村雨が倒れそうなくらいの空腹でたどり着いた食堂で。
「麻婆丼、大盛りお願いしますって言ったら具も大盛りになりました!」
村雨がキラキラとした笑顔で丼を見つめている。
「良かったな・・うん、喜びとヨダレがダダ漏れだぜ。せめて全員揃うまで待て・・後ちょっとだから・・」
「今日はミックスフライ定食のフライをダブルにしてもらいました!」
「祥鳳が最初からお代わりなんて珍しいな」
「私も村雨さんとお揃いで麻婆丼の大盛りにしました!」
「白雪って、地味に良く食べるよな」
「地味にってなんですか?」
「そういう印象が無いからさ」
「そんな印象が付いちゃったら乙女として良くないじゃないですか」
「バンジーに関しては?」
「最高ですけど?」
「それだけかよ!」
「朝飛んでも昼飛んでも夕方飛んでも夜飛んでも最高です」
「・・・・どれだけ好きなのかよーく解ったよ」
「お待たせ!ごめんね!」
「おっ、今日の麺類は豪勢なカツが乗ってんなぁ!」
「パイコー麺だよ!贅沢して大盛り頼んじゃった!」
「へぇ・・俺もそれにするかなあ」
「あら天龍さん、皆さんに狙われてないですか?」
「ま、間宮さん、あのさ、なんつーか、それ、誤解される・・・・」
「ども青葉です!天龍さんが狙われてるそうですけど、入院前に抱負を一言お願いします!」
「俺じゃなくておかずだっての」
「おかず狙われるんですか?」
天龍は数秒天井を睨んだのち、
「間宮さん、俺もパイコー麺!大盛りで頼むぜ!」
「あっ!もう少し!もう少しコメントを!」
「拒否!」
「ひどっ!」
「ごちそうさまでした~」
天龍がにっと笑うと、
「よぅし、これで村雨対策が1つ解ったぜ!」
「うー」
何故村雨が唸っているかと言えば、パイコー麺のカツを奪取出来なかったからである。
天龍は普通にするすると食していたのだが、村雨は麻婆丼を一口運んだ途端、
「あっ!熱っ!あっつ!」
といい、慌ててレンゲで小さく掬い直すと、ふぅふぅと冷まして食べたのである。
今日は丼、それもトロッとした麻婆餡だったが故に、いつにも増して熱かったのだ。
そして大盛りという事で、食べるのに時間がかかってしまった。
ゆえに普通に食した天龍の方が先に食べ終えていたのである。
「村雨には今度から熱い物を食わせよう。餡かけ焼きそばとか鍋焼きうどんとか」
「べーっだ!夏場にそんな熱い物、間宮さんは置きませんよーだ!」
しかし白雪はナプキンで唇を拭くと
「いえ、ありますよ?」
「なっ!?」
「夏こそ熱い物で涼しくなろうって、餡かけチャーハンとか、シャハンメンとか」
「あー、そういやあったなぁ。頼まなかったけど」
「今年の夏は頼む事が増えそうですね」
「なっ、なんで・・だよ」
「だって、村雨さんが猫舌と解ってて頼むはずが無いじゃないですか」
「げっ」
「ですから盗られないようにするためには、天龍さんが熱いのを頼むしかないと」
「そっ・・・そんな・・・俺、天ざる大好きなんだけど・・・」
すると村雨だけではなく、伊168と川内も
「大好物です!」
「あたしも好きだよ!」
「天ぷらはかすめ盗る物よね!」
と、力強く応じた。
俺は天ざるの時は絶対こいつらと相席しねぇと天龍は窓の外を見て思ったが、ハッと気付いたように
「ああっ!忘れてた!」
と声を上げたので、他の5人はぎょっとした表情で天龍を見た。
「天龍さん・・何を忘れてたんです?」
「今言ったことを間宮さんに言いつけるとかナシですよ?」
だが、伊168が
