4月1日午後 鎮守府
「んー、やっと行きましたか」
青葉と衣笠は鎮守府から少し離れた鳳翔の店から出ると、大本営の車列を見送った。
「でも、爆発規模が予想以上でした」
そうなのである。
青葉と衣笠が持っている発破スイッチにつながっている火薬の量は、音は大きいが工廠内の弾薬庫内部を壊す程度のはずだった。
昨夜の内に響の12cm砲を使って弾薬庫のドアを撃ち、特徴的な装甲部分を切り抜き、提督棟の壁に刺しておいたのである。
それでも念の為という事で、二人で同時に押さないと起動しないという安全装置がついていた。
あんな大爆発になるなんて全くの予想外であり、起爆した二人が一番驚いた。
「ねぇ青葉」
「なんですか?」
「あの時、押さなくて本当に良かったね」
あの時、とは扶桑が提督に計画をバラしてしまうのではないかと疑った時の事だ。
工廠内には確かに誰も居なかったが、この爆発では相当数の艦娘が大怪我を負っていただろう。
青葉はえへんと胸を張った。私の運30は伊達ではないのです。
「いや胸を張るところじゃないでしょ」
「まぁそうですが。ところで衣笠!」
「なに?」
「青葉はこれから取材してくるのです!先に帰っててください!」
「え?なんで?」
「大爆発ですよ大爆発!スクープです!」
衣笠はがっくりと肩を落とした。目が星になってる青葉は止めても無駄だ。
衣笠は言った。
「鎮守府離れるまではインカムは外しちゃダメだよ~」
「解ってる~」
一方、鎮守府ではLV1艦娘達が古鷹を取り囲んでいた。
「あんな巨大爆発が起こるなんて聞いてないです~」
「鎮守府になんか恨みでもあるんですか!?」
「工廠が半分以上跡形もないですよ!」
食って掛かる艦娘達に、古鷹も首を傾げながら
「うん。解る。少しどころの無茶じゃないよね。後で長門に聞いてみるよ、あ、いや、君じゃなく」
と、弁明に必死だった。
おっかしいなあ。念の為防護頭巾被ってて良かった。
そこに衣笠が一人でやってきた。
「おーい!おおおーい!古鷹ぁ!大丈夫ぅ?」
「き、衣笠さん?!ひどいじゃないですかー」
「あ!爆破班のヒトだ!」
「爆破犯人だって!」
え?え?何この冤罪。火薬設置したの私じゃないよ。
とりあえず逃げよう。
うぅ、運が13まで下がったからかなあ。
小1時間ほどカメラを片手に走り回った青葉は、鎮守府全景を収めるべく、近くの小高い丘に登っていた。
ふぅ、そろそろ満杯ですね。あと2枚か。
何かないかなと海の方を見た青葉は、変な物を見つけた。
黒い。
遠くの方に、黒い塊があります。
陽炎でしょうか。なんかゆらゆら動いてる気がします。
あんな島あったでしょうか。
カメラで1枚撮影し、ズームにしてみる。
青葉の顔が真っ青になった。
夥しい数の深海棲艦、それもeliteやflagship級がうようよ居る。
「き、きき、衣笠!古鷹!誰でも良いから応答してください!緊急事態です!本当に!」
鎮守府から離れすぎてる?届かない?
