村雨が使われた形跡のある席を示された頃、白星食品経理部。
村雨は気になったので、二人に先を促した。
「えっと、何があったんですか?」
薫がパタパタと手を振りながら席に着いた。
「立ち話する必要も無いので、とりあえず座りましょう」
長月も頷くと、席に着いた。
「別に悪い結末ではないのでな、安心してかけて欲しい」
村雨はそれまで全く気にしていなかったのだが、長月にそう言われてから気になりだした。
これは今聞いておかねばならない。いざとなれば扶桑さんに御祓いを頼まねば!
「で、どうしたんですか?」
ずいっと追及する村雨に、薫と長月が交互に話し出した。
「そちらの席には、瑞鳳さんが座ってたんです」
「口数は多いが仕事はちゃんとするし、細かく気配りも出来る良い奴だった」
「様子が変だなあって思ったのは1ヶ月くらい前の事でした」
「うむ。仕事中もそわそわしてるし、終業時間になると一直線に帰るようになったのだ」
「それで、お昼に聞いてみたんです」
「なかなか口を割らなかったんだが、最後には白状したんだ」
村雨はごくりと唾を飲んだ。いったいどんな秘密が?
薫はんーむと少し考えた後、村雨に尋ねた。
「村雨さんは、転生って覚えてますか?」
「ええと、轟沈して船霊になった後、建造とかで再び呼び戻される事ですよね?」
「そうだ。艦娘として沈んだ時、深海棲艦にならず、昇天を選ばなければ転生の経緯を辿る」
「それがどうしたんですか?」
「瑞鳳さんは、深海棲艦から深海棲艦に転生したそうなんです」
村雨が首を捻る間、部屋に沈黙が訪れた。
「・・・ええと?」
「あのですね、瑞鳳さんは最初建造された時は瑞鳳さんだったそうなんです」
「はい」
「そして轟沈した時、深海棲艦のヌ級になった」
「はい」
「そして深海棲艦として轟沈した後、船魂になり、深海棲艦として転生した」
「ほえっ!?」
「そして東雲さんの噂を聞いて、ここで瑞鳳さんに戻ったそうなんです」
長月が腕を組みながら言った。
「深海棲艦として轟沈した時は昇天を望んだ筈が、なぜか転生してしまったそうだ」
「ヌ級から何になったんですか?」
「来た時はチ級だったらしい」
「それで、なんで辞めちゃったんですか?」
「深海棲艦時代、ずっと仲良しだった人が、駆逐隊のボスになっていたロ級さんだそうなんです」
「凄い人と友達だったんですね」
「その方はずっと前にここで曙さんになって、そのまま人間に戻って、瑞鳳さんを探してたそうなんです」
「へぇ!」
「その子が久しぶりに提督を訪ねてきた時、偶然鎮守府の食堂で再会したんですって」
「うわ!運命の出会いですね!」
「最初解らなかったが、まさかと思いつつ声を掛けたら当たりだったそうだ」
「へぇぇぇぇ」
「その日から旧交を温めた瑞鳳は、仕事を続けるか、友達と一緒に人間になるかずっと悩んでたのだ」
「なるほど。それで、会社を辞めたって事は・・」
「ええ。瑞鳳さんも人間に戻って、友達と一緒に花屋さんで働いてるらしいです」
「先日葉書が来てたな。急に辞めてごめんなさい、こっちは二人で楽しく暮らしてますってな」
村雨は何度も頷いた。
「良い話じゃないですか~運命を感じますね~」
だが、長月と薫は弱々しく苦笑した。
「瑞鳳さんのお話自体は良い話なんですけどね」
「?」
「3人で頑張って回していた仕事だったから、2人では手が足りなくてな。本当に困ってたんだ」
「あ、そっか。そうですよね」
「だから村雨さんが来てくれて大助かりなんです。申し訳ないのですけど、実戦で覚えていってください」
村雨はにこりと笑った。
「仕事、色々教えてください。瑞鳳さんの穴を埋められるように頑張ります!」
薫は頷いた。
「担当なんですけど、村雨さんは経理方の方と知り合いだそうですね」
「はい。一緒に学んだ友達です」
「丁度瑞鳳さんがしていたのが、鎮守府への支払いを含む支払関連だったんです」
長月が頷いた。
「私も薫も随時フォローするから、支払関係を担当してくれないか?」
村雨はこくりと頷いた。
「はい!頑張ります!」
薫が頷くと、長月が書類を手渡した
「では改めて、経理部へようこそ。まずは各部の配置から説明する」
「本当に我々と仕事する担当になるなんて、漫画みたいですね」
経理部での説明はしっかり準備されたもので、村雨が自室に帰ったのは2100時近かった。
そこで村雨は早速白雪に教えてもらった番号へ電話したのである。
村雨は電話の先で、白雪がくすりと笑うのが見えるかのようだった。
「そうだよね。たまたま前に担当してた人が辞めちゃって人手不足だったんだって」
「でもまあ、手間が減って良かったです」
「へっ?」
「もし村雨さんじゃなかったら徹底的に審査を厳しくして村雨さんに代わるのを待とうかと思ってたので」
「う、うわああ・・」
「そうならなくて良かったです」
「あ、でも、最初は教えてもらいながら仕事するから、遅かったり間違えてるかもしれないけど、あの」
だが、白雪は冷静な一言を放った。
「ダメです村雨さん。そこは友人だろうと親だろうときっちり正しい数字を出してもらいます」
「へうぅぅぅ頑張りますぅぅぅ」
「でも、仕事の後はお喋りしましょうね」
「・・・うん!」
「それで、今日はどんな事があったんです?」
「ええとね、あ!私、入社式の後に待ち惚けになったんだよ~」
「早速酷い目に遭ってますね。さすが村雨さん」
「どういう意味?」
「いえ、なんでも。それより入社式のお話を」
村雨は白雪と電話で話しながら窓の外を見た。
昨日まで居た鎮守府の寮があんなに小さく見える。
同じ島の中に居るのに、白星食品の社員寮と鎮守府の寮で行き来する事は出来ない。
見える景色も随分違う。白雪はきっと、あの辺の窓の中に居るのだろう。
昨日までバシバシ肩を叩きながら間近で喋れた白雪ちゃんとも、電話でしか話せない。
「同じ島の中でも、住む所が変われば色々勝手も変わる」
天龍が言った事はその通りだったと村雨は思い出していた。
「・・・何か考え事をしてますね?」
白雪の言葉に村雨はぎくりとした。白雪の鋭さは天下一品だ。隠しても仕方がない。
「あのね、今日からこの部屋で住む事になって、白雪ちゃんと会えなくて寂しいなあって」
白雪は一瞬沈黙した後、
「私も、寂しいですね。パシパシ肩を叩く人が居なくなって」
そして続けて
「でも、こうして話せます。連絡出来るならまた会えます。仕事でも会えます。なにより、ずっとお友達です」
と言った。
村雨はぐしぐしと涙を拭きながら
「うん、そうだね。そうだよね」
と返すのがやっとだった。
しばらく話し、電話を切ると、白雪の表情は途端に曇った。
電話では出さないように気を付けていたが、村雨が心配だ。
電話の向こうで泣いていたが、ホームシックなのだろうか?
走れば5分位の距離なのに何とももどかしい。
敷いておいた布団にころんと横になる。
むぅと眉をひそめては寝返りを打ち、うーんと言っては寝返りを打つ。
しばらくゴロゴロと転がり、がばっと上半身を起こすと、
「よし!明日相談する!」
大きく頷くと電気を消し、バタリと横になった。