艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加賀の場合(14)

 

希望者受付が終わった翌日。昼前。

 

 

「はー!?本当に居たですってぇ!?」

叢雲は大声を上げた後、人の居ない浜で良かったと内心思った。

加賀は頷きながら言った。

「ええ。大鳳さんは元、ここの艦娘でした」

大鳳は伏し目がちに言った。

「たった1週間しか居なかったんだけど、ね」

叢雲はそれでも疑問が残った。

「ええと、私も結構この鎮守府に居るんだけど、1週間しか居なかったってどういう事かしら?」

「私は、建造されてから1週間後に、北方海域で轟沈したんです」

叢雲の疑念が氷解した。

「だから貴方、今の鎮守府の掟をことごとく知らないのね!」

加賀は大鳳に尋ねた。

「ええと、目が真っ赤ですけれど、泣いたのですか?」

大鳳がしょぼんと頭を垂れると言った。

「折角申し込めたケッコンカッコカリをダメにしてしまったんです。私、また焦っちゃったの」

意味を掴みかねる加賀に、叢雲が補足した。

「事務等の入り口に、演習の受付中止の張り紙を出してるじゃない」

加賀は頷いた。

「2カ月先まで予約で埋まったのですから無理も無いですね」

大鳳はがばりと顔を上げた。

「そ、そんなに先まで埋まってるの!?」

「ええ。皆ケッコンカッコカリに申し込まれた方です」

がくりと頭を垂れる大鳳を見ながら、叢雲が続けた。

「それで、大鳳さんは事務方の受付に入って来て、それは長い間ごねたのよ」

「す、すみません・・・」

「まぁ・・大鳳さんはあの時もそうでしたね」

「え?」

「一刻も早く完全勝利して自分がMVPになると言って、皆が止めるのも聞かずに出撃していきましたよね」

「ううううう・・・その通りよ・・・」

「だから連続出撃なのね・・それって提督の指示じゃなくて自分の意思じゃない」

「面目次第もございません」

「で、延々とごねた挙句、不知火がついに匙を投げて、文月が出張ったの」

加賀は展開が読めた。

「あー、鉄の掟に触れて成仏させられたんですね」

大鳳は力なく頷いた。

「成仏・・・うん、そうね、その通りだわ」

「ケッコンカッコカリをダメにしたって事は・・引換券を刻まれましたか?」

「真っ二つに破かれたわ」

そこで加賀もおや、という顔をした。いつもの文月なら情け容赦なくシュレッダーにかける筈だ。

加賀が叢雲を見ると叢雲がこくりと頷いたので、加賀は素知らぬふりをした。

「それでわんわん泣いてたのですか?」

「だって、だって、もう提督とケッコンカッコカリ出来ないじゃない・・・」

「あれはあくまで求婚する為の物で、提督から求婚される場合は今まで通りですよ?」

「だって、1週間しか居なかった私を提督が覚えてるわけないじゃない」

「あまり面白くない話ですが・・・」

すうっと仏頂面になった加賀は、誰を見る事無く続けた。

「提督は当時、遠征部隊を総動員して資材を集めては、大鳳さんのレシピを回したものです」

「・・・」

「やっと出た、やっと来てくれたと、それは御喜びでした。そんな簡単に忘れるでしょうか?」

「・・・」

「ちなみに遠征部隊の皆様は、これで地獄から解放されるとそれはそれは喜んだものです」

ハッと思い出したように叢雲が叫んだ。

「あ!昔、無茶苦茶過密スケジュールの遠征が1カ月近く続いたけど、そういう事だったの!」

叫んだ後、途端にジト目になった叢雲は

「あたし達が命がけで運んだ資材が、こんなワガママ娘になったのね・・・」

大鳳は顔を赤らめながら

「なっ!おっ!お母さんみたいな目しないで!」

「こんな子に育てた覚えはないわ」

「ちょっ!天龍先生と同じ事言わないで!」

「天龍さんは当時第6駆逐隊の隊長で遠征を統括してたわ。言う権利が当然あるわよ」

「うぅううぅぅう」

「お母さん悲しいわ」

「お母さんいうな。加賀ぁ、何とか言ってよぅ!」

「私も建造された身なので、遠征部隊の皆様には頭が上がりません」

「ううっ」

「あー、加賀は良い子に育ったわねぇ。お母さん嬉しいわあ」

「お母さぁん」

超わざとらしく加賀の頭を撫でる叢雲と、その叢雲に抱きつく加賀。

二人をジト目で見た大鳳はぶんぶんと両腕を振りながら、

「あーもー!解った!解ったわよ!お母さんごめんなさい!これで良い?」

「ねぇ加賀」

「なんでしょうかお母さん」

「反抗期かしら?」

「反抗期ですね。反省してません」

「げっ」

ふと、加賀が聞いた。

「大鳳さんは、今、天龍組なんですか?」

「・・そうよ。艦娘に戻った直後に提督室へ行こうとしたら速攻で天龍組に編入させられたわ」

「あー」

「あー」

「あーって何よ!良いじゃない久しぶりに帰って来たんだから!」

「・・・今もそう思ってますか?」

「うっ・・・あ、挨拶くらい・・・いいよねって、思う」

「それで、天龍さんに何をされましたか?」

「座敷牢で1日座禅組まされたわ。装甲空母がそれくらいで音をあげる訳ないもの!きっちり勝利したわ!」

「あー」

「あー」

「だからあーって何よ!」

「その後、天龍さん溜息ついてませんでしたか?」

「な、なんで解るのよ?座禅しても痺れず勝ったわって言ってるのに溜息で返すなんて酷いわよね!」

加賀はズビシと大鳳を指差した。

「酷いのは大鳳さんです」

「ふえええっ!?」

叢雲が呆れ顔で訊ねた。

「あなた、本当に解らないの?」

「うっ・・・そ、そりゃ、天龍さんから「反省しろバカヤロウ」って拳骨で叩かれたけど」

「当然ね」

「ちょっとは同情してよ!すっごく痛かったんだから!」

「出来る事ならしてあげたいわよ。出来ないから困ってるんじゃない」

加賀は両手を腰に当てた。

「ほんっとうに、間違いなくあの大鳳さんですね。1ミリもお変わり無いようで」

「なんか全然良い意味に聞こえないよ・・・」

「良い意味に聞こえたら耳鼻科に行くべきです」

「加賀も酷いよぉ」

その時、大鳳の頭に叢雲の拳骨が落ちた。

「いったーい!」

「反省しろバカヤロウ!」

叢雲は内心文月に毒ついた。こんな事ならさっさとシュレッダーしてくれれば良かったのよ!

だが、加賀はぐりりぐりりと大鳳の頭を撫でた。

「うー」

「とりあえず、もうお昼ですから食堂に参りましょう。叢雲さんも如何ですか?」

「あー・・」

もう断ろうかと思ったが、ポケットの紙の事もある。なによりお腹が空いた。

「・・行くわよ」

加賀はにこりと微笑んだ。

 

 


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