加賀が大鳳を連れて提督棟に入った午後。
「ここまで来て何をしてるんですか」
加賀は廊下の柱にしがみつく大鳳に声をかけた。
「だ、だだだだだって、提督に何て言えば良いの?」
「素直に謝ることです。行きますよ」
「あ、ま、待っ」
コン、コン。
「どうぞ、お入りください」
扶桑の柔らかい声を耳に、加賀達は提督室のドアを開けた。
大鳳達が続いたが、大鳳は小さくなって白雪の陰に隠れている。
「おや、加賀・・・どうした?」
「な、何がでしょうか?」
「・・・・・。扶桑、すまないが用事を頼みたい」
扶桑はお茶の用意を始めたところだったので、慌てて戻ってきた。
「は、はい、どういった事でしょうか?」
「カステーラを3本、買ってきて欲しい」
「お時間がかかりますが・・」
「構わない。すまないが、頼めるかな?」
「わ、解りました」
首を傾げながら出て行く扶桑を見送り、ドアが閉まった後に加賀は提督を見た。
「ええと、どうして解ったのです?」
「言いにくそうにしてた事、ちらちらと扶桑を見てたこと、そして」
提督は大鳳を見た。
「大鳳は、昔から扶桑によく叱られてたからな」
大鳳がはっとして顔を上げた。
「て、提督・・」
提督はがたりと席を立ち、真っ直ぐ大鳳に歩み寄った。
「久しぶりだね、大鳳」
提督は目を瞑り、目を開けた。目頭から涙が零れ落ちた。
「・・おかえり」
提督はただそれだけ言うと、大鳳を両腕でぎゅうっと抱きしめ、頭を撫でた。
「随分大人びたね。沈ませてしまった後、そんなにも辛い思いを重ねてきたのかい?」
大鳳は言葉に詰まった。
「どれだけ謝っても許してもらえるものではないが・・」
提督はすいと下がると、そのまま正座しかけた。
「だめぇぇっ!!!」
「!?」
大鳳はぼろぼろと涙をこぼしながら、床の上で提督にしがみついた。
「ふ、文月さんから聞いた。提督のミスじゃなくて、私が出撃直前にごちゃごちゃ開発したから・・」
「大鳳・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい提督。悪いのは、悪いのは全部私」
「大鳳、違うよ」
「・・へ?」
そっと大鳳の頬から涙を拭うと、提督は寂しそうに微笑んだ。
「出撃前の最終確認をするのは私であり、出撃の全責任を取るのも私なんだ。だから、私の見落としなんだ」
「違う、違います提督」
「君達は何の為に私の命に従う?安心して戦う為だろう?私が安心を担保しなければいけないんだ」
「だめ、それ以上言わないで。文月が可哀想」
「・・文月が?」
「文月は、世界中を敵に回しても提督の盾になるといってる。提督が提督を責めたら文月が苦しむ」
「・・・」
「あの件は、私が余りにも勝利を焦っていたから起きた事なの。だから提督は悪くないの」
「仮にそうだとしても、それをきちんと指導出来なかったのは私なんだよ」
「私の為に色々な人が傷ついて悲しんだ。提督もそう。もうこれ以上傷ついて欲しくない」
「・・・だから、一人で背負うのかい?」
「私がしでかしたことなのだから責任を取るわ」
「どうやって取るんだい?」
「命を以って、償います」
「誰に償うんだい?」
「もちろん、提督にです」
「私が私の娘が自害するのを見て、ああ立派に責任を取ったねと頷くと思うかい?」
「!」
「次の瞬間、私も後を追うよ?」
「そっ!それはダメ!」
「愛する娘を追い詰めて死なせてしまったのに、どうしてのうのうと生きなきゃならない?」
「でも、でも、提督は皆に愛されてるから」
「それは理由にならないよ。そこまで思い詰めさせた事に責任を取らねばならないな」
