艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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リクエストにお答えしまして、あの子にご登場頂く為、ちょっと加賀編を延長します。


加賀の場合(13)

 

 

希望者受付が終わった翌日、午前。

 

「演習申請は応募多数につき受付中止。 事務方」

入口に貼られたこの張り紙を見て、怨嗟のうなり声を上げながら一人、また一人と帰って行く。

再開時は教えてねと声をかけていく子はまだ良いのだが、何とかしてくれと陳情に来る子も居る。

この為、お人よしの叢雲や時雨は事務所の奥に席を移し、交渉に強い初雪、不知火が窓口側に陣取った。

これで迎撃体制はカンペキだと思っていたが、今朝訊ねてきたこの子は迫力が違った。

「なんとかしてください!お願い!最後尾でもなんでも良いですから!」

「ダァメ」

「おっ!お願い!お願いだから!」

「却下」

「そこをなんとか!お願い!」

「・・ダ、ダメったら、ダメ」

「一刻も早くケッコンカッコカリしたいの!ねぇ!見逃して!」

「うぅぅうぅう」

1番手の初雪が押し切られそうになり、不知火が加勢した。

「空き枠が出たらすぐにお知らせしましょう」

「いつになるか解らないじゃない!」

「す・ぐ・に、お知らせします!」

「空き自体がいつ出るか解らないじゃない!演習は毎日10枠60隻分しかないんだから!」

「そ、それはどこの鎮守府でも」

「最後尾に入れておいてよ。すぐ知らせてくれるなら一緒でしょ!それで今日は帰るから!ねっ!」

「う、ううっ」

元々諦めの良い子は張り紙を読んで尚入ってくる事は無いので、ある程度覚悟はしていた。

しかし、それでもこの子は凄い迫力だ。

ついに不知火さえ後ずさりし始めたその時。

「どうしたんですか~?」

と、ニコニコ笑いながら文月が出てきた。

叢雲はあぁと小さく言うと目を瞑った。あの子、可哀想に。自業自得ではあるけれど。

叢雲は昔、この事態を「仏の文月」と呼び、あっという間に定着した。

文月から意味を尋ねられた時、叢雲は澄ました顔で

「ニコニコとした笑顔が仏様のように見えるからよ」

と答えたが、実際は・・・

「文月さんお願いよ!演習に入れて!なっ、何でもします!」

「なんでもするんですか~?」

「はい!何でもします!」

「んー、仮予約書の写し、お持ちですか~?」

「はっ!はい!ここに!」

差し出された書類を文月は受け取ると、

「じゃ、没収しますね」

と言って、そのままスタスタと席に帰っていく。

数秒後、何があったかようやく理解した艦娘は大慌てで文月に向かって

「ちょっ!書類返して!返してぇぇぇぇ!」

と叫ぶが、文月は首から上だけ振り向くと、

「何でもすると、言いましたよね?これの代わりに演習に出してあげます」

と、うっすらと瞼を開け、光の無い目でぼうっと見つめる。

鬼姫も裸足で逃げ出す凄まじい迫力に言葉すら出せず、ガタガタ震えだす艦娘。

チェックメイト。不知火は小さく頷いた。

長門さんも引き下がる程恐れられるこの迫力に勝てる人は、技を仕込んだ龍田会長だけです。

叢雲は離れた席から全体を眺めていた。

この鎮守府であの技を会得しているのは龍田と文月だけだが、何度見ても怖い。

生きたまま魂をもぎ取られるかのようだ。

文月はゆらりと艦娘に向き直り、追い込みに入る。

「・・いつまでもガタガタ騒いで聞き分けのない娘に、提督の妻になる資格はありません」

「にっ!二度としません!ごめんなさい!それだけは!書類だけは返してぇ!」

だが文月はそのまま表情すら変えず、艦娘の目の前で書類をゆっくり縦に破いたのである。

