加賀が晩御飯を食べ始めた鳳翔の店。2040時。
足柄達のうぉおぉおおぉというどよめきを調理場で聞いた鳳翔は、ちらりと声の方角を見た。
榛名さんが真っ赤になるまで飲むなんて珍しいですね。お水をお持ちした方が良いでしょうか?
さて、加賀さんは前菜を召し上がったようです。メインのステーキと鉄板焼きをお持ちしましょうか。
「お待たせしま・・・どうされました?」
皿を加賀の前に置こうとした途端、加賀が突然、ガタリと立ちあがったのである。
加賀は真っ赤になってプルプル震えている。
「あ、あの、なにかお口に合いませんでしたか?」
心配になって鳳翔が聞くが、加賀は全力で首を振ると、
「・・・てっ」
「?」
「て、提督の・・横に、座ります」
「は、はぁ、良いです、けど・・」
提督は目を白黒させた。
榛名の声は良く通るので、当然提督と加賀にも筒抜けだった。
さっき榛名が言った事をやるつもりか?やるつもりなのか加賀!?
「そ、それではこちらに置きますね」
加賀の迫力に何かを察した鳳翔はさっとテーブルを離れた。
榛名達に背を向ける格好で、提督と加賀はちょこんと隣同士に座った。
後ろの方でどよめき声がする。足柄達だろう。
鳳翔が足柄達に「あまり囃し立ててはいけませんよ」と叱る声を聞きながら、提督は加賀に言った。
「なぁ、加賀」
「はっ、はい」
「昼は食べられたのかい?」
「・・・いえ」
「それなら鳳翔のご飯をしっかり頂きなさい。私は昼も夜も食べてるんだし気にしなくて良い」
「で、でも・・・」
「そっ、それにだな」
「?」
「きょ、今日は、お礼をしたかったんだよ」
「え?」
「窓越しに見たよ、本当に凄い数が殺到したじゃないか」
「・・・」
「中には話題作りの為とか、友達が申し込むからってノリの子も居るのだろうが」
「確かに、費用と手続きを説明したら、考えると言って帰って行った子も、居ましたね」
「それでも、そういう子にも説明をしたのだろう。加賀はよく頑張ってくれたよ」
「日向、赤城、比叡も労ってあげてください」
「それは明日。今は加賀に、まずは加賀に礼を言いたい。ありがとう」
「そ、そんな」
「だからきちんと食事を取って欲しい。」
提督はそっと加賀の手を握ると、
「大事な加賀に倒れてもらっては困るんだ」
と、続けた。
加賀の血圧はうなぎのぼりに上昇した。見る間に耳まで真っ赤になっていく。
「・・あ、あ、あの、う、うしろ、み、見られ」
「何もやましい事はしていない。仮とはいえ、ケッコンしたのだから」
「え、えう」
「・・・か、可愛いぞ、加賀」
加賀はそこで意識がふっつり途切れた。
「加賀。朝よ、起きられる?」
「んん・・」
相変わらずのうっすらと靄のかかる視界の中で、加賀は目覚めた。
が、今朝は意識が急速にはっきりしてきた。
体はいつも通りなので、金縛りにあってるかのようだ。
それより。そんな事より。
・・・・・なんで私は布団で寝てるのだ?
