艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(40)

 

 

天龍が村雨の涙に驚いた頃、天龍の教室。

 

 

「今日はなんなんだよ、もぉ、白雪に続いて村雨まで・・・何で泣くんだよぉ」

天龍に背中をさすられ、村雨は頭を下げたまま、

「だって・・わっ・・私が寂しいって言った・・わがまま・・の・・為に・・」

天龍は頭をガリガリと掻くと、ついと横を向いて

「甘やかすとダメになる奴も居るけどさ、村雨は頑張りすぎて疲れちまう気がしたんだよ」

「頑張り・・すぎる?」

「面接でビスマルクに存分に使ってくれって言ったんだろ?」

「は、はい」

「ビスマルクは自分自身がクソ真面目だからさ、きっとかなりハイペースになる筈だ」

「・・・」

「そこに仕事相手が文月達の事務方だとさ、ハイペースにハイペースだから休む所がねぇ」

「・・・」

「同じ島の中でも、住む所が変われば色々勝手も変わる」

「・・・」

「白雪達なら村雨の顔見ただけで体調が解るし、ダベって気晴らしも出来るだろ?」

「・・・」

「だからさ、経理方と適当に息抜きながら、やる事やりな」

村雨はぐしぐしと涙を拭いていたが、ハッとしたように天龍を見た。

「あ、あの、天龍先生」

「ん?」

「ビスマルクさんの問いに、不知火さんは何て答えたんですか?」

村雨の問いに、天龍は一瞬天井を見たが、向き直ると。

「あー、その、俺達以外には内緒な」

「はぁ、良いですけど」

天龍はうおっほんと1度咳払いをすると、表情を仏頂面にして、

「何がしたい、ではありません。大好きな提督の為に役立つ事をするだけです。」

と言った。

白雪は肩をすくめながら言った。

「不知火さんは大真面目に答えたのに、ビスマルクさんは恋路の部分に興味津々ですよね」

祥鳳は頬に手を当てながら言った。

「一途で奥ゆかしい恋ですよねぇ、如何にも不知火さんらしいっていうか」

川内は首を傾げた。

「あたしなら好きなら好きって言っちゃうなあ。一緒に夜戦しよっ!とか言って」

伊168は黙ったままだったが、ちょっと頬を赤くしていた。

天龍が伊168を見た。

「んお?何想像してんだよ」

伊168ががばりと向き直って反論した。

「ちっ!違!違うわよヘンタイ!」

「何ムキになってんだよ?俺、何も変な事言ってねぇぞ・・・」

「あーもう、うるさいうるさいうるさい!」

「?」

訳が解らないという天龍に、村雨がうんうんと頷きながら言った。

「きっと、夜戦という言葉に甘~い想像をしてたんですよ」

「ちょっ!」

祥鳳がニヤリと笑った。

「あらあら、まぁまぁ、うふふふふ~」

「ムカツク!ムカツクぅ~っ!」

天龍が首を振った。

「なんか解らねぇけどさ、とりあえず、不知火がそう答えてからビスマルクに散々誘われてるんだと」

村雨が聞いた。

「一体どこに転職させるつもりなんでしょう?」

白雪がぽつりといった。

「恐らく、社長秘書とか、そんな所じゃないでしょうか」

村雨が眉をひそめた。

「え、なんでですか?」

「だって、色々口実を付けて提督と不知火さんを会わせやすいじゃないですか」

「会わせるとどうなるんですか?」

「不知火さんが照れるじゃないですか」

「照れるとどうなるんですか?」

「美味しいんだと思いますよ、ビスマルクさん的に」

「んー?」

腑に落ちないという顔の村雨に、

「他人の恋路を横で見て楽しむ嗜好があるって事でしょうね」

と、祥鳳が言葉を継いだのだが、

「そっか!そういう事だったのか!」

と、村雨より大きな声で手を打ったのは天龍だった。

村雨と天龍を除く面々が溜息を吐いたのは言うまでもない。

 