「あ・・ああ・・ろ・・6時間も・・並んだのに・・・・」

力なく頭を垂れる艦娘を見て、叢雲は手を合わせた。

また1人成仏させたわね。

この鎮守府は緩く穏やかな気風だが、それでも一線を越えた者には非情である。

閻魔大王の不知火が首を縦に振らなければ即時撤退し、決して文月を召喚してはならない。

有無を言わせず成仏させる文月、略して仏の文月。

この鎮守府の鉄の掟。触れてはならないタブー。

受講生の方は掟をよく知らずに動きますから、時折こういう悲劇が起きます。

この掟に逆らっていたのは天龍と加古位だけど、何度か痛い目に遭ってから大人しくなったわね。

ちらりと文月を見ると、裂いた書類をすとんと受付近くのゴミ箱に落とした。

それを見た叢雲は、おや、と思った。

いつもなら更に目の前でシュレッダーにかけ、失神させてフィニッシュなのに。

べそをかきながら出て行く艦娘。

艦娘、ゴミ箱と視線を戻していくと文月と目が合った。

すると、文月は一瞬ぱちんとウィンクした。

返して良いの?という表情を返す叢雲。

文月は席に帰りながら頷いたが、ちょいちょいと指先で耳に触れた。

話を聞いて、事と次第によっては返して良いって事ね。

不知火達が席に戻ったのを横目に見ながら、叢雲はそっとゴミ箱から紙を引き抜いた。

ゴミ箱には他に何も入っていなかった。

奥義を発動させながらとどめを刺さなかったのも異例なら、話を聞いて来いと言うのも異例だ。

どうしてかしら?

首を傾げながら、叢雲は畳んだ紙をポケットに入れ、そっと事務棟の裏口から外に出た。

 

「うっ、ぐすっ、うえっ、ひっく、うえええん」

工廠近くの浜辺でぐしぐしと泣き続ける艦娘を見つけると、叢雲は声を掛けた。

「ちょっと、あなた」

ごしごしと涙を拭きながら、その子はそっと振り返った。先程より2回りは小さく見える。

余程怖かったのね。まぁ解るけど。

「なぜ早さにこだわるの?この鎮守府に所属し、普通に出撃してればいつかLV99になれるわよ?」

双眸に溢れるほどの涙を浮かべながら、その子はじっと叢雲を見ていたが、

「・・・早く、強くなって、提督に、しょ、勝利を、渡したかったの」

「どうして?」

「わ、私を・・早く育てる為に、て、提督は・・・無理して進撃させたから」

叢雲は眉をひそめ、片手を腰に当てた。

「あなた、提督を知ってるの?私は割と昔から居るけど、記憶に無いわ」

「ずっと・・・ずっと前に、ちょっとだけ居たの。ほとんど出撃しっぱなしだったし」

叢雲はその子の隣に座った。

「話して御覧なさい」

 

「ん?」

出撃後の補給を済ませた工廠からの帰り道、加賀は浜辺に人影を捕えた。

一人は事務方の叢雲ね。

もう一人は・・・ん?

加賀は顎に手を当てて考え込んだ。見た事がある。どこかで。どこだ?

その子が体育座りから足を投げ出す格好に変えた時、加賀は目を見開き、駆け出して行った。

 

「あの提督が連続出撃?ありえないわ」

「し、信じてくれなくてもホントなの。帰って来てはバケツ被って、すぐ出たもの」

「じゃあ僚艦は?」

「僚艦の子は疲労マークがつくと次々変わった。出続けてたのは旗艦の私一人よ」

「・・・それは提督のやり方じゃないわ」

「嘘じゃない、嘘じゃないの!あーもー」

その子はどかりと足を投げ出した。

「提督は艦娘をとても大事にするの。もう2度と誰も沈めないって約束したのよ」

その子はがばりと叢雲の肩を掴んだ。

「どういう事?その話、詳しく教え・・」

その時、ざざっと足音がした。

「大鳳・・さん?」

大鳳はゆっくりと加賀に向きなおった。

「か・・加賀・・ちゃん?」

 

 


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