艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(36)

 

赤城達が去った後しばらくして。鳳翔の店。

 

「う・・・」

天龍がそっと目を開けると、見慣れない天井が見えた。全身が筋肉痛だった。

「ぐおっ・・イテテテ」

無理矢理上半身を起こし、鳳翔の店の座敷席だと解った。

周囲では村雨達が天龍を囲むようにすやすやと寝息を立てていた。

「お目覚めですか?」

天龍がゆっくり顔を向けると、鳳翔がおしぼりを手渡してくれた。

天龍はごしごしと顔を拭きながら言った。

「鳳翔が運んでくれたのか?悪ぃな」

「いえ、皆さんで天龍さんを運ばれて、休んでくださいと申し上げたら皆さんすぐ眠ってしまって」

「今は・・何時だ?」

「もうすぐ、食堂でお夕飯の時間ですよ」

「あの後、赤城達は?」

「普通にデザートを平らげて御帰りになりましたよ?」

「・・恐ろしいなあ。あ、食堂が夕食って事は夜の部の開店時間だよな。すぐ撤退するぜ」

鳳翔は首を振った。

「お店を開けられる程食材が無いので臨時休業にしました。ゆっくり休んでください」

「わ、悪ぃ、助かるわ・・・」

「んー」

天龍が下を見ると、ごろんと寝返りを打った村雨の頭が自分の膝の上に乗っていた。

「・・・大活躍だったな。偉かったぞ」

天龍はそう言いながら、村雨の頭をぽんぽんと撫でた。

「えへへへ・・・むにゃむにゃ」

村雨は寝たまま笑うと、再び寝息を立て始めた。

「まったく、お子様だぜ」

そこに、鳳翔が声を掛けた。

「お湯のみと冷たい麦茶を置いておきますね」

天龍が鳳翔を見た。

「・・・なあ鳳翔」

「なんですか?」

「赤城や加賀は、いつもあぁなのか?」

鳳翔は少し考える仕草をしたが、

「食べ放題の時はそうですね。ただ、今日はいつになくオーダーが多かったです」

「えっ!?そうなのか?」

「はい。特にチーズ蒲鉾のオーダーが凄くて・・・フェア用の在庫が切れてしまいました」

「あの2人相手に食べ放題はヤバくねぇか?」

「確かに利益どころか大赤字です」

「だろうなあ・・・」

「でも、それで良いんです」

「えっ?」

「食べ放題フェアをやると、トータルで原材料費位にはなってるんですよ」

「それじゃ大赤字じゃねぇか・・」

「元々こういうフェアは、頂き過ぎた分をお返しし、感謝する気持ちでやってますからね」

「そっか」

「もっとも、全員が赤城さんと同じ量を召し上がるなら、5倍くらいに値上げしないといけないですけど」

鳳翔と天龍はやれやれとばかりに苦笑いをした。

「むにゅー」

天龍はゆさゆさと村雨を揺さぶった。

「ほら村雨、いつまでも俺の膝を占領してんじゃねぇ。起きろ」

「うー?」

「ほら」

むくりと起き上がった村雨は、ぽえんとした表情のまま

「お腹空きました」

と呟いた。

「あんだけ昼飯食っても、夕飯時になると腹が減るんだなあ。ほら伊168、祥鳳も、起きろ」

「zZzzZZ」

「・・・うふふん」

「ぐっすり寝てやがる。ほら川内、夜戦の時間だぜ」

「どこ!?どっ・・痛あっ!」

「怪我したのか?」

「ちっ・・がう・・・筋肉・・痛」

「はいはい俺もだ。他の奴起こせ」

「あーい」

村雨は白雪を揺さぶった。

「白雪さん、白雪さん、夕飯の時間ですよ。起きてください」

白雪はしばらく起きなかったが、やがて物凄くテンションの低い声で

「うー・・・」

と、唸りながら起き上った。

「白雪さんて低血圧なんですか?」

「・・そんな事無いんですが、全身がギシギシ言ってます」

ようやく目覚めた5人に、天龍が声を掛けた。

「うっす、皆、起きたかぁ?」

「起きましたー」

「あちこち痛い・・お風呂入りたい・・」

「筋肉痛ってお風呂入ったら治るかな?」

「治ると思いますけど・・・」

「けど?」

「皆さん、歩けます?」

「・・・物凄くゆっくりなら」

「右に同じ」

「私も」

「アタシも」

「皆、まずは手伝いご苦労さんな。あと、寝る場所を貸してくれた鳳翔に礼を言って帰ろうぜ」

「はーい」

「夕食終わっちゃいますもんね」

「ご飯食べたらお風呂行きましょう」

「だねー」

「皆で仲良く入りますか」

「広いお風呂で良かったね」

しかし、厨房から顔をのぞかせた鳳翔は、

「あ、皆さんのお夕飯作ってるんで、もうちょっと待ってください」

と、声を掛けたのである。

 

