艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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鎮守府重鎮、登場です。



加賀の場合(1)

 

 

現在。鎮守府空母寮、加賀・赤城の部屋。

 

「んん・・」

うっすらと靄のかかる視界の中で、加賀は目覚めた。

空母としては意外な事に、加賀自身は夜型である。

本当は夜の方が元気なのだが、空母的には働けない。

このアンバランスさは元々加賀型戦艦として作られた名残なのかなと思う。

夜型の反動は目覚めに現れる。具体的に言えば超の付く低血圧である。

毎朝の事だが、体に力が入るようになるまでに10分、まともに動けるようになるには20分かかる。

こういう時、

 「目が覚めて10秒でビーフシチューを頂けます!お任せを!」

と笑う赤城が心底羨ましく思う。

その赤城は加賀の目覚めを熟知しているので、一旦起こした後、20分は声をかけない。

ありがたい事であるが、自らの体は恨めしい。

「くぅぅっ・・・」

歯を食いしばって指を動かしてみる。

起き抜けは本当に力が入らない。悔しいくらいどうにもならない。

今も目一杯頑張っているが、まるでスローモーションのようだ。

普通の鎮守府では総員起こしという、10分で起きて準備を済ませる命令がある。

他所の加賀は大丈夫なのかと本気で心配になる。

他所、というのは、うちの鎮守府では総員起こしに30分かける事になっているからだ。

これは加賀が秘書艦になった時、提督に恥を忍んで目覚めの悩みを打ち明けたところ、

「私はどうやってもヒカリモノが食えないんだが、それを食えと命じられるようなものだね」

と言い、総員起こしの時間を加賀が起きられる20分に5分の余裕を足して30分としたのである。

(総員起こし5分前からは寝台で待機するので、準備出来るのは30分でも25分間)

