紅白戦の準備がすんだ後、午後。
「全員演習装備は身につけたな?ベルトはしてるな?」
ヘッドホンから聞こえたのは天龍の声だ。
「今回のマップ、説明するぜ」
「うんざりするほどの浮遊氷山のオンパレードだ」
ゲッという表情になる金剛。氷山は常に位置を補足し回避し続ける必要があり、難易度が格段に高まる。
「気温は氷点下5度、もたもたしてると凍っちまうぜ?」
「中央に3つ、岩山が並んでる」
提督はマイクを握る天龍を見た。お前、このマップは・・・北方・・
「シンプルなもんだろ?じゃ、開戦!」
天龍は言い終えるとスイッチを切り、白雪を向いた。
「終了まで、俺が環境調整や判定とか仕切って良いんだよな?」
「ええ。私は評価作業に集中します」
提督は天龍に厳しい顔を向けた。
「天龍。どういうことだ?」
天龍は澄ました顔で言った。
「北方海域で勝たなきゃ、大鳳は勝てねぇだろ?」
「何にだ?」
「負けて怯える自分に、さ」
提督は苦悩の表情を浮かべた。
「な、何も、今でなくても・・・」
「提督。俺に任せてくれたんじゃないのなら、すぐ中止するぜ?」
「・・・そうだな。すまん」
「絶対、これは必要なんだ。今」
「・・・天龍が言うのなら、要るのだろうな」
「提督。思い出して辛ければ提督室で待ってても良いぜ?」
「・・・大鳳が戦うのに、私が逃げてどうする」
「・・無理だけはするなよ。俺が長門に怒られちまう」
「気をつけるよ」
大鳳は目を疑った。
あの時、敵艦隊に沈められた海域。北方海域が、目の前にそのままある。
大鳳は俯いた。あの時の私の戦術はことごとく通じなかった。
敵編成はあの時より輪をかけて強い。
・・・でも。
私だって、強くなった。理論は完成した。完成させた!
大鳳は顔を上げ、声をかけた。
「第2第3小隊長、目標を達成せよ!加賀、彩雲を!」
加賀が頷くと同時に、山城達第2小隊、祥鳳達第3小隊はさあっと散って行った。
「!?」
天龍は紅組の動きに釘付けになった。ありゃ何の陣形だ?
白雪は12隻の動きを、未来を、スクリーン越しに見続けていた。
「ふふふん。ねぇ祥鳳」
「こういうのを神の恵みっていうのかしらね、加古さん」
「どう見てもあの影だよなぁ」
「ええ。加古さんの勘がばっちり当たりました」
獰猛な目で加古と祥鳳が見つめる先は一番端の島の端の、小さな岩山だった。
「じゃ、ちょっとダイヴしてくるわー」
「ここで監視してます」
「ダメだったらよろしくねー」
「1発だけでも当ててくださいね!」
「まっかせなー」
加古はそっと、氷山に身を隠しながら岩山に向かった。
岩山の周囲はこちら側が浅瀬と砂浜、向こうは急に深くなってる。海の色で解る。
伊19はそこに居る。
加古はするすると岩山を登り出した。
ピッピーッ。
鳴り出したワーニングアラートに気付き、天龍は提督の方を向いた。
「提督、確認。艦娘は島に上陸して良いのか?」
「違反とは言ってない。アリだ」
「・・解った」
天龍は設定を無効にしつつ、苦笑した。
おいおい、常識外れも良い所だ。このまま行きゃ岩山の先は伊19の真上だぜ?
