艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加賀の場合(8)

 

 

提督と加賀のケッコンカッコカリが特大号で報じられた翌日。午前9時50分。

 

「皆!待たせた!これより受付を始めるぞ!さぁ、係官に道を開けよ!」

長門の良く通る声が響き渡ると、群衆はざあっと集会場の入り口から退いた。

加賀は長門に近寄って囁いた。

「そろそろ出撃のお時間でしょう?後は我々で何とかします」

「大丈夫か?」

「はい」

「・・解った。ではすまないが、頼む。集会場に入るまで外から見張っておく」

「助かります」

加賀は途中で1度だけ振り向いて長門に微笑みかけると、集会場に入って行った。

 

「・・・ご用意頂く費用、注意事項は以上です。応募されますか?解りました」

加賀はカリカリと書類に名前を書き込む足柄を見ながら、心から時雨に感謝していた。

当初計画通りに書類手続きまでやろうとしたら徹夜しても今週中に終わらなかっただろう。

応募者は予想をはるかに超え、昼休みには大行列になってしまった。

普段は規律の乱れにうるさい那智でさえ

「並べば求婚出来ると聞いてな」

と、昼休みから妙高型4姉妹に天龍までが並び、午後の授業開始時間になってもそのまま並んでいた。

龍田が一瞬現れたが、5人の様子を見て溜息を吐きながら帰って行った。諦めたのだろう。

当然、講師が居ないので休講となる。すると受講生も午後の早い段階から

「休講なら並んじゃおうよ!」

と、列に並び出した。

夕方、出撃から帰って来た長門は

「な、なな、なんだこれは・・・」

と、朝よりも長い行列にのけぞったが、顔をしかめ、ずずいっと列に分け入り、

 

「ええい!加賀達係官の負担を考えよ!ここから後は明日以降にせよ!提督は逃げん!手続きは出来る!」

 

と言って、その時集会場の入り口に並んでいた天龍を境に、その後ろを全て追い返したのである。

加賀はゆらりと入口を見上げると、長門が良い笑顔でうむと頷いた。

さすが、提督が一番先に求婚しただけの事はあります。まるで救いの女神のようです。

 

「書き終わったわ!これで良いかしら!」

「ええ、問題ありません」

「・・・っしゃああああああ!!」

最後だった足柄達とつられた天龍が万歳三唱をしている間、加賀達は書類を整え、片付けに入っていた。

「記載済の書類は提督室の金庫で預かってもらいましょう」

日向が答えた。

「そうだな。今日は伊勢が秘書艦だから話も通じるだろう」

「皆さん、まとめられましたか?」

憔悴しきった赤城と比叡は突っ伏してえへへと笑うばかりであったので、加賀と日向が整えた。

何せ昼食どころか休憩も全く取れない状態だった。赤城が12時間以上食べずに居るなんて奇跡である。

加賀も相当しんどかったが、

「後は私が運びますので、皆様は食事に。食堂が閉まってしまいます」

と、皆を促した。

 

コンコン。

「はーい、どうぞー」

伊勢の元気で大きな声に苦笑しながら、加賀は提督室のドアを開けた。

「・・加賀、何かやつれてないか?」

「多少」

「書類を全員に書かせたのかい?」

「いえ、今日は仮申込です。正式な書類はLV99になった時に用意する事にしました」

「それが正しいよ。今日の書類は一人当たり何枚組なんだい?」

「1枚です」

「それにしてはやたら枚数が多いね・・鎮守府中の艦娘が希望を出したのかい?」

「むしろ受講生から人気です」

「なんでだろう?」

「先日の8艦隊包囲事件の時に日向さんを守った事とか」

「あ、ああ。あれはもう夢中だったからなあ」

「あと、あ、あの、ええと」

「ん?」

「そ、その、わ、私への、こっ、告白の・・記事で」

「お、おお・・」

伊勢は肩をすくめた。

提督まで加賀につられて頬染めちゃって・・初々しい事。

でも、この場にいる私はどうすりゃいいのっていうか、明らかに浮いてるよね。

高エネルギー空間展開中ってこういう事なのかなあ。日向の好みは良く解んないわ。

まぁ、妹の命の恩人だし、良い上司だけどさ。

「それで・・ええと・・用件を聞いても良いかな?」

「あ、ごめんなさい。この書類を失くすと大変な事になるので、金庫で預かって頂きたいのです」

「まぁ良いか。伊勢、悪いけど仕舞っておいてくれるかい?」

「はーいはい」

その時、加賀のお腹がくぅと鳴った。

途端に耳まで真っ赤になった加賀は

「あ、あの、その、失礼しますっ!」

といって出て行こうとしたが、

「待て加賀、今から行っても食堂は間に合わんぞ?」

という提督の声に振り返った。

時計を見ると食堂のオーダーストップになる時間だった。

「まだ夕食を取ってなかったのか?」

「今日の受付分を捌くのに手間取ってしまいまして」

「手間取ったというより、件数が多過ぎたんじゃないのか?」

「う」

「・・・ん、よし」

提督は立ち上がると、

「伊勢、すまないが今日は仕舞にする。片付けを頼む。私は出る」

「・・・あー、なるほど。まだ鳳翔さんの店なら間に合うわね」

「そう言う事だ」

「提督は食べてるんだから、更に食べると太るよ~」

「デザートでも頂いておくよ」

「あ!良いんだ」

「・・そうか」

提督は戸棚からカステーラを1本取り出すと、

「日向と分けて食べなさい。加賀、行くぞ」

と言いながら提督室を出て行った。

伊勢はによんと笑った。平静を装いながら加賀と手をつないでるの、しっかり見ちゃったもんね。

提督の机の上にカステーラを置くと、ぽんぽんと叩いた。

ま、こうやって面倒な用事を頼めばきちんとケアするから好かれるわよね。

「さて、と。片付けますか!日向もさぞ疲れてるでしょ!」

伊勢はコキコキと指を鳴らした。

 

サク、サク、サク。

月明かりの中、砂を踏みしめながら、提督と加賀は黙って手をつないで歩いていた。

提督の考えと意識はずっと1点に集中していた。手をつないだままで良いのか離すべきか。

部屋を出る時、きっと加賀は遠慮すると思い、深く考えずに手を取ったのである。

だが、外を歩く段になって大胆な事をしてる事に気づき、離した方が良いのかずっと考えていた。

こんな悩みを山城辺りに知られたら1ヶ月は笑われそうだ。

ちらりと加賀の表情を盗み見る。

月明かりだから良く解らないが、少し俯いて、でも怒ってる雰囲気ではなさそうだ。

鳳翔の店の引き戸を開ける時にそっと放してみよう。うん、そうしよう。

 

 


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