艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(39)

 

 

龍田が提督を説得した翌日の月曜日、天龍の教室。

 

むふふんと笑みを浮かべる天龍を見た後、村雨はふと横を見た。

伊168も祥鳳も川内もニコニコしている。むしろ私がどんな反応をするか興味津々という様子だ。

ちらりと白雪の方を見ると、いつもと変わらないそぶりだが、眉毛が時折ぴくぴく動いている。

あれは明らかに何か知っている。

何だろう。この一人だけ教えてもらってない感。

「えー、皆して私をぼっち扱いですか・・・」

村雨がむぅとむくれたのを見て、天龍がパタパタと手を振った。

「悪ぃな。話が決まったのは昨日の事で、ぬか喜びさせるなって俺が言ったんだ」

「ちゃんと教えてくださいよぅ」

「おう。簡単に言うとな、お前が働き出してからも俺達と話せるぜって事だ」

村雨は眉をひそめた。

「・・・連絡先は聞いてますし、食堂とかに入れる事は今聞きましたよ?」

「そうじゃねぇ。ええと・・・祥鳳、説明頼む」

白雪が眉をひそめた。

「そっから丸投げじゃ前口上にもなってないじゃないですか。そんな事だから龍田さんから」

「あーあーあー、俺は何にも聞こえないー祥鳳頼むー」

白雪が舌打ちした。

「ちっ、予算カットしてやる」

天龍がニヤリと笑った。

「まだ教育班の予算管理は経理方の仕事じゃないぜ」

白雪が拳を固めた。

「くっ」

村雨は真ん中で頭をふよふよ揺らしていた。一体何の話?

「ええと、白雪さんと天龍先生の仲が良いのは解りましたけど、そろそろ説明しても良いかしら?」

溜息交じりに祥鳳が眼鏡をくいと上げた。

 

「経理・・方?」

「ええ。鎮守府の中ではそう呼ぶ事になりました」

「で、白星食品と陸奥さんの工房を相手に、経理事務をすると」

「そういう事ですね」

「メンバーは白雪さんが会長で、祥鳳さんが社長で」

「響さんが部長、川内さんが主任補佐」

うとうとしていた川内がガッと祥鳳の方を向くと

「ねぇ!みんな部長とか会長とかなのに、私だけなんで主任補佐なのよっ!」

「冗談ですよ」

「んもー」

「白雪さんが事務長、私達と響さんは事務員です」

白雪が頷いた。

「でも、ゆくゆくはベンチャーキャピタルとして事業性を審査したり」

そして片目を瞑ると

「教育班の誰かさんが趣味で実弾演習やってないかチェックしたりするんです。き・び・し・く♪」

だが、天龍はいつもやられてばかりではなかった。

「あーそうそう、白雪さんや」

「ふふふん。なんですか?」

「バンジーの設備、俺が管理者になったから」

白雪が見事にフリーズしたのを全員が目撃した。

「・・・・は?」

油切れのロボットのようにギコギコと天龍に向いた白雪に向かって、天龍がついっと人差し指を差した。

「俺がバンジーの設備管理者だぜっ!」

白雪がごくりと唾を飲み込んだとき、天龍は

「さぁーて、実弾演習どんだけ計画しようかなー」

「・・・ぐふっ」

天龍は教師用の机の上に足をどかりと投げ出すと、目を瞑り、くいくいと耳かきをし始めた。

白雪が歯ぎしりをしながら応じる。

「演習1回1バンジーでどうよ?」

「だっ・・だめです・・予算・・削」

「設備傷んでるから取り壊すって進言しようかなあ」

「げふうっ!」

「経費節減になるぜー?どーしよーかなー?」

数秒の沈黙の後。

「・・・さい」

「んー?」

「ば、バンジーの・・・設備を・・どうか、維持してください。」

天龍は勝ったと思いながら白雪を見て、ぎょっとなった。

白雪がさめざめと泣いており、村雨、伊168、川内、祥鳳がジト目で睨んでいたのである。

「げっ!?」

「せぇんせ~、白雪ちゃんがカワイソウでーす」

「ちょっとやり過ぎだと思いまぁす」

「経理方に圧力かけてるって青葉さんに知らせてこよっかなー」

「むしろ文月さんに報告した方が良いんじゃないかしら。あとは経理方で書類止めるとか」

慌てて足を下ろし、ガタガタと立ち上がった天龍は

「あ、その、すまん・・いやマジ、ごめんな白雪。そんな気にしたか?じょ、冗談だってば・・」

と、白雪に近寄りながら頭を下げたのである。

伊168がフンと鼻を鳴らした。

「村雨ちゃんが可哀想だからって折角手を尽くしたのに、余計な事するから感謝してもらえないのよ」

村雨が伊168を見た。

「あ、あの、この前私が泣いたから・・ですか?」

川内がやれやれとばかりに肩をすくめた。

「そうだよ。先生ってばさ、龍田さん説得して、私達を面接させて、提督にも説明してんだよ」

「え・・・」

祥鳳が継いだ。

「これから天龍先生も忙しくなるってのに、助手は伊168が居れば良い、お前達は村雨を助けろって」

「そっか。先生、そんな事してくれてたんだ・・・・」

村雨は少し俯いた。

何でハブられたんだろうって思ってたけど、そうだったんだ。

村雨はくすっと笑った。本当に天龍先生は・・・天龍先生ってば。

そして白雪の隣でしきりに謝る天龍と白雪を見た。

先生って本当に不器用で、優しくて、真っ直ぐなんだなあ。

・・・・あ、白雪さんが泣きながらチラチラこっち見てる。嘘泣きに本気で謝られて困ってるのかな?

白雪と村雨達は目と口パクで会話した。

「天龍先生が調子に乗り過ぎたからだし、ほっとけば良いんじゃないの?」

「このまま凹まれても困るじゃないですか」

「むしろ、後でバレたら怖いって所ですね?」

「さすが祥鳳さん、よくお分かりで」

「だったら設備維持しっかりねって済ませたら?」

「それ良いですね」

 

「おぉい白雪ぃ、ほんと悪かったって・・・なんか買ってやるからさぁ・・飴とか」

「うっ、ぐすっ、そ、それじゃあ・・」

「おっ、それじゃあなんだ?言ってみ・・あ、あまり高いのはカンベンな・・・」

「ば、バンジーの・・設備を・・ちゃんと・・維持してくれますか?」

「あぁ。メンテは白雪に任せるぜ。」

白雪は天龍の言葉に、続けていたしゃくりあげも思わず止めてしまった。

「は?」

「俺は管理者だからさ。点検とかメンテとか面倒だし、毎日飛ぶの白雪なんだからやっといてくれ」

白雪は村雨達と視線を交わし溜息を吐いた。管理者とは何か、みっちり説教した方が良いかもしれない。

半日くらいかけて。

「よっし!白雪も泣き止んだところで」

「呆れ果ててるだけです」

「そんな感じだぜ!解ったか村雨!」

村雨は天龍の解りやすいウィンクをジト目で返した。

「結局先生何も説明してないじゃないですか」

「だから説明は苦手だってさっき言ったじゃねぇか。苦手な事は得意な奴に頼む!」

にひひと笑う天龍に、村雨はすいと立ち上がると、

「先生、ありがとうございます」

と、頭を下げた。

天龍は手をパタパタ振りながら

「よせやい、良いって事よ・・・うえっ!?」

天龍が良く見ると、村雨が頭を下げたままポロポロと涙をこぼしていたのである。

 


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