入社の日まで、村雨は入社手続きや引っ越しを進めながら、経理方の設立を手伝っていた。

なにせ自分の為に白雪達が仕事を引き受けてくれたのである。少しでも手伝いたいという思いが強かった。

事務棟の空き部屋に机を並べた白雪達の事務所で、事務方から仕事の引き継ぎ説明を受けていた。

説明は主に時雨が行ったが、

「・・ということなんだ。白星食品さんからこの数字を貰えるのは助かるよ」

と、ちらりと村雨を見ながら言った。合格の報を知っているのだろう。

村雨は一生懸命メモを取っていた。白雪達が楽になるなら出来るだけの事はしたい。

引継を入社式前日の夜まで聞いた為、大慌てで最後の引っ越しを済ませたのは御愛嬌である。

 

そして入社式。

 

「・・ですから、我々は皆さんを歓迎します。白星食品にようこそ!」

ビスマルクの挨拶は少々長く、足が痺れている子も居たが、村雨は生き生きとした目で見ていた。

職場は薫の居る経理部だったし、仕事の1つには白雪達経理方との時間もある筈だ。

それになにより、0800時から2000時の間なら、鎮守府に入れる。

 

「それでは、各部からの迎えが来るまでこちらでお待ちください」

 

人事部が説明を終え、ちらほら迎えが来る中を村雨は大人しく待っていた。

しかし、他の人が次々社員の迎えに席を立って行くのに一向に経理部は誰も来ない。

そうこうしているうちに、ついに村雨1人となってしまった。

「・・・あれ?」

最後の1人を見送りつつ、村雨は部屋の入り口から廊下を覗いたが、誰も居ない。

席に戻ったが、ぽつんと座っている事が急に寂しくなってきた。

私、何か薫さんの気にするような事しちゃったかなあ?

忘れられちゃってるのかな?

人事部の人に聞いた方が良いのかな?あ、でも、人事部の位置知らないしなあ・・・

不安が徐々に強くなってきた時。

 

「なぜ時間を間違えてメモを取る・・メモの意味がないではないか」

「ごめんなさーい」

そんな二人の声が廊下からしたかと思うと、

「ほら、村雨が寂しそうに座ってるじゃないか。可哀想に・・・」

村雨が顔を上げた先には、長月と薫が立っていた。

「ごめんなさーい、お迎えの時間を間違えて覚えてました~」

「村雨すまない。他の課に行って間違いに気付いたので遅れてしまった」

村雨はガタリと席を立つと

「い、いえ、来てくれたので良かったです。ほっとしました」

「では、共に行こう。我々の経理部へ」

 

建物の奥、静かな廊下を歩いた先に

「経理部」

と書かれたドアがあった。

村雨はここまでの道のりを反芻していた。

元々居た鎮守府では、1度案内された道を聞き直すとそれはそれは怒られたからだ。

そんな村雨の様子に気づいた長月が声を掛けた。

「案ずるな村雨。これは案内ではないし、後で地図を渡して説明するから」

村雨は照れたように笑うと

「つい鎮守府のノリで考えてしまって。すいません」

薫がぽんぽんと村雨の肩を叩きながら言った。

「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。社長の前以外は」

ドアを開けながら長月が溜息を吐いた。

「薫はもう少しおっちょこちょいを何とかして欲しいがな」

村雨は小さく笑った。

「そうですね。ぽつんと座るのは寂しいです」

「あうーごめんなさーい」

事務所はどこかしら、事務方の事務所や職員室に似ているなあと村雨は思った。

膨大な書類を綴じるバインダーと、それが並ぶ棚。

個人用の机は4つあったが、使われている形跡があるのは3つだった。

じゃあ残る1つが自分の席かなと思っていたところ、

「村雨さんはこの机を使ってくださいね~」

薫がぽんぽんと叩いた机は、使われている形跡がある席だった。

村雨は恐る恐る

「あ、あの、その机はどなたかが使ってるんじゃ・・」

と言ったところ、薫と長月は顔を見合わせて苦笑いをした。

「実は、先日までもう1人いらしたんですけど・・・」

「辞めてしまったんでな」

 

 


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