「しみじみ美味しいなあ」

「肉じゃがにコロッケ、ひじき、そして豆腐のお味噌汁がこんなに美味しいなんて」

「ほんと、上手い人が作ると普通のご飯でも美味しいわ」

「お店を開ける人のレベルを思い知りますね」

「海苔で巻いたコメすら旨いわあ・・日本人で良かったってじみじみ思うぜ」

天龍達が口々にコメントを発したのに対し、

「普通のご飯を褒められると照れますね・・あの、ありがとうございます」

と、一緒に食卓を囲んでいた鳳翔はもじもじしたのだが、すっと居住まいを正すと、

「今日は本当に危ない所を助けて頂いて感謝しています。ありがとうございました」

と、頭を下げた。

「や、やっぱり普通じゃなかったんですか?」

「うーん、さすがに300を超えるとは思わなくて。200位を予想してたので」

「200でも十分おかしいと思います」

「俺達全員でどれくらい食ったんだ?」

「約100って所ですかね」

「じゃあ赤城達4人で俺達が食い過ぎたと思う量の3倍食ってんのかよ。すげぇなあ」

「い、いえ、あの」

「?」

「赤城さんと加賀さんのお二人で300串です」

全員の箸が止まった。

「ちなみに飛龍さんと蒼龍さんはお一人50串位です。」

「ええと、飛龍と蒼龍の二人で俺達全員分を食ったのか?」

「あと、デザートですね」

「・・・そして加賀や赤城は、二人で俺達の3倍食ったのか?」

「大体」

「じゃ、じゃあ、4人の合計は・・・」

「410少々です」

村雨は目を見開いた。

「・・・よ?!よんひゃくぅぅうう!?」

「そうですよ。大体ですけど」

「そりゃあれだけ運ぶ事になるわけだ」

「御飯もお味噌汁もキャベツも飲み物もわんこそばのようにお代わり頼まれましたしね」

「ちなみに御飯は5升召し上がってました。業務用炊飯器まるまる1つ分ですね」

「ほ、鳳翔ってすげぇなあ」

「何がですか?」

「そんな量の飯作ってたら、俺なら手が痙攣して動かなくなるぜ」

「うふふ、正規空母さんは良く食べると言われますけど、実際は戦艦の方々の方が量は多いんですよ?」

「えええっ!?」

「ど、どれくらい・・なんだ?怖いけど聞きてぇ」

「串カツだけなら御一人で200を超えるでしょうね」

「ひえええ」

「でも、そういう召し上がり方はされないんですよ」

「というと?」

「例えば金剛さんなら、前菜で鳥のささみ入りサラダ山盛り、メインはステーキを5ポンドと鉄板焼き」

「デザートはホールケーキ、そして食後のラスクと紅茶」

「ひええええ」

「多分皆さんの感覚だと、食後のラスクだけでお腹一杯かと」

「うそだろ・・・」

「長門さんなら炊き合わせ野菜と冷奴を副で、主がすき焼き鍋とお刺身に生卵は5個位、ご飯はおひつで数回」

「デザートは羊羹半分と渋茶という感じですかね」

「は、半分て?」

「間宮羊羹の半分です」

「ひぃぃぃぃぃ」

「それで、軽めです」

「あわわわわわ」

「毎日それだけ用意してんのかよ・・しんどくないか?」

「うちは大和型の方がおられませんから楽な方です。数多く手際良く用意するのは実戦あるのみです」

白雪は鳳翔の手を見ながら言った。

「職人の手ですね」

「料理は力仕事ですから、どうしても皮膚が荒れて固くなってしまいます。お恥ずかしいですね」

「よっし!全員箸を置け!」

天龍の声を合図に、村雨達が箸を置き、ビシリと背筋を伸ばす。

きょとんとする鳳翔。

「えっ?」

「一同、礼!」

「いつもありがとうございます!」

「今日は骨身に沁みて鳳翔さんの苦労が解りました!」

「これを毎日なんて私なら倒れちゃう」

「本当に感謝いたします」

「美味しいご飯をありがとうございます!」

「こいつらの言う通りだ。鳳翔、いつも本当にありがとな。苦労が良く解ったぜ」

鳳翔はそっと涙を拭いながら笑った。

「・・・はい。ありがとうございます」

 

 


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