3月28日昼過ぎ、大本営
中将がイライラした様子で紙巻き煙草を吸いながら提督を待っていた。
今日という今日はあの提督に人並みに出撃しますと約束させねばならない。
連日のように遠征と演習に明け暮れてほとんど出撃させない、あの提督に。
同じ用向きで呼び出したのは1度や2度ではない。
深海棲艦に占領される海域は増える一方で、高練度の艦娘はあらゆる戦場で喉から手が出る程必要とされている。
それなのに。
程なく、時刻通り到着した提督に中将は待ちかねたとばかりに口撃を浴びせた。
「育てたのなら使ったらどうだ。艦娘も出番が出来て喜ぶであろう?」
「貴様は鎮守府を林間学校か何かと勘違いしておるのではないか?」
「彗星は練習機ではない。今この時も皆は戦っているのだぞ!」
「正規空母や戦艦を擁する艦隊なら南方海域位行けるだろう!」
なだめすかし、怒鳴り、交渉を持ちかけ、あらゆる手札を出しながらの1時間半が経過した。
肩で息をしながら提督を見るが、提督は押し黙ったまま。変化の兆しは微塵もない。
椅子に腰掛け、引き出しを開けて薬を取り出した。
机の上にある水差しから一杯注ぎ、錠剤と共に一息で飲み干す。
血圧の薬、胃の薬、頭痛薬。私の方が倒れそうだ。
部屋に初めての静寂が訪れる。
例の出来事、そして遠征の成果として貴重な資源を運び続けている事を鑑みて辛抱強く待ち続けた。
しかし、他の司令官まで出撃を控え始めた以上、もはや一刻の猶予も無くなった。
最後の札を切る。受け取るも戻るも提督が決めれば良い。
いや、出来れば引き返して欲しい。今ならまだ間に合うのだから。
「提督」
「はい」
「貴様にソロル泊地への異動を命ずる」
「拝命いたします。随伴艦は第1艦隊を所望します」
「ならぬ。全艦娘、転属先はこちらで決める」
「全艦娘、ですか?」
「そうだ。もう1つ。ソロル泊地には工廠も含めて設備は整えているが、艦娘はおらぬ」
「一人もですか?」
「そうだ」
提督は目を細め、溜息をついた。
鎮守府近海にも深海棲艦が出没する以上、提督の護衛役をかねた秘書艦は必ず用意される。
居ないという事は、つまりそういう意味だ。
設備とやらも推して知るべし。
噂の意味はこういう事かと合点がいく。
もはやこれまでだ。覚悟はずっと前に出来ていたじゃないか。
「いつ出発でしょうか」
「31日だ。着任は4月1日付とする」
「船は」
「31日夜で手配済みだ。」
用意のいいことだ。大破した輸送船か何かか?
「1つだけお願いがあります」
「なんだ」
「我が鎮守府からの出航をお許しください」
「・・・よかろう。異動の用意を済ませておくように」
「ありがとうございます」
「提督」
「はい」
「本当に異動を受けるのか?この場でなら取り消せるが」
「・・・今まで、ありがとうございました」
提督が退出した後、中将に人影が歩み寄った。中将の秘書艦、大和だ。
「ソロルへの移動艦船に指名はありますか?」
「いや。ただ道中での轟沈はまずい。往復とも護衛もつけろ」
「かしこまりました。上陸時の携行物資は?」
「いつも通りだ。短期間の食料と、銃。自害出来るように扱いの簡単なものを」
「承知しました。準備に入ります」
大和も一礼して部屋を出ていった。
大和が出て行くまで目を伏せていた中将は、そのままどうっと椅子の背に身を預けた。
またこの結末か。
おもむろに目を開け、目の前の灰皿にある吸い殻をまとめながら思いを巡らす。
あれの意味が解らぬほど、提督は馬鹿ではない。
それでも元通り出撃するとは最後まで口にしなかった。
あの日までは育成と出撃を組み合わせた平均以上の司令官だった。
中将の目つきは次第に険しくなり、吸殻を押し付ける手に力がこもる。
だから艦娘に必要以上の思い入れをしてはいけないと厳命していたのだ。
そういう司令官の方が優秀な艦娘を育てあげる事は多いが、必ずあの末路を迎える。
民間から徴用した司令官が何人も廃人になれば世間が騒ぎだす。
今後司令官がますます必要な時に、徴用が停滞するような事態は避けねばならない。
司令官は直接戦闘をするわけではなく、世間にもその旨説明しているから戦死は疑われる。
残るのは自決か、艦隊不在の鎮守府を狙って深海棲艦が襲うか、工廠の爆発事故等による不慮の死だ。
工廠を壊すと妖精が怒るので取れる策は2つだけ。お膳立てをすれば大抵前者を選ぶ。今までの連中はそうだった。
もう何人この手で死に誘った事だろう。
碌な死に様にはなるまいが、全てはお国の為。許してもらおうとも思わない。
