艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加賀の場合(7)

 

提督と加賀のケッコンカッコカリが特大号で報じられた翌朝。

 

朝食に向かっていた金剛4姉妹は、掲示板に大きく張り出された紙に目を止めた。

「お知らせ・・デスね」

読み始めた金剛の隣に、榛名がそっと寄った。

「何のご案内なんですか?」

霧島は概要欄を読み、ふうんという表情で頷いた。

「なるほど、提督とケッコンカッコカリを希望する場合は、ファンクラブに申請すれば良いそうです」

比叡が溜息を吐きながら肩をすくめた。

「それを決める為に、昨日は大騒ぎだったんですよ~」

榛名は掲示板から目を離さぬまま尋ねた。

「要するに、私達から提督へ求婚出来るって事ですか?」

比叡が頷いた。

「そうです。昨日、浜風ちゃんが提督にケッコンカッコカリを申し込んで、良いって言われたんです」

霧島が続きを促した。

「特大号のエンタメ欄で報じてましたね。で、何が大騒ぎになったのです?」

「ほら、指輪のデザインを浜風さんが決めた物に統一する事にしたでしょう?」

「ええ」

「そしたら浜風さんと注文先の陸奥さんに出来たのか出来たのかと問い合わせる人が殺到して」

「あー」

「終いには扶桑さんが床を剥がして工房に突撃しちゃって」

「・・あー」

「ですから、希望者を取りまとめようって事で、ファンクラブが窓口になったんです」

「だからこの張り紙って事ね。陸奥さんも・・とんだとばっちりですね」

霧島が頷きながら振り向いた。

「でも良かったですね。金剛お姉様も榛名お姉さ・・・あれ?」

霧島は二人が居た筈の空間と、遠くに見える砂煙を呆れた顔で見つめていた。

比叡が先に口を開いた。

「わ、私も窓口の受付手伝うし、窓口開くの10時からだから・・・あと3時間はあるんだけど・・・」

霧島が肩をすくめた。

「朝食を召し上がってから行っても遅くないでしょうに・・・ん?」

霧島は、掲示板の前で食い入るように張り紙を読む涼風を見つけた。

読み終えた涼風はキッと受付のある方角を睨むと、

「ちぃ!アタイとしたことが出遅れたよ!!メシ食ってる場合じゃねぇぇぇぇ!!!」

と、声をかける間もなく一直線に駆け出して行ったのである。

霧島はふと足元を見た。

なんとなく、掲示板の所から会場の方に向けて、砂が抉れている気がする。

「・・・比叡姉様」

「なに?」

「・・・朝食は、しっかり召し上がった方が良いと思います」

「ほえ?なんでですか?」

「予感です。恐らく昼食を召し上がる時間は無いかと」

比叡は霧島の視線の先を見た。地面に何か書いてあるの?

 

