艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(27)

 

村雨が轟沈の経緯を説明した午前、教室棟。

 

 

村雨は言い終えて、何度も深呼吸をしていた。

楽しかった鎮守府の生活。そう自分に言い聞かせ続けた記憶。

だから、轟沈理由である、この部分の記憶は自分にとって不都合だった。

この部分さえなければ、とても楽しい鎮守府の、大切な、幸せな生活の思い出だから。

そして、これを口にするのを躊躇い続けたのは、もう1つ理由があった。

深海棲艦になった後、1度だけ、信じていた友達にこれを言った事があった。

その時、全てを聞いた友達は、友達と思っていた子は、自分に向かってきっぱりと言い放った。

 

 LV90にもなって反撃出来なかったの?

 そんな事だから沈められたんだよ。

 しっかりしなきゃダメだよ。

 

私は硬直した。そしてその子と一気に疎遠になってしまった。

なぜなら、自分が遠い海域に逃げたから。

それから長い時間、毎日ずっと泣いて過ごした。

 

 私が悪かったのか?

 どうすれば良かった?

 あんな殺意を持った目で友達から睨まれる状況を予想して生きて行けと?

 私がしっかりしてなかったの?

 

 沈められたのは・・・・

 

 沈められたのは、私が至らなかったから、当然の事なの?

 

涙が枯れ果てた頃、私は1つの選択をした。

もう2度と、轟沈の経緯を誰にも話すまい、と。

そしてこれらの記憶を封印し、楽しかった頃の記憶だけを思い返し、いつか討たれる日まで過ごそうと。

 

「・・・・さん」

村雨は目を瞑ってこの苦い部分を思い出していたので反応が遅れたが、次第に外の様子に意識が向いた。

「・・です!そこを黙っちゃダメです!村雨さん!」

ぎょっとして目を開けた村雨を、伊168と白雪がゆっさゆっさと揺さぶっていた。

あまりに強く揺さぶられているので、村雨は目を白黒させた。

 

「え?え?私、全部言いましたよ?」

 

伊168が般若のような怖い顔で睨み付けた。

「違う!今!今考えてた事!」

「え?え?え?」

 

白雪が村雨の頬を挟んで自分に向かせ、

「私達の前に、誰に言って、何て言われたんです!そこが大事なんです!」

 

村雨は目を見開いて凍りついた。

これこそ絶対に誰にも言ってない筈の、知られてはならない、最も言いたくない、恥ずかしい、苦しい記憶。

白雪ははったりをかましてるに違いない。絶対そうだ。言えない。これだけは、これだけは・・・・

だが、白雪はとどめを刺すかのように、村雨の目の前に人差し指を突き付けて怒鳴った。

 

「裏切り者のクソ野郎が、お前に何したか喋っちまいな!」

 

村雨はショックに耐え切れなくなり、催眠術にかかったかのように焦点の定まらない目になった。

ぽかんと開けた口はしばらく動かなかったが、その間中白雪は村雨の肩を揺さぶりながら

「喋れ!喋れ!喋ってよ!それが貴方の心を傷付けてる原因なのよ!」

と怒鳴り続けた。

 

村雨は一見、無反応のようだった。

しかし、やがて体がガクガクと震えだすと、

「なんで・・私が・・悪いのよ・・・」

「言えっ!なんて言われたの!なんて!」

「・・そんな・・レベルにもなって・・なぜ反撃出来なかったのって」

「他には!」

「そ、そんな事だから・・沈められたんだって」

「後は!」

「・・・・あ・・・・あ・・・・あ」

「それ!吐け!吐いちゃえ!!」

「し、しっかりしなきゃ・・だめだよって」

「全部言ったかっ!」

「もうない・・これで・・全部・・言っ・・」

すると、村雨は目を瞑り、双眸に一杯の涙を溜め、

「うわぁあぁぁぁああん!ひっ、酷いよっ!酷いよぉぉおおぉぉぉぉおお!!!!」

と、堰を切ったように大声で泣き出したのである。

「よし!良く言えた!言い切ったわね!」

伊168が村雨の頭をぎゅっと引き寄せると、村雨は伊168にしがみ付いて大声で泣き出した。

 

天龍は祥鳳をチラリと見た。

祥鳳は形は違えど、抉るような言葉で傷ついた身の上だ。

村雨の様子を見て、フラッシュバックしないかと心配だったのだ。

祥鳳は伊168にすがりついて泣き続ける村雨を優しい顔で何度も頷きながら見ていた。

小さく息を吐きながら、天龍はメンバーを見回し、一番手が必要な人の下に歩いていった。

「・・よく頑張った。ありがとよ」

背中をさすられた白雪は、ぜいぜいと肩で息をしながら、

「じょ・・助手の初仕事・・キッツイです・・」

と、答えたのである。

 

 

1時間後。村雨はようやく落ち着いてきた。

 

「なぁ村雨」

「ひぐっ・・な、なんでしょうか」

「随分ひでぇ事言われたな」

ウサギのように真っ赤になった目で天龍を見返した村雨は

「ほっ、本当に・・さっき、気付きました」

「何をだよ?」

「私・・どっちも友達だと思ってたんです」

「うん」

「友達が、それも、親友って思った友達が、殺しに来る筈無い、酷い事を言う筈無いって」

「ああ・・」

「だから、私は殺されて、酷い事を言われて、色んな思いを、全部無理矢理蓋をしちゃったんだなあって」

「・・そっか」

「そうでないと、自分がその人を友人と判断したっていう、見る目の無さに気付いてしまうから」

「・・・」

「さっき、伊168さんと白雪さんがこじ開けてくれなかったら、きっと、もう二度と、誰にも言えなかった」

「・・・」

「蓋を開けられて、あらゆる押し殺した思いを言えて、わんわん泣いたら・・・」

「泣いたら?」

村雨が頬を染めてお腹を抱えると、くるるぅと鳴った。

「お腹が空きました」

天龍と村雨は互いを一瞬見つめ、ぶふっと吹き出した。

「はっはっは!腹に溜まった思いを吐き出したら腹が減ったか!違ぇねぇ!そりゃ良いや!」

「わっ!笑わないでくださいよ~」

白雪は、そんな村雨のぽんぽんと背中を叩いた。

「もうすぐお昼ですから我慢しましょうね~」

伊168は無言のまま、ずっと村雨の手を撫でていた。

「伊168さん、何か思う所が?」

白雪の言葉に伊168が軽く俯いたまま、

「なんで、その子はそんな追い打ちをかけるような事を言ったのかなあ・・・わかんないや」

「・・・・」

天龍が床を見ながら、そっと口を開いた。

「人は他人を理解出来ると思ってるが、そんな筈が無いんだ」

5人はじっと天龍を見た。

「なぜって、お前はお前を全部理解しているか?私は解らん。自分も解らんのに、他人が解る筈がない」

天龍は顔を上げると、

「だから知った風に悟るのは良くないし、考えが解らない人が居て当たり前で、何も落ち込む事は無いんだ」

天龍はそう言って肩をすくめると

「・・って、あの提督に言われたよ。随分前にな」

白雪が顎に手をやると、

「・・・あの提督は、時折、深いですね」

天龍が頷いた。

「普段は抜けてるけどな」

一番素直に5人が頷いた時、昼を告げる鐘が鳴った。

 

「ご飯!」

「お昼!」

「日替わり!」

「定食大盛り!」

「おかず戦争!」

 

急激に目が輝く面々に溜息を吐きながら、

「解った解った。そんじゃ、ランチ食べに行こうぜ!」

と、天龍は腰を上げた。

 

 

 


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