声を掛けたのは間違いなく赤城だし、靄の先に見えるのは自分の部屋だ。間違いない。
でも、布団に入った記憶が無い。
それどころか部屋に帰って来た記憶すら無い。
動揺しながらも一生懸命思い出す。
ええとええと、一日ずっと受付をして、提督の所に書類を持って行って・・
て、手を優しく握ってもらって、鳳翔さんの店に連れてってもらって・・
お店で前菜を食べてたら榛名さんの声が聞こえて・・・
勢いで提督と隣同士に座って・・・
お礼を言われて・・
て、手を握られて、か、かわ・・かわいい・・かわいいって・・
「きゃあっ」
思わず手で顔を覆った加賀は、体が動いた事に更に驚いた。
まだ目が覚めてから10分も経ってない。
「あ、あれ?無理したらダメですよ?大丈夫ですか?」
心配そうな赤城の声に顔を真っ赤にした加賀は、そのまま10分位硬直していた。
恥ずかしくて赤城の顔を見られない。
結局起きるまでいつも通りかかったのである。
「ほんとに、加賀も加賀ですし、提督も提督です」
加賀から昨晩の事を訊ねられた赤城は、半身を起こした加賀の向かいに正座すると話し始めた。
「昨晩、加賀が倒れたと、鳳翔さんからインカムで連絡があったんです」
「お店に着いたら一足先に工廠長さんがいらしていて」
「提督は酷くおろおろしながら、加賀を助けてくれと叫びながら工廠長さんをわっしわっし揺さぶってて」
「あまりに激しく揺さぶられたので工廠長さんまで目を回しちゃって」
「結局私が加賀の状況を鳳翔さん達から聞いて、単にのぼせただけだと判断したんです」
「で、提督は長門さんに引きずってってもらって、私が加賀を背負って帰って来たんです」
加賀は真っ赤になりながら聞いていた。とんでもない醜態を晒してしまったようだ。
赤城はふぅと溜息を吐いた。
「昼夜とご飯を食べて無くてへろへろの中でも提督とランデヴー出来たのが嬉しかったのは解りますけど」
加賀は目を瞑った。どんぴしゃ過ぎてぐうの音も出ない。
「中学生じゃないんですから、手を握られたくらいで失神しないでください・・・」
加賀はぽつりと言い返した。
「だ、だって・・だって、ずっと想ってた・・・から」
赤城ははぁーあと深く溜息を吐くと、
「ま、そんなだからこそ提督は加賀を愛するのでしょうけど」
「うぇぇええっ!?あっ、ああああ愛!?」
「だから、これくらいでうろたえないでください。いつものクールな加賀さんが台無しですよ」
「でっ、でででででででででも」
赤城は加賀の頭にぽんぽんと手を置いた。熱があるんじゃないかという位頭が熱い。まったく。
「加賀は、提督と夫婦なんですよ」
「夫が妻を大事にするのは自然な事です。提督の優しさを喜んで、堂々と受ければ良いのです」
「あう・・」
「長門さんを御覧なさい、ケッコン後も変わらずしゃきりとしているではありませんか」
「そ、そ、そうですね」
「あ。エンタメ欄は諦めてくださいね」
「へ?」
「現場で青葉さんがバッシャバッシャフラッシュ焚いてましたし」
加賀はへちゃりと布団に伏した。もうエンタメ女王と呼んでください。いや、やっぱり呼ばないで。
「今朝は朝早くから販売所に皆さんが集まってたんで、1部買って来たんです」
がばりと加賀は起き上がると、手渡されたソロル新報のエンタメ欄をめくった。
そこにはデカデカとした文字で
「提督の愛の囁きに加賀轟沈!目撃者が語ったノックアウトの言葉!」
キンと硬直した加賀を見て、赤城が溜息を吐いた。
今日は外に出したらあっという間に囲まれて、全く仕事にならないでしょうね。
「おお赤城!加賀は大丈夫か!」
提督室のドアを開けた第一声がこれであり、赤城は溜息を吐いた。今日何度目の溜息だろう。
「大丈夫に決まってます。のぼせただけなんですから」
「で、でも、どこか打ってるとか、古傷が開くとか」
「倒れた時に頭でも打ったんですか?」
「何を馬鹿な事を言ってる!しっかり抱き止めたに決まってるじゃないか!
「じゃあ打ってるはずが無いじゃないですか」
「し、しかし、ほら、搬送中とかさ」
「私は100%素面でしたし、落としてもいないから大丈夫です。それより」
「あ、ああ、なんだ?」
「昨日の件がソロル新報で大々的に報じられて、加賀が硬直してるんです」
「・・・・あの記事は私も顔から火が出そうだったよ」
「ですから、今日受付の仕事をさせるのは可哀想です」
「・・・そうだな」
「それに」
赤城は本日の秘書艦である日向を見ると、
「今日は日向さんも秘書艦です」
「まぁ、そうなるな」
「昨日申請出来なかった子は今日来るに違いありません」
「そうだな」
「今週中は受け付けると言った以上、今日と明日は何とか開けなくてはいけません」
「そうだな」
「というわけで提督、やってください」
「そうだな・・・へ?」
「へ、じゃありません」