これについては過去、大本営の少将に視察の際発見され、

「たるんどる!ただちに直せ馬鹿者!」

と、叱責された事がある。

提督は事情を話したが、少将は頭に血が上るばかりで聞き入れず、しまいには

「出来ないのは気合いが足りんからだ!」

そう、怒鳴ったのである。

加賀は秘書艦として視察に付き添っており、これを聞いてすっかりしょげかえったのだが、提督は

「では少将殿、この後は少し遠いので、あれで移動いたしましょう」

と言いつつ、自転車を指差したのである。

今度はすうっと血の気が引く少将を尻目に、提督はひょいと自転車にまたがると、

「さぁ少将殿。さぁそちらの自転車に」

と促した。

空母や戦艦など、巨大建造物の多い海軍では自転車は必需品であり、乗れるのが当然である。

だが少将は、どうしても自転車に乗れなかった。

勿論提督は解ってて促している。

先ほど自分が言った事がモロに跳ね返る事になった少将は、青ざめた顔が真っ赤になるまで沈黙した後、

「・・気合いではどうにもならん事も、あるな」

と、がくりと肩を落とした。

提督はその後、ペダルレンチを持ってこさせると、2台ともペダルを外してしまった。

訝しがる少将をペダルの無い自転車に乗せた提督は、

「では、地面を足で蹴って進みましょう。それでもずっと楽ですから」

と促し、その後の各所を蹴るだけの自転車で回ったのである。

「ほう!自転車は!蹴るだけでも!楽な!物だな!風が!気持ち!いいな!」

少将は乗り初めこそフラフラしていたが、最後は結構な速度を出して機嫌よく乗っていた。

そして視察の後、提督は再びペダルを付けさせると、

「さ、もう乗れるはずです」

と、ペダル付の自転車を指差したのでえある。

尻込みして首を振り続ける少将に

「大丈夫です。いざとなれば私が身を挺してお支えします」

といって後ろの荷台を掴むと、少将は渋々自転車に乗り、ペダルを漕ぎ始めた。

最初はよろよろとしていたが、突然

「あ、あれっ!?乗れる?うは!乗れる!乗れるぞおおお!」

極めてスムーズに漕ぎ出したのである。

しばらくして戻ってきた少将は興奮した様子で尋ねた。

「一体どういう事だ!今まで何度やってもダメだったのに!魔法か!?」

「自転車で転ぶのは、人間がハンドルや体の傾きで左右のバランスをとる事に慣れてないからです」

「ふむ」

「また、人間は、足でペダルを漕ぐ事にも慣れておりません」

「ふむ」

「普通の自転車に乗る場合、両方同時に要求されるので、慣れるのは実に大変です」

「うむ」

「ですからまずは、左右のバランスを取る事に慣れて頂きました」

「ペダルを外して乗った事か」

「はい。少将は飲み込みが早く、視察の最後には高速で走行されてましたので、ペダルを付けたのです」

「1つずつ練習した、という事か」

「はい。既にバランスを取る練習が済んでおりますので、ペダルを漕いでも転ぶ事は滅多にありません」

少将は腕組みをして聞いていたが、

「気合いではどうにもならなかったが、手順を踏めば出来るのだな・・・」

「手順があれば、出来る事も、ございます」

「手順が無く、出来ない事もある、か」

「起き抜けの低血圧をどうにかする手順は、今の所、ございません」

「・・・ふむ」

少将は提督の方を向くと、

「良く解った。総員起こしの件は報告から外す。それと、自転車に乗れるようにしてくれた事、礼を言う」

「ありがとうございます」

「え、ええと、これはしばらく乗らなくても覚えてるものか?」

「最初のうちは忘れないように乗られるのがよろしいかと」

「うむ、そうしよう」

こうして視察は終わったが、視察の後、加賀は提督に謝りに行った。自分のせいで迷惑をかけてしまったと。

だが、提督は

「加賀がどれだけ大切か考えれば、こんな事どうという事はない。いつも助けてくれるのは加賀の方だしな」

と、笑って返したのである。

この日を境に、加賀は提督を密かに想い慕ってきた。

現世でも、来世でも、この魂が朽ち果てるまで傍に居ようと。

提督から勝利より戻る事を優先するよう強くお願いされた時も嬉しかった。

だが、提督を強く意識するようになったのは、この日が境だったと思う。

それゆえに加賀は、今も1つだけ、誰にも言っていない悩みがあった。

提督は

「仮とはいえ、重婚は良くないだろう」

と言い、その相手を長門に定めた。だから加賀の左手には、指輪は無い。

加賀は長門より早く鎮守府に来たし、ファンクラブ会長をしているように、一番長く慕って来た自負もある。

確かに長門の人の良さは解るし、提督の危機を救った功績も数多い。

だが。

しかし。

それでも。

・・・私も。

「はぁーぁ」

ようやく動くようになった左手をそっと宙に上げると、加賀は薬指を見て溜息を吐いた。

「そろそろ起きられる~?」

ふいに、加賀の左手の先に人影が現れた。

この部屋で生活を共にし、一番の戦友である赤城であった。

「・・おはようございます」

「今朝は頭痛は無いですか?」

「ええ、心配要らないわ」

そう言いながら、加賀はむくりと上半身を起こした。

加賀は起き抜け1時間位、偏頭痛に悩まされる事がある。

だから低気圧の来る日の朝は最低だ。台風シーズンなど泣きたくなる。

ひょんな事から提督も持っている持病と知り、二人で大いに盛り上がった事を思い出す。

・・また、提督。

今朝は妙に提督の事が引っかかる。面白くない。実に面白くない。

「・・・ばか」

加賀は視線を下げて小さく呟いたのだが、

「今朝はご機嫌斜めですね?」

と、あっという間に赤城に見破られた。

「う」

バツが悪そうに上目で見る加賀をふふんと柔らかい笑みで見返した赤城は

「さぁさぁ、朝ご飯を頂きに参りましょう」

と、加賀の手をぐいと引っ張った。

 




最近は感想を頂く事がめっきり減ってしまいましたが、第3章の書き方はあまり面白くないのでしょうか・・・
と、心配してます。
元々第3章は実験的なスタイルゆえ、表にするか迷ってたんで余計に、ね。

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