文月の告白は続いていた。
重苦しい沈黙が、食堂の一角を占領した。
大鳳はぽかんと口を開いたまま、カタカタと震え出した。
その後の経緯は身をもって知っているからだ。
横殴りの雪、次々と被弾する僚艦達、重傷を負いながらも私の名を叫ぶ長門。
なんでダメコン積んでくれなかったのかな、戦術の何が悪かったんだろうと沈みながら考えた事。
自分はそれでも提督の事が大好きだ、必ず帰るなどと呑気に思っていた。
そんな・・ダメコンは・・提督のミスじゃなくて・・
ガタリ。
大鳳の思考は、文月が椅子を蹴倒して立ち上がった事で中断させられた。
ようやく焦点の合った大鳳の目の前には、怒りに燃える文月が突きつけた人差し指があった。
「あの後、提督は1週間以上食事もロクに取らず、憔悴していく一方でした!」
「第1艦隊を全滅させたのは自分のせいだと、何を言っても聞いてくれなかった!」
「そのまま死んじゃうんじゃないか、自決しちゃうんじゃないかって本気で心配したんです!」
「陸奥さんは沈んだ後、ずっと提督を恨み続け、もう少しで提督を殺すところだった!」
「長門さんと提督は、この件は互いに自分が悪いといって今尚自分を責め続けてます!」
「私が事務方を引き受けたのは、提督の無実を知っていたから!信じていたからです!」
文月の双眸には涙が溢れていた。
「世界を敵に回そうと絶対最後まで無実のお父さんを守り抜く盾になる!その為に強くなったんです!」
ガタッ。
加賀は文月の椅子を起こすと、文月をそっと座らせた。
文月は机に伏してわんわん泣き出した。
叢雲は黙って文月の背中をさすりだした。
日々多忙な事務方の長をこれだけ長く務めるのは、並大抵の精神力では持たない。
根っこにある思いは恐ろしく純粋で強靭なものだったのだと納得しながら。
「・・大鳳さん」
大鳳は呼びかけた加賀に、やっとの思いで顔を向けた。
あらゆる表情が抜け落ちていた。
「提督は貴方達の轟沈から1週間後、私達に言いました」
「お前達は私の仲間であり娘だ。もう二度と、仲間を殺さない。殺してはいけない」
「その後、1ヶ月近い時間をかけて、自室で世界各国の兵法を読破されました」
「何かに取り付かれたように、昼夜全く関係なく、部屋に篭ったままです」
「私達は長門と文月の元で、提督が出したであろう命令を組み立てて自律運営をした」
「所属艦娘が大切に思う、この鎮守府を守る為にです」
「1ヵ月後、提督は仲間を守る為の戦い方と称し、所属艦娘全員に過酷な訓練を課しました」
「浸水修復中に敵戦艦と遭遇した場合、何が必要かといったレベルの訓練でした」
「そして提督は、主砲を外してでも強化タービンや缶を持てと言いました」
「潜水艦達には機雷対策を施したウェットスーツを着せました」
「出撃時はどこへ行くにも必ずダメコンを持たされ、2人で指を差して所持確認をさせられました」
「火力より回避力、砲弾より装甲、突撃より再戦、絶対生きて帰れと再三再四言われました」
「そんな提督を、そんな訓練を、そんな命令を、臆病だの、バカらしいだの言う声はありました」
「それでも提督は決して止めなかった。絶対に、二度と沈めないと、口癖のように言っていた」
「いつしかそれは、この鎮守府の当たり前になりました」
「そして大鳳さんが来る少し前、我々は島が丸ごと深海棲艦になった化け物に狙われました」
「ダメコンを持たなかった大本営の艦隊は壊滅しましたが、私達は誰も沈みませんでした」
「命の恩人と認識した艦娘達は、以来、提督の教えを確実に守るようになりました」
「提督は確かに、北方海域事件によって凄まじい傷を負いました」
「でも、そこから提督は学び、立ち直り、この鎮守府を大本営すら一目置く存在に育てました」
「我々は、提督の弱さも、命令や準備が間違うかもしれない事も、知っています」
「だから私達は自ら気をつけ、皆で互いに確認するようにしています」
「これが、提督の約束であり、ここの掟です」
大鳳は力なく俯きながら、ぽつぽつと話し始めた。
「文月さん、私のせいで、本当に辛い思いをさせてしまってごめんなさい」
「加賀さん、説明してくれてありがとう。よく解ったわ」
「白雪さん、話を聞いてくれてありがとう。与太話だと思って聞き流してね」
「叢雲さ・・」
ドン!
大鳳はびくっとして顔を上げた。
拳を机に叩きつけたのは、叢雲だった。物凄い目で大鳳を睨んでいる。
「アンタ、何するつもり?」
大鳳は俯き、蚊の鳴くような声で囁いた。
「わ、私が居たら、また提督に迷惑をかけてしまうかもしれないから、消える」
「消える?」
「艦載機に私を攻撃させて沈む。二度とここに来ないって誓うわ」
「・・ふざけんじゃないわよ」
「ふ、ふざけてなんかない・・わ、私、世界で一番大好きな提督に、そんな酷い事したんだよ?」
「・・・」
「大好きな人に、憔悴するほど辛い傷を与えたんだよ!」
加賀は目を瞑りながら言った。
「ですが、提督は生きてます」
大鳳は加賀を見た。
「それは、皆が頑張ったからでしょ?必死で守ったからでしょ?私、完全に疫病神じゃない・・」
加賀はすっと目を細めた。
「本当に疫病神で、提督にとって厄種でしかなかったら、我々が貴方を生かしておくと思いますか?」
「え・・」
「我々の力を甘く見ないでください。提督を想う強さは、貴方にも引けを取りませんよ?」
「・・・で、でも」
「なんです?」
「もう私、提督に合わせる顔がないよ」
「大鳳さん、提督の目を節穴だと仰るんですか?」
「へ?」
「提督は建造以来、出撃や演習から帰ってきては様々な発見や戦術をまくし立てる貴方の話を聞いていた」
「うぅ・・だって、だって、見つけた事が嬉しかったんだもの・・」
「提督は、ずっと聞いていた。そして貴方に何て言いましたか?」
「会得するまで好きなだけ試せ・・・納得したら教えてくれって・・・」
「貴方はここに、何をしに来たんですか?」
「て、提督に、私の戦術を報告して、身も心も捧げる為に、帰ってきたの」
加賀は目を細めると、
「それなら、提督の指示を果たしに来た訳じゃないですか」
「そ、そうだけど、でも」
「私は貴方の他人の痛みを省みない我侭さがある限り、決して提督に会わせはしないと考えていました」
「・・・」
「提督の痛み、長門の痛み、文月の痛み、我々の痛み、ご理解頂けましたか?」
大鳳はしょんぼりとしながら、こくりと頷いた。
加賀は小さく頷いた。
「文月さん、私が連れて行きます。良いですね?」
しゃくりあげながら、文月は頷いた。
加賀は差配に一瞬躊躇したが、腹を決めた。
「叢雲さんは文月さんに付き添ってあげてください。天龍さんと白雪さんはご同行願えますか?」
「ええ」
「じゃ、行きましょうか」
大鳳はよろよろと顔を上げた。
「・・どこに?」
「勿論、提督の所にです」
「・・へ?」
叢雲は皆に見えないよう、仮申込書の折り畳んだ紙片を素早く加賀に手渡した。
加賀は叢雲の目を見て頷いた。
今日の秘書艦は・・扶桑さん、ですね。