同じ頃。

加賀は赤城に頼み、普段より早めに起こしてもらっていた。

勿論会場の準備をする為である。

受付まで立って並ぶのは可哀想だと考え、比叡達より先に会場へ行き、椅子を並べておこうと思ったのだ。

用意を済ませ、出かけようとすると赤城が

「今日は私も秘書艦当番では無いので、お手伝いしますよ!」

と力こぶを作って見せた。

加賀は少し躊躇った。御礼を用意していなかったからだ。だが、赤城は見透かしたかのように、

「別に手伝うたびに御礼なんて要らないですよ。友達の窮地は救うのが戦友というものです」

と、にこっと笑ったので、お願いする事にしたのである。

二人が事務棟の脇を回り、会場に指定した集会場が見えた時、ぎくりと立ち止まった。

赤城が言った。

「なんか黒い塊のようですね」

加賀はごくりと唾を飲んだ。皆が動き出すのが予想より遙かに早い。しかも多い。

まだ朝食の時間が始まって間もないと言うのに。

加賀はインカムをつまんだ。

「加賀です。日向さん、比叡さん、現状を教えてください」

「日向だ。朝食を取り終える所だが、どうかしたか?」

「比叡です。これから朝ご飯ですけど?」

「まず、比叡さんはしっかり召し上がってからお越しください」

「はい?」

「日向さん、召し上がった量で、仮に昼抜きになっても大丈夫ですか?」

「・・・・そんなに酷いのか?」

「酷いです」

「・・・すまない。ご飯をもう1杯頂いてくる」

「召し上がった後、事務棟と提督棟の間の茂みにいらしてください」

「・・・会場ではなくてか?」

「はい。まずは状況をご覧頂いて、覚悟を決めて頂かないと」

「・・・更に応援を呼ぶか?」

「どなたか可能でしょうか?」

「まだ今日の出撃には早いから、長門に少しだけ来てもらうのは可能だろう」

「なるほど、長門さんなら、あの大群衆を突破して会場に入れるかもしれません」

スピーカーからごくりという音がした。比叡だった。

「あ、あの、そんなに大勢並ばれてるんですか?」

加賀は溜息を吐いた。

「ファンクラブ全員は想定通りですが、メンバー以外の方が大勢居られます」

 

「あ・・・あの群衆はなんなんだ?」

草むらの陰からそっと覗いた長門はすぐに顔をひっこめ、加賀の所に戻ってきて声を潜めながら継いだ。

「まさか、全員応募者なのか?」

加賀はそっと頷いた。

「今日、集会場を使う予定は私達だけです」

日向は肩をすくめた。

「手続きは1人当たりどれくらいかかるんだ?」

長門がふうむと顎に手を当てながら答えた。

「提督と書いた時は記載項目に迷った事もあって・・・3時間くらいかかったぞ」

重苦しい沈黙が訪れた。

「皆、こんな所でしゃがんでどうしたんだい?」

加賀達が声の方を見ると、時雨がきょとんとした顔で立っていた。

「は、早くこっちに!見つかってしまいます!」

加賀はぐいと時雨の手を引っ張った。

「わわっ!」

 

「なるほど、1人3~4時間の手続きをあの人数に対して行うのは無理だよ」

「や、やはりそうだよな」

「困りました」

時雨はふむと考え込むと、

「今、書類手続きまで済ませないといけないのかい?」

加賀は溜息を吐いた。

「ケッコンカッコカリとして確定するには必要ですからね」

時雨は壁の陰から顔を半分だけ出し、群衆を詳しく偵察した後、そっと戻ってきた。

「並んでる人を見るとLV99の子は居ないようだけど・・・」

「99の方で、希望しそうな人には提督が渡してしまいましたからね」

「・・・だとすると、今手続きをしてもLVが足りないから書類が無駄になると思うよ」

時雨の指摘に、加賀がポンと手を打った。

「なるほど、では今回は仮予約として、注意事項や費用を説明し、承諾した人のお名前を貰いましょう」

「そうだね。そしてその人がLV99になってから、個別に手続きと支払をすれば良いと思うよ」

比叡がやっと笑った。

「それならすぐ終わりますし、陸奥さん達にも迷惑はかからなくなりますね」

長門が頷いた。

「そうだ。あれだけ大勢を相手にするなら今回の手続きは出来るだけ簡素化した方が良いだろう」

加賀は時雨の手を取った。

「時雨さん、お知恵を貸して頂き助かりました」

「僕は何もしてないよ。早く終わると良いね」

「そういえば時雨さんは、並ばれないのですか?」

時雨は急にもじもじすると、

「ぼ、僕は、その、出撃しないから・・申し込んでも迷惑かな・・って」

加賀はにこりと微笑むと

「同じ事を文月さんも仰ってましたが、提督は戦闘力強化の為だけじゃないよと返してましたよ」

「あ、う」

「ですから、お気持ちのままに」

「ま、まだ、LV40位だけど・・」

「いつまでに、という期限も無いですから」

時雨は顔を真っ赤にすると、

「そ、そそ、それじゃ、後で、じ、時間があったら、いくよ」

と、小さく小さく呟いた。

加賀は頷いて微笑んだ。

「今週一杯開けてますからね」

 

 


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