白雪と大鳳の対談は続いていた。
「なるほど、セオリーが嫌いという訳ではないのですね?」
大鳳は頷いた。
「マスターしてるしね。けど、目の前に障害物があるのに青信号だからと発進するのは愚かでしょ?」
「はい」
「機動部隊は無傷で、相手だけ全滅するのが最高の勝利」
「ええ」
「そのカギは、敵が撃てない状況に持ち込む事」
「撃て、ない」
「そうよ。撃たないじゃなくて、撃てない」
「撃てないように、仕向ける戦術」
「ええ。敵が一番撃てないのは、敵自身が予想した未来と一番異なる時。違うかしら?」
「そうですね」
「それは敵の動きから能動的に敵の想定する未来を推定し、最も異なる場を作れば良いわ」
「ええ」
「そうしつつ、こちらが最も敵を撃ち易い場に仕上げ、確実に潰すだけよ。ね、理屈は簡単でしょ?」
白雪は頷いた。だが同時に理解した。それを具現化する所までついて行ける艦娘は、ほぼ居ない。
白雪は視線を落とした。今の大鳳は、かつての自分だ。
自分が普通に思考して導く結論を誰も理解してくれない。どれだけ説明しても。どれだけ叫んでも。
そして自分は疎まれ、恐れられ、たらい回しにされた。
自分と違う事は、大鳳は全くめげてない事だ。
周囲の艦娘が理解しようとどうしようと強行突破出来る力がある。
白雪は深い深い溜息を吐いた。
世界でただ一人でも自分を認めてくれる人が居れば、人は物凄く強くなれる。突破する力が湧く。
大鳳の強さの理由は、提督が認めてくれたからだ。
白雪は大鳳のニコニコした顔を見て、ぽつりと言った。
「大鳳さんは、この鎮守府が最初の建造ですか?」
「ええ、そうよ」
「良いですね。本当に、本当に羨ましい」
「えと・・・何が?」
「その理論を、提督は許してくれたのでしょう?」
大鳳は目を丸くした。
「良く解ったわね!そうよ!提督は装備を用意してくれて、会得するまで好きなだけ試せって言ったわ」
白雪は目を瞑った。
過去の司令官が誰か一人でもそんな事を言ってくれたら、私は・・私だって。
そして白雪はすうっと目を開けた。でも、そんな提督が、ここに居る。
大鳳が信じ、私も信じるに足ると思う、提督が。
提督とは経理方を始める時の1度しかあった事が無いが、その時提督はこう言った。
「・・・しかし・・・これをやると、バンジー出来る回数が減るかもよ?」
私はあらゆる論戦に備えたつもりだったが、これは全くの予想外でクリティカルヒットだった。
そして結局、仕事量は少なめにスタートする事になった。
提督は私の好きな事を知っており、未来を考え、好きな事が出来なくなる事を心配したのだ。
そう。提督は私の「趣味の心配」をしたのだ。
経理方を作らねば早々に立ち行かなくなる状況で、志願した艦娘の趣味が出来なくなる事を心配する。
自分の窮地より相手の楽しみに心を砕く。そんな人がこの世に何人居るだろう。
・・・あ。
白雪の脳裏で、あらゆる情報がピンと1本の線で繋がった。
大鳳を動かしている力は、思いは、実にシンプルだったのだ。
「・・大鳳さんは、本当に提督の事が大好きなんですね?」
大鳳はこくんと頷いた。
「私がこの身を捧げるべき殿方は提督御一人。他の誰に邪魔されても必ず辿り着いてみせる」
「最初に轟沈した時にあちこちの鎮守府を彷徨ったのはどうしてです?」
途端に大鳳が照れた。
「私は焦る癖があるし、提督の資源を無駄に使いたくなかったの。轟沈しても記憶を残せる事が解ったし」
「他所で経験を積もうとした、という事ですか?」
「LVは1になるから記憶だけね。けど、他所では思い通りに出来ないし、勝手に婚約された事もあったわ」
「それで他の鎮守府へ異動する為に何度も轟沈したのですか?」
「ほ、他に手がなかったから仕方なかったの。私の左手の薬指は予約済だし、貞操は守らなきゃね」
「深海棲艦になったのは?」
「理論が最終段階に入ったから一人で実戦で検証したかったの。軽空母になったのは予想外だったけど」
「検証結果は?」
大鳳は満面の笑みを浮かべた。
「提督に自信を持って捧げられる、とだけ言っておくわ」
白雪は息を飲んだ。提督の為に自らを深海棲艦に堕としてまで理論を追い続けたのか。
そして恐ろしい事に、本当に完成させてから提督の元に来たのだ。
「し、深海棲艦から元の艦娘に戻れるという確証があって、深海棲艦になったのですか?」
大鳳はペロッと舌を出すと
「そこは100%賭けよ。艦娘に戻れるかも、大鳳として戻れるかも、記憶を持ったまま戻れるかも、ね」
「なぜそんな危ない賭けを」
「予感に従ったの。轟沈してなお記憶が残ったのだから、提督を想い続ければきっといけるってね」
「でも、これからそれをやったら、提督は決してお喜びになりませんよ」
「誰も轟沈させないって約束したらしいわね。その話、貴方に聞いても良いかしら?」
「私もその話は知らないのです。私も知りたいのですが・・・」
白雪はふと、じっとこっちを見ている4つの顔に目を向けた。彼女達なら知ってる。
だが、これをどうやって納得してもらえるように説明したら良いのだ?
白雪は大鳳に向き直った。
「現時点で、私は理解しました。でも、彼女達に説明し、納得頂ける自信がありません」
大鳳はにこりと笑った。
「素晴らしいわ。この世で本当の私を信じてくれる人が倍に増えたのだから」
白雪は思わず微笑んだ。本当にこの人は、憎めない。このバランスは天性のものだろう。
「とりあえず、提督の約束の事、聞いてみましょう」
「提督が約束した経緯、ですね?」
加賀が復唱すると、大鳳は頷いた。
「ええ。私のせいだって聞いたし」
「100%ではありませんが、一端は否定できませんね」
白雪がおずおずと尋ねた。
「私も一緒に伺ってよろしいですか?」
「ええ。ここの艦娘である以上、知っておいて欲しいですから」
「では、お願いします」
加賀は文月を見た。
「もし違ったら、指摘してください」
文月はコクリと頷いた。
「あの朝、提督は北方海域に貴方達を出撃させる前、ダメコンを持たせる筈でした」
「長門さんに言ってるのを聞いたわ」
「でも、その直後に貴方は出撃前に1回だけ開発がしたいと言い出した」
「・・りゅ、流星を出せそうな気がしたのよ・・」
「さらに貴方が都合3回も開発した為、工廠は提督の指示と違う事で命令系統が混乱した」
「うぅ・・」
「結果、妖精達は指示を取り違え、ダメコンを第2艦隊に積んでしまった」
「え・・」
「文月さん、事実関係はこれであってますね?」
文月はまっすぐ大鳳を睨みながら言った。
「はい。提督は間違いなく第1艦隊にダメコンを積むよう指示していました」
大鳳が顔色を失った。