「まさか村雨ちゃんの受験応募してないとかじゃないよね~」
と笑って手を振ったのに対して
「・・・・その、まさか・・・だ・・」
と、弱々しく答えた。
天龍は両手で頭を抱えると、
「ど、どうしよう・・・締め切りは先週とっくに終わってるし・・・」
といいながら、頭をガリガリ掻いた。
最初は冗談かと思っていた伊168と村雨は、次第に天龍が本気で困ってる様子に気づき、
「え・・・」
「ほ、ほんとに・・・明日受けられないんですか?」
と、オロオロしだした。
白雪は食後のお茶を啜ろうと湯飲みに伸ばした手を引っ込めると、
「ええと、天龍さん」
「うわーどうしよ、どうしよう・・・あぁ、こんな事なら・・・・」
「天龍さん」
「なぁ白雪どうしよう?ビス子に頼んだら入れてくれっかなあ?」
「ビス子って呼んでるんですか?」
「そんな事は今めっさどうでも良いだろ。一緒に考えてくれよぉ・・・」
何かを言いかけた白雪はくすっと笑い、
「スーパーデラックスあんみつ食べたいなあ」
「それ食ったら何とかしてくれるか白雪!?」
「良いですよ~」
「よっし!待ってろ!」
白雪はスーパーデラックスあんみつを最後の一口まできっちり食べると、けぷっと息を吐いた。
「んふー、大満足です~」
「で、で、どうすんだ白雪!夜中に受験者リスト偽造すんのか?俺達は何すりゃいいんだ?」
じっと見つめる5人に、布巾で手を拭いた白雪は、携行しているメモ帳から紙切れを取り出した。
「じゃーん。はい、村雨さん」
村雨が受け取った紙きれを見ると、自分の名前が書かれた受験票だったのである。
5人は凍りついた。
「ど、どんな魔術使ったんだ白雪?」
「簡単ですよ、手続きを締め切り前にしたんです」
天龍の頭の回路が暴走した。明らかに時間軸に矛盾がある。
え?俺が困ったのはさっきで、締め切りは1週間前で・・え?あれ?
伊168がある結論を導きだし、そっと呟いた。
「やっぱり白雪ちゃん・・・ついに・・・そんな能力を・・・」
白雪が無表情になった。
「なんかすごく失礼な想像してませんか?」
祥鳳がわたわたと左右を見た。
「に、にににニンニクと銀の5寸釘・・・あとは鮫の頭と紅葉の葉っぱを床の間に飾るんだっけ・・・」
「私は吸血鬼でも鬼でもありません。それに全体的に間違えてます」
川内は両手を組んで目を閉じ、何やら呟いていたが、
「・・・・オンカカカビサンマエイソワカ!はぁっ!怨霊退散!」
と、白雪の額にお札を張り付けたのである。
だが、白雪は淡々と札を剥がし、
「私は怨霊じゃないです」
と言ったので、川内はぐっとのけぞり、
「うぬおうっ!なんと強い物の怪だ!札を自力で剥がすなんて!」
と、言った。
白雪の額についに青筋が浮かんだ。
「・・・良いから話を聞きやがれ」
5人はザッと居住まいを正した。
「タネは簡単です。実務練習ですよ」
天龍は首を傾げてぽかんと反芻した。
「じつむ・・・れんしゅう?」
白雪の額にもう1つ青筋が浮かんだ。お前コノヤロウ。
眉をひそめ、考えていた村雨は、
「うーん?何か聞き覚えが・・・・あ、あああああっ!」
と、手を打った。
「何々?何それ!やっぱり白雪ちゃんタイムスリップ出来るの?」
「魔術にしては事務的な名前だよね!さすが元事務員!」
「村雨ちゃんは生贄役?」
「村雨ちゃんも悪魔なの?」
白雪がドズンと拳でテーブルを叩いた。
「そろそろ、アタシが悪魔説、止めろ」
こくこくこくと5人が頷いた。魔王を怒らせたら喰われる。