艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(29)

 

白雪が魔お・・・おほん、種明かしをし始めた食堂。

 

白雪は説明を続けた。

「2週間前、授業で村雨さんがバンジーする事になったじゃないですか」

川内が確認した。

「恐怖を吐き出す練習の?」

白雪は頷いた。

「そうです。あの時天龍さんが文月さんに申請するのを嫌がって、私達に行かせたじゃないですか」

天龍が天井を睨む。

「んお?そうだっけ?」

白雪が眉をひそめた。

「すっかり忘れてやがりますね」

祥鳳が先を促した。

「それでそれで?」

白雪は咳払いを1つすると、先を続けた。

「その時、どうせ締切が近いんだからと、ついでに村雨さんに応募用紙を書いてもらったんです」

村雨はやっと合点が行ったといった表情をした。

「あ!だからやたら書類が多かったんですね!私バンジーするのになんで略歴が必要なのか不思議だったんです!」

白雪は頷いた。

「村雨さんに実務練習をと天龍さんが言ってたので、丁度良いかなって」

伊168は頷いた。

「・・そうだよね。エントリーシートは自筆署名が要る筈だし」

川内が笑いながら、

「タイムスリップ出来んだから筆跡くらい偽造出来るよねって思ったよ!あっはっ・・ごめんなさいすみません」

川内を射殺した視線を元に戻した白雪は

「・・・で、受験票が昨朝教室に届けられて私が受け取ったのですが、あの騒ぎがあったので」

伊168は溜息をついた。

「そうだよね。あれ、昨日の事だもんね・・・」

村雨が腕を組んだ。

「最近1日が濃過ぎるよね」

白雪は肩をすくめると

「まぁそういうわけで、村雨さんに今手渡しました。あんみつは実務練習の手間賃として美味しく頂きました」

天龍は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「ぐ!」

白雪はわざと満面の笑みをたたえた。

「とっても美味しかったです」

天龍がべそをかきながら財布を開いた。

「ち、ちくしょう。助かったとはいえ大損害だぜ・・」

白雪は人差し指をぐいと立てると、

「悔しかったら今度からご自分で手続きに行く事ですね」

天龍はハッと気付いたようにニタリと笑った。

「ふっふっふ。あの時とは違うぜぇ、白雪」

「・・・なんですか?気味悪い」

「あの時は確かにお前は受講生、俺は教師だから俺が行くのが当然だったが、今はお前は助手だっ!」

「!!!!!」

「だから俺は遠慮なく、助手に上司として指示すればいいのだぁ!」

白雪はまだまだという表情で首を振った。

「・・・天龍さん」

「ふふん。なんだ?」

「助手になりたてなので、仕事のやり方を教えてくださるんですよね?」

「へ?」

「なったばかりの助手に教えもせず一人でしてこいなんて「サイテー」の上司じゃないですよね?」

途端に天龍の表情が曇った。

「えっ、だって、お前の方が上手・・」

伊168が頬杖をつきながらいった。

「ヒドイナーカワイソーダナー」

「伊168、ものすげぇ棒読みじゃねぇか。こっちの味方になってくれよ」

「実際の話、アタシは知らないから御手本見せてよねっ」

「おう、だからそれは白雪に・・・」

白雪が天龍をジト目で見た。

「・・・」

「しっ、しら・・・ゆき・・・に・・」

一歩も引かぬ白雪。

「・・・」

「た、頼むぜ白雪ぃ・・助手なんだろぉ」

ますます目を細める白雪。

「・・・」

天龍はがくりと頭を垂れると、

「お願いします白雪様」

白雪が勝ち誇った顔で

「仕方ないですね」

と、とどめを刺した。

村雨は白雪を見て思った。仕事が出来る能力は時として武器になるのだと。

しかし、ああいうギリギリの駆け引きはどうやって学べば良いのだろう。

 

 

翌日。

 

白星食品のゲートで白雪から貰った受験票を差し出すと、村雨はざっと敷地に入って行った。

いよいよテスト当日。落ち着けば大丈夫。大丈夫。

 

SPIは何度もやった内容が出て来たので、1つ1つ冷静にこなしていけた。

昼御飯は出されたお弁当で1つ1つのおかずに感嘆しながら、ひょいひょいと箸を進めた。

そして昼休みが終わる頃。

応募者が集まる待機所に、社員と思しき作業服を来た人が入ってきた。

途端に場が静まり返る。

 

「えっと、今から名前を申し上げます!」

村雨は一気に血圧が上がった。もうSPIの採点が終わった?午後は全員受けられないのか!?

