艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加賀の場合(3)

 

 

現在、午前中。鎮守府食堂。

 

 

「正規空母の方々のお料理を、コース料理にですか?」

「どう思う?」

皮むきをしていたジャガイモを机の上にそっと置くと、間宮はうーんと考え込み、

「・・・止めた方が良いと思いますよ」

「どうしてそう思うのかな?」

「戦艦の方々は、基本消費量と最大消費量にあまり差が無いんです」

「常に多いって事か」

「はい。ですが正規空母の方々の場合、その差が激しいんです」

「艦載機の被害度合に左右されますからね」

「兵装によっても異なりますね」

「でもボーキサイトおやつは常に良く食べるんだな」

「うるさいですよ提督」

「そして、コース料理は前菜や付け合せは調整出来ますけど、主菜は1人1回ですから」

「・・・ええと?」

「お代わりが、出来ません」

ズシャアアッ!!

提督と文月は溜息を吐いた。誰が膝から崩れ落ちたか見なくても解る。

「赤城、まだコース料理に変えると決まった訳じゃないから」

「お・・・おおおおお代わり不可なんて・・・なんて恐ろしい・・・恐ろしや・・・」

「そうすると、赤城さんにコース料理をとなると」

「ほぼ毎回凄まじい廃棄が発生するか、出撃の後に赤城さんが餓えます」

「1回でも餓えた赤城なんて遭遇したくないよね」

「艦娘が1人2人食べられちゃうかもしれません」

「うむ」

加賀はしょぼんとしていた。

自分もお代わり不可、毎回定量と言われたら辛い。

平常時固定では足りないタイミングが絶対出るだろうし、最大量を毎回供されても食べきれない。

「という感じですね」

提督はふむと考え込んだ後、

「なあ間宮さん、前菜の調整は可能なんだよね?」

「はい。今もある程度作って、足りなければ追加する形にしています」

「なら、前菜だけ正規空母の皆にも渡してくれないかな?」

加賀が顔を上げると、提督がこちらを見てにっこりと笑っていた。

「加賀は最初の食べ始めにどっかりと盛ってあるとしんどいのだろう?」

「は、はい」

「あら、それで1膳目は必ずねこまんまだったのですね」

提督は間宮に向き直った。

「だから、加賀が辛くないように、最初は前菜だけの膳を渡す」

「戦艦の方と同じですから問題ないです」

「で、2膳目からは戦艦以外の子達と同じメニューで、お代わり自由とする」

「はい、それは今までどおりですから問題ありません」

「まぁコース料理との折衷案だから合わない前菜もあるかもしれ・・ん?」

加賀が提督の後ろからぴとっと体を寄せ、耳元で囁いた。

「・・・充分です」

「・・そっか。じゃあ間宮さん、そんな変更を頼んで良いかな?」

「解りました。ではお昼からそうしますね」

「お願いします」

間宮はくすっと笑うと、

「提督も意地を張らなければ宜しいのに」

「・・・あぁ、うーん、その、なぁ」

途端に歯切れの悪くなる提督とくすくす笑う間宮を、加賀は交互に見た。

なんだろう?

「赤城、そういう事だから、今までの食事に前菜が追加されます」

「お、おおおおおかわりは?」

「出来ます。というかそこまでうろたえないの」

「やったあああ!」

勢いよく立ち上がってバンザイをする赤城に

「うん、さすがは間宮さん、皆さんの食事を良くご覧になってますね」

と、文月は頷いた。

 

