大規模な戦いがあると聞いた時は、皆が止めるのも聞かず、たった一人ですっ飛んでいった。

そして、なんと今まさに砲撃しようとしている深海棲艦の隣にピタリと寄り、

「ども青葉です!一言お願いします!」

「ウルサイ!今戦闘中ナノガ見エナイノカ!トイウカ誰!?ドッカラ来タ!?」

というような無謀ともいえる突撃取材を繰り返すようになっていたのである。

衣笠は姉が心配でならず、言う事も聞いてくれないと、ある日の夜、池のほとりで泣いていた。

これを間宮の店で買った甘味の袋を両手に下げた提督がたまたま見つけた。

「どうした衣笠、青葉がまたなんかやったか?」

「・・・怖いんです。心配で心配で、もう見てられないんです」

提督は衣笠の隣に座ると、頭をぽんぽんと撫でた。

「ふむ。何があった。話してごらん」

「実は・・」

事情を聞いて提督は深い溜息を吐いた。

「それじゃ衣笠があまりにも可哀想だ。ブレーキ役を頼んだのは私だ。少し青葉に灸を据えてやろう」

「あ、あの、もう座敷牢はあまり効果が無いんです。調味料やおにぎりまで持ちこむようになって」

「大丈夫。任せておきなさい」

提督は翌日、衣笠と青葉を呼んだ。そして青葉に訓練と称し、

「朝、鎮守府周辺で50体の深海棲艦の傍をすり抜け、無傷で帰ってくれば、その日1日取材しても良い」

と命じたのである。

ぶーぶー文句を言い、提督のネタを手に強く妥協を迫る青葉に対し、提督はぴしゃりと言い放った。

「あらゆる状況で安全を確保出来ると証明してから、どこへでも行くと言いなさい。衣笠の身にもなれ!」

そして青葉を真っ直ぐ見つめ返し、頑として譲らなかったのである。

本当にやらないとダメだと理解した青葉は、どうすればいいんですかとブツブツ言いながら下がっていった。

いまいち意図が掴めなかった衣笠に対し、

「出来る訳が無いだろう?そんな神業が出来るなら本当に安全だが・・ま、ほとぼりが冷めたら許してあげるよ」

と説明したので、衣笠はうーむとしばらく悩んだ後、こくんと頷いた。

簡単に諦める姉ではないが、さすがに課題が非現実的すぎる。大丈夫かな、と。

案の定、青葉は翌朝から「訓練」を開始し、衣笠は心配だったのでついて行った。

最初の数日はすぐ被弾して帰って来た。あっさりドック常連となった青葉は入渠の間ずっと

「あーまた被弾しました!悔しいです悔しいですう!」

と言っていた。

ドックの外では衣笠が胸をなでおろしていた。

鎮守府近海に居る深海棲艦は動きは早いが強烈に強い訳ではない。大艦隊も居ない。

姉が無茶をしても一撃大破はないので、ダメそうだと思ってから連れ戻しても小破程度で充分安全に帰れる。

連れて帰る距離も短い。

だから鎮守府近海だったのねと衣笠は思った。

まだいける、まだ訓練しますと暴れる姉を引きずって帰るのは大変なのである。

衣笠はそっと頭をさすった。シャンプーしてしまったし、もう温もりが残ってる筈も無いけれど。

 

2週間が経過した、ある日の夜。

衣笠が自室でくつろいでいると、青葉が大小2つの包みを持って帰って来た。

怪訝な顔をする衣笠の前で、大きい方の包みを青葉が開けると、沢山の小型カメラが入っていた。

青葉をその1台を抜き取ると、衣笠に手渡した。

「夕張さんから借りてきました!正真正銘のカメラですから安心してください!」

「え?私が撮るの?」

「異なる視点からの映像はとても大切です!動画で一部始終を撮影してください!1台任せましたよ!」

「・・まぁ、いいけどね」

翌日。

やぁ今日も来たなと工廠長に冷やかされ、仏頂面のまま青葉はドックに入った。

しかし、ドックの中で夕張から借りたもう1つの包みを開け、中からノートパソコンを取り出した。

パソコンでカメラの映像から深海棲艦と自分の位置関係や被弾状況を詳しく分析し始めたのである。

「・・ここで一気に取り舵にしたから相手は潮を被って撃てなくなったんですね。ふんふん」

ドックの外で待つ衣笠は姉が入渠時間を使ってそんな事をしているとは思わなかったのである。

 

それから1週間が過ぎた。

いつも通り仏頂面で入渠しに来た青葉は、ドックに入ると、にっと笑った。

カメラを借りる前は何度やっても15隻もすり抜ければ中破して衣笠に止められていました。

でも、今では20隻位なら小破で済むようになりました。やっと効果が出て来ましたよっ!

青葉は慣れた手つきでノートPCを起動しながら、手元のメモ帳を開いた。

「対策18Cはこれで良いでしょう。対策27Eは燃料半減以後の回頭時が問題ですね・・」

衣笠はドックの外で待ちながら嫌な胸騒ぎがしていた。

なんとなくだが、撮影時間が徐々に長くなっている気がする。

次第に長くなるという事は、敵の攻撃を避けられる方法を見つけてしまったのではないか?

姉に方法を見つけたのかと直接聞いてみたが、

「秘密です!」

と、いつも通りにっこり笑われてしまった。

姉はもう少しで事実に突き当たりそうな時でも、すっからかんでも秘密ですの1点張りだ。

完全に解ってしまえば丁寧に教えてくれるので秘密主義とは言えないが、今回は話が別だ。

見つけられては困るのである。

衣笠はもっと条件を厳しくしたほうが良いのではと提督の所へ相談に行ったが、

「青葉は運が強いからそういう日もあるよ。ありえないありえない。はっはっは!」

と、笑いながら衣笠の頭をくしゃりと撫でた。

撫でられた事は嬉しかったが、提督棟から出た頃には衣笠は顔をしかめていた。

いや、違う。

姉の記者活動に対する執念は半端ではない。是が非でも再開したい筈だ。

だが、50隻もの敵艦の傍をすり抜けながら無傷でいられるなんて、一体どれだけの強運が必要なのだ?

運と言えばと思い、雪風に可能性を聞いてみたが首を振られた。

「私が1出撃で、運で結果を明確に変えられるのは3回が良い所です。安定して50回なんて無茶苦茶です」

衣笠はそれでも疑いを晴らさなかった。

無砲撃で50隻もの敵艦を無傷のまますり抜けるなんて出来ないと、誰もが思っている。

誰も思いつかない何かがあるのではないか?それを姉は見つけたのではないか?

出来ない、という単語でハッとした衣笠は睦月を訪ねた。

三式ソナー製造率100%など、不可能を可能にした彼女なら何か解るかもしれない。

 

 


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