「・・さん、OOさん、△Oさん、△△さん、□×さん、□□さん、××さん。以上の方は・・・」

村雨はギュッと目を瞑った。自分の名前が呼ばれなかった。泣きそうになりながらカバンに手をかけると

「・・・お帰りください」

えっという顔で社員を見ると、社員は厳しい顔で

「呼ばれた方以外は5分以内に2Fへ上がり、自分の受験番号が書かれた面接会場控室に入ってください」

というと、足早に去って行った。

村雨は片付けてから喫食したのですぐ席を立ったが、慌てて仕舞う子、泣きながら会場を後にする子が入り乱れた。

階段を登りつつ、これはプレッシャーをかけるテストなのか、これが規律なのか判断に迷っていた。

こういう時、白雪ならどうするだろう。

 

第21面接控室と書かれた部屋に、村雨の受験番号ともう1つの番号が書かれていた。

そっと部屋に入ると自分が最初だったが、奇妙な事に気が付いた。

椅子が無い。

ちら、ちらと部屋の中を探しても、椅子が無い。

外の廊下には右往左往する受験生以外、社員らしき姿はなかった。

変わってるなあ、本当に無いのかなあと思案していると、受験生らしき小さな女の子が1人入ってきた。

その子は戸口に立った途端、緊張した面持ちで

「失礼しますっ!今日は面接、よろしくお願いいたします」

と言って頭を下げた。

村雨は手をぱたぱたと振った。

「あ、あの、私は会社の人じゃないんです。面接受けに来た方です」

すると、入ってきた子は恥ずかしそうに

「あ、あの、すいません。私そそっかしくって」

と言って舌を出した。

村雨はその子の脇に歩いていくと、励ますように言った。

「大丈夫だよ、一緒に待ってようね」

「あ、ありがとうございます・・・ええと」

「どうしたの?」

「椅子・・・無いんですね」

「そうなの。控室なのに椅子が無いって珍しいわよね」

「長く待つ事になったら足がしびれちゃいますね」

村雨は顎に手をやった。長時間立たせるのが目的なら、何の為だ?

入ってきた子は

「あ、あの、変な事言っちゃったでしょうか」

「ううん、なんで椅子が無いのかなって私も思ってたんだ」

「普通、ありますよね」

「ねぇ、何で無いのか一緒に考えてみない?」

「え?あ、無い理由、ですか?」

「そう!だってここ、白星食品だよ。凄い人達が運営してる会社なのに、用意し忘れてるって変じゃない?」

「そ、そうでしょうか・・」

「だって、机はきっちり置いてあるよ?」

「だからこそ・・たとえば1F控室の椅子が足りなくて急遽持って行ったとか」

「そうね」

あっさり認めた村雨に、その子は慌てて

「ふえっ!?わ、私は、あ、あの、可能性を」

「うん。それも可能性。何も解んないんだもん、可能性も多くて良いよね!」

「あ、は、はい」

「んー、置き忘れを言われちゃったから・・待って」

そういうと村雨は手帳を取り出し、1ページ破ると、1行目に

「1Fの椅子が足りなくて持って行った!」

と、書いた。

「よーし、呼ばれるまでどんどん交互に言ってこう!」

すると、その子はぱあっと明るい表情になり、

「面白そうですね!」

「よし!じゃあ私は・・・工場で働いてる人の気持ちになってみる為!」

「工場、の?」

「そう。前に見学会に参加した時、工場の人は立って仕事をしていたわ。てことはあまり座れないって事でしょ?」

「そうですね・・」

「だから、ちょっとの時間で音を上げないか見てるとか!」

「ふえっ!見張られてるんですか!?」

「解んないけど、可能性」

「可能性・・」

「じゃ、貴方の番!」

「ええとええと・・・じゃあ、元から立って会議する部屋である!」

「おおっ!それ面白いね!んじゃー・・・」

 

 




計200話だそうです。

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