艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加賀の場合(25)

 

 

紅白戦の翌日。

 

山城と加古は、

「いっひっひっひ。次は何してやろっかな~」

「急発進でL字航路とか面白くないかなー?後ろ取ったと思ったら一瞬で砲門がこっち向いてるっての」

「あははっ!良いわねそれ!どうやるどうする?」

と、笑いながらえげつない戦術を次々考案していた。大鳳から増員を問われた時には、

「そんなら鈴熊だよね」

と口を揃えたので、鈴谷と熊野に声をかけたのである。

最初、二人は

「折角大鳳達と戦う楽しい戦略を立ててたのにさ~」

「そうですわ。きゅうきゅうと翻弄して差し上げようと思ってましたのに」

と、残念そうな顔をしたが、山城が二人に何事かを耳打ちすると、

「ほぉーう、面白そうじゃーん!どうする?何する?」

「なるほど・・今時のレディの嗜みの一つなのですね。付き合ってあげますわ」

と、4人で顔を寄せ合いひそひそと話し、時折爆笑していた。

こうして、大鳳、祥鳳、隼鷹、飛鷹、最上、三隈、夕張、島風、山城、加古、鈴谷、熊野の12隻が大鳳組と呼ばれるようになる。

大鳳組の戦いを時間一杯味わった艦娘達は、演習が終わるとヘッドセットをむしり取り、

 

「だあぁぁぁああぁぁもぉぉおおぉぉぉぉおおイライラするぅぅぅううう!」

「水中誘導魚雷なんて卑怯でち!どうしろっていうんでち!」

「こっ、この私が・・ワンパン大破・・・だと・・・ありえない」

「絶対ズルい!ズルいズルいズルいぃいぃい!」

 

このように、最初は顔を蒼白にして猛烈に怒るのだが、異口同音に、

 

「どちくしょおおお!もう1回やらせろぉぉぉおおぉぉ!」

 

と、演習マスターである天龍に迫ったのである。

このあたり、やはり勝つ事を目的に作られた軍艦の船魂としての本能がうずくのであろう。

本来、仮想演習場の運用は運用経験のある艦娘や提督なら出来るので、天龍以外の教育方も出来る。だが、

「教鞭をとる者として全敗では受講生達に示しがつかぬ!さぁ次だ次!勝つまでやめんぞ!」

と、歯を剥き出しにしヘッドセットすら取らない那智を見れば察して頂けるであろう。

天龍も実はやってみたいなと内心思っているのだが、日頃から

「仮想演習なんてオモチャだって。俺は興味無いね」

と言ってた手前、ちょっと言い出しにくかった。更に追い打ちをかけるように興奮気味の妙高から

「天龍!運用出来るわね!やりなさい!」

と命令が飛んでしまった。

加えて、さすがに一人でぶっ続けに運用するのは可哀想と羽黒が1度だけ交代したのだが、

 

「ええええっ!?こ、この戦術は有りなんでしょうか無しなんでしょうか?」

 

と、奇想天外な戦術が出る度に提督に確認しに行くため、

 

「演習がぶっちぶち中断されて面白くない!天龍やって!」

 

と、演習者からも逆指名されてしまった。

その後、浜でしくしく泣く羽黒の肩にそっと手を置いたのは龍田だった。

「得手不得手で考える前に、羽黒ちゃんは今の仮想演習を極めたらどうかなぁ?」

「極・・める?」

「そしたらその戦術がNGかOKか、自分で判断出来るんじゃないかなあ?」

こうして羽黒も仮想演習行列の常連に名を連ねるようになった。

ちなみに現在では運用は天龍と龍田が交代でやっている。龍田はくるりくるりと左手の指輪を回しながら

「提督から頼まれたし~、天龍ちゃんがへとへとになるのも嫌だし~」

との事だが、実際演習した足柄曰く、

「龍田さんは天龍さんよりスリリングなマップだし、判定もシビアだから燃えるわっ!」

ということで、いつのまにか天龍が午前で初級者向け、龍田が午後で上級者向けとなった。

この二人がマスターである事でのメリットは、艦娘が判定を受け入れるという事だ。

たまには白黒つけがたい事もあるが、下された判定に、

「まぁ天龍はズルしないよね」

と言われ、龍田の方は判定に不満を言おうものなら冷たく一瞥され、

「イエス!マム!」

と涙ながらに叫ばされるだけだとすぐに浸透した。

龍田の一瞥の威力は仏の文月どころではないのである。

 

一方で加賀は提督から、仮想演習に関する指示を受けた。

1つは演習全般の監視統括。もう1つは、

「最強の空母として、演習から学ぶ事もあるだろう。秘書艦になった日に報告してほしい」

というものだった。

1つ目は、たとえば山城や加古を理詰めで説き伏せられるのは加賀だけという事情がある。

単に抑制するだけなら龍田の一瞥でも良いし、山城には扶桑の

「山城、いけませんよ?」

という一言でもたちどころに効く。だが提督は

「戦術検討自体は楽しませてやりたい。力づくではなく理詰めでダメな理由を説明してやって欲しい」

といった。

加賀は渋い顔をした。山城も加古も加賀が1話せば10反論する連中だからだ。しかし提督に手を握られ、

「鎮守府最強の知将の言葉なら皆聞くだろう。大変なのは解るのだけど加賀にしか頼めないんだ」

と言われ、思わず頬を染めて頷いてしまったのである。

 

最初の数日間、加賀は1分に1回は溜息を吐いていたし、山城達と良く口論した。

戦術があまりにもハチャメチャに見えたからだ。セオリーのセの字も無い。

しかし、彼女達はその戦術で圧倒的な勝ちを手にしている。そこに考えが至った時、ふと

「ハチャメチャとはなんだろう?セオリーに拘るのは勝ちたかったからじゃないか?」

という疑問に辿り着き、以来2日程、じっと黙って戦術を見ては、龍田や天龍と意見を交換した。

2日目の夜、休憩所で一緒になった祥鳳に感想を言うと祥鳳はにっと笑い、

「・・さすが加賀さんですね。そこまでご覧になってるなら」

と、行動の意図をそれぞれ短く解説してくれた。

「目から鱗が落ちるとはこの事かと思いました」

と、加賀自身が言う通り、この時を境に加賀は大鳳や祥鳳が行う戦術の意図を理解した。

それからというもの、加賀は熱心に連日仮想演習場を訪ねるようになった。

これは、新しい常識になるかもしれない。

奇抜な兵装や極端な戦術ばかり目につくが、とても大事な本質がある・・・

 

コン、コン。

「はいよぅ」

「おはようございます提督。本日は私、加賀が秘書艦を務めさせて頂きます」

「うむ。1日宜しく頼・・・加賀さん」

「なんでしょうか?」

「膝の上に座るのは止めなさい」

「ここは譲れません」

「キリッと仕事する加賀さんが好きだなあ。今日も見たいなあ」

「解りました」

テキパキ仕事し始める加賀を見て提督は小さく頷いた。

長門のようにきちんと叱るのは不得手だが、こんな手なら自分にもできる、と。

 

「ほう、大鳳と祥鳳の戦術はそんなに連戦連勝か」

「艦娘達は最上達の兵器や山城達の陽動に目を奪われてますが、それは本質ではありません」

「そうだね。珍妙な行動頼りで成功するのは最初の1回だけだからね」

「しかし、大鳳さん達は今尚ほとんど負けていません」

「ほとんど、と言ったかな?」

「はい」

「誰が勝ったんだ?」

加賀はふっと笑うと

「長門さんです」

と言った。

 

 


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