「お父さんごめんなさい、今日は少し忙しいので戻らねばなりません」

そう言って文月が帰った後、いそいそと

「比叡さんが手伝ってくれるなら、下ごしらえの食材をもう少し持ってきますね」

と言いながら間宮が席を立った。

加賀は何となく、間宮のそれに違和感を覚えた。わざとらしい感じがする。

比叡は奥の席でジャガイモの皮むき(の練習)に夢中で、赤城は昼のメニューの推理に忙しい。

何となく、提督と二人きりの状態。

そして提督は、いつになく複雑な表情をしていた。何かを躊躇うような、決心がつかないような。

「むー」

「提督」

「むむー」

「どうかされたのですか?」

「・・・・・」

黙ったまま加賀に振り向いた提督は、しきりにガリガリと頭を掻いたり、腕を組んだりしている。

やっぱり我儘が過ぎると叱責されるのか、取り消そうかと口を開きかけた時。

「あのな、加賀」

「は、はい」

「先日、8艦隊に包囲された件で、1つ改めようと思った事があるんだ。き、聞いてくれるかな」

「何でしょうか?」

「私は指輪を贈る相手は長門1人にしてたのだが、ほ、他の情勢を踏まえて、少し広げようかと思う」

「・・・」

「だからと言って嫌がる子には渡したくないから・・その、加賀は、貰ってくれるかな?」

提督が懐から取り出した箱を開けると、小さな細身のリングが収まっていた。

加賀はがくりと頭を垂れた。

「・・・・提督」

「う、うん?」

「なぜ・・・なぜこのような場所で・・・」

提督はその時確かに見えた。加賀の真っ赤な怒りのオーラが。

「ひっ!?いっ、いや、決心がつかなくて、切りだせるタイミングを見てただけで、その」

「それなら提督室にお戻りの後とか・・せめて通信棟でも、私の部屋でも良かったのに」

「な、何だったらやり直すか?すぐ移動するぞ」

「・・・手遅れです」

「へっ?」

加賀が俯いたまま、すいっと指差した方を見て、提督はぎょっとなった。

いつの間にか青葉がカメラのシャッターをバッシャバッシャ切っていたのである。

「うわああっ!いつの間に!」

「ども青葉です!提督!今のお気持ちを一言お願いします!」

提督はごくりと唾を飲み込んだ。もう1面トップは免れない。毒食らわば皿までだ!

「かっ、加賀っ!いつも支えてくれる君と強い絆を結びたい!どうかケッコンカッコカリ、受けてくれっ!」

そう言いながら加賀の目の前に指輪の入った箱を差し出したのである。

加賀はあまりの展開にくらくらと眩暈がした。

この光景は写真的に美味し過ぎる。明日の朝刊1面トップは決まった。ぶち抜きでこの写真が載るだろう。

しかも青葉はなおカメラを構えている。エンタメ欄まで総ざらいする気か?

猛烈に恥ずかしい。鏡を見なくても顔が真っ赤だと解る。もう溶けそうだ。

けど、けれど、そうであろうと・・・

大きく溜息を吐いてから、加賀はにこりと笑い、提督の手に手を添えた。いっそ綺麗に撮ってもらおう。

「謹んで、お受けいたします。魂が朽ち果てるその日まで、一緒に」

「おおー!求婚を承諾されましたっ!良い顔!良い笑顔!素敵ですっ!これは全面ぶち抜きで!」

猛烈なシャッター音を聞きつつ提督が見上げると、穏やかに微笑む加賀の顔があったのだが、

「おおっ、微笑みながら加賀さん泣き出しました。感極まっ・・・むぐぐぐぐ」

青葉の口を両手で塞ぎながら赤城は加賀に頷いた。これ以上の野暮はさせません。

「ありがとう」

提督がぎゅっと加賀の手を握ったその時。

「いよっしゃあああああ!」

という力強い声がして、一同はぎょっとして声の方を向いた。

声の主は食堂の入り口に居た浜風だった。全身で大きくガッツポーズをしている。

「あ、ええと、浜風さん?」

「何でしょうか提督っ!」

「な、なにが、よっしゃ、なのかな?」

「だって提督、長門さん以外ともケッコンカッコカリしてくれるんですよね!?」

「あ、ああ、そうだが・・」

「なら私も、ケッコンカッコカリ、お願いします!」

「・・・へ?」

「指輪も書類も用意します!LVはあとちょっとなので毎日頑張って稼ぎます!」

「あ、うん。・・え?」

「良いですよね提督っ!?」

提督は頬を掻いた。ケッコンカッコカリは司令官が指輪等を用意して艦娘に伝えるものだ。

艦娘から提督に逆指名され、書類や指輪まで貰うというのは前代未聞だ。

だが、この鎮守府は、艦娘の思いを大切にする事が誇りだ。ならばこれも、ありだろう。

「浜風がLV99になっても気が変わらなければ、構わないよ」

提督はそう言ってにっこりと笑った。

浜風も提督を見つめて微笑んだ。

だが、加賀はそれを聞いてジト目になった。

 


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