「山城、やっぱり全部僕の装備に変えるべきだったんじゃないかな?」
最上の指摘に苦々しく応える山城。
「だったらちゃんと動くって保障しなさいよ」
「世の中に100%なんて無いんだよ山城」
「アンタの兵器は動くか動かないか半々じゃないの!姫の島のミサイルのように」
「だーいじょうぶだって。魚雷版は伊168が試験して大成功だったんだから」
「・・お喋りは終わり。見えたわよ」
「んー・・・あーあ、よりにもよって比叡中心の輪形陣なんて可哀想に」
「知った事じゃないわ。全て運よ」
「山城は怖いね。じゃ、用意は良いかい?」
「全AI起動済みよ」
「流星とはいえ、本当に耐え切れるのですか?」
「実証済みよ。搭乗員さえビビらなきゃね!」
その一言に、不安がっていた加賀飛行隊隊員達は色めきたった。
鎮守府で最高錬度の搭乗員しか乗艦を許されない、文字通りの最強空母、加賀。
大鳳の飛行隊に後れを取るなという檄が飛び、力強い返事が返ってきた。
加賀は空を仰いだ。自分に反論する対抗策は無い。赤城は自分が知ってるあらゆる策を知り尽くしてる。
そう。付け入る隙はそこしかない。
自分が知ってる策が世の全てだという、隙。
加賀はぞっとした。それはすなわち自分の隙でもあるからだ。
加賀は妖精達に話しかけた。
「皆聞いて。これは新しいセオリーになるかもしれない重要な実験よ。後で必ず意見を聞かせて」
ビシリと敬礼で返す搭乗員達に、加賀は微笑んだ。
「行きましょう」
「艦隊が4隻しかいない?それもバラバラ?」
放った水上偵察機からの報告を聞いて、金剛は事態が理解出来なかった。
まだ始まって5分も経ってないし、戦闘もしていない。
霧島が肩をすくめた。
「早々に氷山に突っ込みましたかね」
榛名がたしなめた。
「大鳳さんはともかく、山城さんは高LV艦娘ですし、他の方々だって」
「祥鳳さんも加古さんもうちに着たばかりよ。仮想演習に慣れてるとは言いがたいわ」
比叡は金剛に言った。
「私もおかしいと思います。2隻は別のどこかにいると思います」
「潜水艦を別動隊にするのは私達もやりましたから解りマスけど、分散させる理由が解りません」
「・・・」
「艦隊は固まって集中攻撃するからこそ威力が増しマス。これセオリーね」
金剛の言葉に、比叡はハッとした。しまった。
「金剛お姉さま!すぐに陣形を」
だが、比叡は最後まで言葉を発せなかった。海原に浮かぶ点を見つけたからだ。
「あ」
伊19はスコープの照準を慎重に合わせなおした。
山城の艦橋は大きくて解りやすい。充分遠くから撃てる。
シャクッと狙撃銃の弾を装填し、安全装置を解除する。
山城、終わりなのです。せめて1発で仕留めてあげるのです。
だがその時、真上から、音が降ってきた。
「!?」
その音は良く知った、極めてまずい音だ。だが、ありえない。
魚 雷 発 射 音 だ
スコープから顔を離し、伊19はとっさに真上を向いた。
加古が上から落ちてきながら魚雷を発射していた。
伊19は固まった。
「は?」
赤城は放った彩雲からの報告に耳を疑った。
金剛4姉妹が猛攻を受けた。少なくとも比叡は大破したと。
赤城は航空機が何機居たかと問いかけたが、彩雲は0だと答えた。
加賀と大鳳が居るのに空爆しなかったというのか?何を積んだんだ?
赤城はマイクに向かって呼びかけた。
「伊19、山城は仕留めましたか?」
だが、応答は無い。
赤城は顔をしかめた。伊19と金剛4姉妹は別方面に展開した。
自分は金剛達の後を追う航路だが、最悪、動けるのは自分一人の可能性がある。
彩雲に捕捉している敵艦隊位置を尋ねると、2箇所の答えが返ってきた。
どちらに最上がいるかと訊ねた。可哀想だが一番LVが低いのは彼女だ。
確実に仕留められる相手から仕留めて弱体化させる。それがセオリーだ。
彩雲が返した最上達の座標に、赤城は進路を取り直して言った。
「第一次攻撃隊、発艦してください!」
だが、そこで天龍からの通信が入った。
「赤城、空爆命中で轟沈。演習1回目終了だ」
赤城はぽかんと口を開けた。
そう思った瞬間、自分のではない艦載機が背後から通り過ぎた。
一体何が起きたというのだ?
誤字、というか書き間違いを訂正しました。
ご指摘ありがとうです。