だが、だがしかし、優秀な艦娘を育てつつ、司令官が廃人にならない方法は無いのだろうか。
ぺしゃんこに押し潰した吸殻を指で弾くと、新しい煙草に火をつけた。
深く吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き、呟いた。
「お別れだ、提督」
中将が紫煙をくゆらせ始めた頃。
指示を出し終えた大和は周囲に人影がない事を確認すると、すっと通信棟に消えていった。
長門が首を長くして連絡を待っているはずだ。事は急を要する。
3月29日深夜、鎮守府
「ふぅ、疲れたなあ」
隼鷹は工廠で額に浮かんだ玉のような汗をぬぐった。時間は午前1時を回っている。
「普段なら晩酌も終わってる時間だよ、まったく」
隼鷹の目の前には建造用の機械があり、全て稼働している。
隼鷹の背後には不自然に床から突き出た土管があり、水面が見えていた。
ふいに、その水面から空気の泡がぷくぷくとあがり、水面が揺れた。
「ぷはぁ!」
滴る水もそのままに、土管から出てきたのは伊19だ。
「うんしょ、よいしょ」
そのまま肩から外した紐を引っ張ると、土管から幾つかの箱が顔を出した。
「おぉ、イク、おっつかれさん!」
「隼鷹、資材どこにおけば良いの?」
「機械の傍。入れやすいから」
「了解なの~」
本来、工廠には出入口があるし、資源は運んできた艦船が港から運び入れる。
しかし、この資材は本来行っていない筈の艦隊が運び、ここには無い筈の物だ。
隠密裏に運び入れる為、突貫工事で作られた海中通路を使い、潜水艦娘が交代で運び入れている。
運び終えると、すぐさま伊19は土管に向かった。
「じゃあイク、行くの!」
「よろしくな」
水音も立てず、あっという間に潜行する姿を追う隼鷹。
「敵に回したくないねえ・・と?」
気配に振り向くと、妖精が裾を引っ張っていた。
機械に視線を向けると、自分そっくりの姿をした艦娘が居た。
隼鷹はニヤリと笑う。
「良いねえ。意外とアタシ、やるからね」
別の妖精が手に持っているリストをたどり、「隼鷹」と書かれた欄に印を付ける。
リストには空欄がまだまだ目立っていた。
隼鷹は柱の時計を見やる。長門が交代に来る2時にはまだ時間がある。
「よし、次に行きますか」
空っぽになった機械の前に立ち、資材を手に取る。艦娘が必死に運んだ資材だ。
建造の妖精は気まぐれだ。必要なものが得られなければ資材は丸々ロスになる。
ぎゅっと目を瞑り、ぱっと開く。考えたって仕方無い。間に合わせるしかない。
「パーッといこうぜ~。パーッとな!」
「隼鷹さん、声が大きいですよ」
口に人差し指を当てながら注意したのは瑞鳳だ。
瑞鳳の目の前には装備開発用の機械があり、こちらも休み無く機械を動かしている。
「10,10,251,250・・・よし、電探頂きっ!」
3月29日深夜、某海域
周囲を海に囲まれた島の砂浜で、加賀は制服の男と取引をしていた。
「33号対水上電探4台。確認してください」
「やぁありがたい。うちの艦娘じゃ上手く出せんのだ」
「そちらもお約束の物を」
「ああ。高速建造材20個、ボーキサイト、燃料、鋼材、弾薬1500ずつだ」
「確認しました」
「では撤退するか。上手くやれよ」
「ありがとうございます」
男が去った後、岩影から2つの影が現れた。
天龍と龍田だ。
「加賀ちゃん、お疲れ様~」
「これで今夜の分の交渉は全員終りました」
「おい、もう運んで良いのか?」
「ええ、全てお願いします」
「よっしゃ、チビども出番だぜ」
すると更に幾つもの小さな影が現れた。駆逐艦娘達だ。
「チビどもじゃなくて、一人前のレディとして扱ってよね」
暁が拗ねた声を出すが、その実てきぱきと輸送準備を進めている。
草むらに隠していた他の取引分も合わせると凄まじい量だ。
「準備完了、なのです!」
加賀がインカムに語りかける。
「周囲はどう?」
「探索結果周囲異常なし、深海棲艦も確認できません」
「ありがとう」
報告を聞いていた天龍が右腕を突き上げる。
「よし、出発だ!」
書類に目を通す加賀、資材を輸送する駆逐艦達、その周辺を警護する重武装の軽巡や重巡。
その数数十隻。
時刻は既に30日の2時を回っている。夜明け前に帰港しなければならない。
巨大艦隊が一糸乱れる事なく、静かに鎮守府に向けて出航した。
中将も悩んでるようですが。
さて、書き溜めたのはここまで。
まとめて・・・いけるんだよね、これ(滝汗)
時刻関係の追記と、幾つかの活字ミスを訂正しました。