「・・・え?だ、ダメ、絶対に、絶対にダメ!」
提督は足首のホルスターから銃を取り出すと、皆が止める間もなくぴたりと自分のこめかみに当てた。
「やる」
「お、お願い・・だめ・・何でもするから止めて」
「なんでもするんだね?」
「します」
「じゃあ、命を以って償うなんて金輪際言うな」
「へ・・?」
提督はそっと銃の安全装置をかけると、ホルスターにしまった。
「大体、自決して何の責任が取れるんだい?」
「・・・・」
「残される我々の身にもなりなさい。そういう我侭な所は昔からの悪い癖だぞ、大鳳」
加賀はちょっと視線を逸らした。自分も少し耳の痛い話だ。
「うぅ・・」
「大鳳が責任を取るのなら、悪い事を自覚し謝りなさい。そして同じ事をしてはいけない」
「・・はい」
「お前は天性の素養を持ち、突き進める素晴らしい力を持っている。その力を正しく使いなさい」
大鳳は涙を浮かべながら提督を見た。提督は頷いた。
「ところで、うちに帰ってきてくれるのかい?」
大鳳はこくりと頷いた。
「私の戦術理論と、あと、あの」
「うん?」
「私の身も心も、提督に捧げます。その為に戻ってまいりました」
「え!?」
「世界広しといえど、心から従いたいと思う殿方は提督お一人でした」
「あ、あぁいやその」
「LVは大幅に下がってしまいましたが、また頑張ってLV99まで上げます」
「・・・」
「そうしたら、私を貰ってください」
提督は大鳳の耳元で、そっと囁いた。
「もしLV99まで頑張ったら、指輪と書類を用意してあげよう」
「・・へ?」
「それで、北方海域の事、水に流してくれるかい?」
大鳳は何も言わずに提督にぎゅむっと抱きついた。
加賀はほっと息を吐いた。仮申込書はもう、必要ないですね。
提督は大鳳の頭をよしよしと撫でながら聞いた。
「そういえば、戦術理論は完成したのかい?」
「したと、思ってたのですけどね」
「どうかしたのかい?」
「独りよがりかもしれないので、誰かに確認して欲しいなあって」
「ああ、それなら」
提督は白雪を見て微笑んだ。
「はい?」
「白雪さん、バンジー飛び放題付きの有給休暇を3日間あげるから、確認に付き合ってくれないか?」
白雪は表情すら変えるのを忘れ、コクコクコクと何度も首を縦に振った。
経理方になってからというもの、本当にバンジー出来る時間が減っていた。
まさに天恵!棚から牡丹餅!さすが提督解ってる!
天龍は頷いた。そうか、白雪を動かしたい時はこうすりゃいいんだった。
管理者になったのにすっかり忘れてたぜ。
「白雪さん」
「はい!」
「まずは仮想演習場で2艦隊紅白戦としたい。白雪は検証者として、参加者を考えて欲しい」
「・・・本気の紅白戦ですね?」
「一切手加減無用、だ。それで良いな、大鳳?」
大鳳はにこりと頷いた。
「1つだけお願い」
「なんだ?」
「こちら側に加賀さんを」
加賀は大鳳を見た。
「加賀さんには私が何をしたか、間近で見て欲しい」
大鳳がこちらを向いた。あれは真面目なお話の時の目でしたね。
「解りました。提督、私は構いません」
「そうか。では他のメンバーは白雪一任とする。天龍」
「ん?」
「仮想演習マップ、1つ適当に作ってくれ」
「・・適当に?」
「絶対に皆が不慣れなマップを」
天龍はにやっと笑った。
「何でもありか?」
「何でもありだ。そして、開戦まで一切非公開だ。」
天龍は頷いた。
「6隻1艦隊の2艦隊前提で良いな?」
「ああ。それで良い。早速頼む」
「任せな」
天龍が提督室を出ていった後、白雪は提督に話しかけた。
「参加者の案を申し上げます。ご意見を頂きたく」