その悲鳴に近い声を受信したのは島の裏側に居た伊19だった。
伊58と一緒に搬入作業の後片付けをしていたのであるが、たまたま直線距離的に近かった。
伊19は応答した。
「青葉なの~?イクだよ~」
「イク!大変大変大変なのです!」
「落ち着くの。説明するの」
「う、海の向こうから、て、敵が!強そうなのばかり何十隻と鎮守府に向かってきてるのです!」
「・・・鎮守府の子達はどうなってますか?」
「まだ敵に気づいてない!インカムが届かない!」
「ちょーっと、伝えてきます」
「ま!まって!鎮守府正面の全海域に広がってる!もう島を回り込んだら気づかれます!」
「潜ればいいの」
「へ?」
「土管通路が残ってるの」
「で、でも、工廠は吹き飛んだから、繋がってるかどうか」
「さっき1度行ってるから大丈夫なの。」
「でも、どうしよう!LV1艦娘と古鷹と衣笠が居る!」
伊19は考え込んだ。私達は水路中でも資材を曳航出来る程度の航行力があるが、艦娘達は潜水航行は無理だ。
伊58が声をかけた。
「搬入用のワイヤーで引っ張ったらいいのでち!」
伊19は手を叩いた。
「それ、頂くの!」
「青葉、青葉は敵にばれない様に鎮守府まで走れる?」
「大丈夫です!敵はまだ気づいてないよ!」
「じゃあ工廠の所まで出来るだけ早く来るの!」
「イク、イクの!」
「ゴーヤも潜りまーす!」
「よろしくね!」
古鷹、衣笠、LV1艦娘達は、提督棟の傍から爆発の凄まじさをまじまじと見ていた。
本当に線の内側に居たら黒焦げでした。危なかった。
すると、工廠跡にある土管から水しぶきが上がった。
「ぷはぁ!急速浮上はキツイのです!」
「イクちゃん?どうしたの?」
「古鷹!緊急事態なの!全員この水路を使って鎮守府を脱出するの!」
「へ?何があったの?」
「深海棲艦が大量にこの鎮守府に襲撃をかけようとしてるの!」
その時、伊58もザバァと出てきた。
「鼻に水が入ったでち~痛いでち~」
伊19は伊58の頭を撫でながら続けた。
「あたし達がこのロープを使って引っぱるの!だからロープを持てるだけ皆持つの!」
古鷹は明らかな異常事態であることを肌で察知した。
潜水と聞いて躊躇するLV1艦娘達に向くと言った。
「伊19の言うことを聞いて!さぁロープを持って!あたし達を信じて!」
その言葉にピッと緊張が走る。
「さぁ順番!落ち着いて!」
「目を瞑って、息を止めてればいいの!イク達が運ぶの!」
伊19に導かれるまま土管に入っていくLV1艦娘達。
衣笠は周囲を見回した。
その青葉はどこに居るのよ!
くっ、はっ!はっ!離れ、過ぎました!
青葉はぜいぜいと息を乱しながら鎮守府への道のりを走っていた。
自動車が通る道路は海から丸見えゆえに脇のあぜ道を走ったのだが、足が草に取られるのだ。
鎮守府はずっと見えてるのに!
「さぁ、イクの!」
伊19、伊58共に2往復をこなし、3往復目に入ろうとしていた。
伊19も伊58も既に疲労困憊だったが、まだ3割は残っている。
古鷹の機転で、艦娘達は海から見えない提督棟の後ろに避難していた。皆怯えている。
土管に誘導しているので古鷹は手が離せない。
衣笠は索敵の為、震える足で提督室に向かっていた。
高い位置から見ないと見えない遠い所に居て欲しいと願いながら。
ガチャ。
静まり返った提督室に入った衣笠は、恐る恐る海側の窓の脇に移動した。
そーっと、そーっと。
しかし、絶望的な光景がそこにあった。
陸が移動してきたのかというほどの深海棲艦達が、あと5分もあれば砲撃距離に来る位置に居た。
もう数えるのも不可能だった。
顎が震えて歯がガチガチと鳴った。どんな訓練よりどんな窮地より窮地だ。絶体絶命。
ふと、その群れの中で何かが光ったような気がした。
反射的に窓から離れ、這うように提督室を出た衣笠は、そのまま転がるように階段を駆け下りた。
あ、青葉!早く帰って来いバカ姉!
ここから脱出出来たら幾らでも取材付き合ってあげるから!
LV1艦娘が最後の1列となった段階で、古鷹は誘導を止めて考えていた。
追っ手がかかってはまずい。敵を欺かないといけない。
帰ってきた伊58に言った。
「衣笠と青葉が来たら兵装庫に来るよう言って。先に砲撃が始まったら伊58は逃げて!」
「ふ、古鷹!何するでち!」
「任せたわよ!」
伊58はその時、地鳴りのような音を聞いた。
敵が近づいてる。気配だけで鳥肌が立ってきた。
「げはー、ぜはー、つ、ついたのです・・・」
「青葉っ!」
「ご、ごーやちゃん、み、水を・・・」
「さあ兵装庫に走ってくだちい!急いで!」
わき腹を押さえながら青葉は走った。当分マラソンはこりごりです。
伊58は次第に大きくなる地鳴りに焦りながら、衣笠を探していた。
その時、提督棟の玄関が開いた。
衣笠が見えた。手を振っている。
振り返そうとした、その瞬間。
「くっ!始まった!」
兵装庫の中で古鷹は開始された砲撃を知る事になった。
着弾の轟音、激しい揺れ、割れるガラス音、壁に次々とヒビが入っていく。
しかもそれが全く絶え間なく続く。
予想以上の一斉砲撃だ。何隻居る?
だが、と、古鷹は思い直した。
これだけの一斉砲撃なら、証拠は僅かで良い。
そこに青葉が泣き顔で入ってきた。
「もうカンベンしてほしいのです!」
「青葉!これとこれを提督棟の裏に持ってってバラ撒いて!」
「ええっ!?主砲とかどうするんですか?」
「うるさい!早く行け!」
「ひぃぃぃぃぃ」
青葉は思った。運30も当てにならない。
衣笠、伊58、古鷹、青葉で運んだのは主砲と魚雷、それに艦載機数機だった。
それが精一杯だった。
砲撃はますます激しさを増し、周囲は火の海になっていた。
「ここはもう限界です!」
衣笠が叫ぶ。
その時土管から伊19が顔を出す。
「全員運んだの!皆早く来るの!ゴーヤもロープ引っ張って!」
「了解でち!皆さん捕まるでち!」
2隻の潜水艦が全速前進で曳航し、最後の青葉が土管に飛び込んだ直後。
工廠の屋台骨がとうとう悲鳴をあげ、艦娘達が居た場所を、土管を、炎と瓦礫で押し潰した。
誰も居なくなった鎮守府に延々と砲撃は続き、工廠が、提督棟が、弾薬庫が、資材置き場が、寮が、
何もかも焼き尽くされていった。
島の裏側の海面に飛び出すように潜水艦が浮上し、続いて古鷹、衣笠、青葉が顔を出した。
「げふっ!げほっ!」
「あらゆる所から水が入りました~」
へちゃりと座り込む青葉を衣笠がポカポカと叩いた。
「バカ青葉!バカ青葉!バカ青葉!わあああん!」
「い、痛いです痛いですぅ」
「心配したんだからね!心配したんだからああああ!わああああん!」
青葉はしばらく、衣笠にされるがままになっていた。
ちょっと、取材も考えて行動しないとダメですね。
衣笠の柔らかい拳と号泣する姿を見ながら、青葉は思った。
「あ、あの」
古鷹がふと声のした方を見た。LV1艦娘達が勢揃いしていた。
「先輩!ありがとうございました!」
「先輩方のおかげで生き延びました!」
「先輩!凄い機転です!感動しました!ずっとついていきます!」
衣笠がようやく叩くのを止め、泣きじゃくりながらも立ち上がった。
「ま、まだ、終わってない」
後輩達は衣笠を見た。
「ソロルの鎮守府まで、皆で無事着くんだから!」
「はいっ!」
伊19は後ろを振り返った。火柱は1km以上立ち昇っている。
気流を考えれば島を盾にして移動すれば索敵されることもないだろう。
「さぁ、皆!もうひとっ走りするのです!」
青葉は立ち上がったが、走りすぎて膝が震えていた。
すると、すっと両脇に艦娘が来た。LV1の長門と那智だ。
「先輩、私達に捕まって。」
「両側から曳航する」
うぅ、良い後輩を持って幸せなのです。
ふと見ると、衣笠も、古鷹も曳航されていた。
青葉はにこっと笑った。多分、この後輩達なら大丈夫です!上手くやっていけます!
参りました。
先輩後輩2人ずつ居るのでどう書き分けたら良いのでしょう。
とりあえず1号2号と呼びましょうか。
古鷹「変な事したらおやつ抜きです!」