艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(25)

村雨の入社試験が明日に迫った朝、教室棟。

 

「おはようござい・・ます」

ガラガラと教室のドアを開けた白雪は意外な光景に声が詰まった。

ドアを開けた後に挨拶をするのは大本営時代に教えられた結果であった。

そして普段、この教室に最初に来るのは自分であり、返事は無かったのだ。

ところが、今朝は違った。

「おはようございま~す」

明るく返事を返したのは、村雨だった。

 

「・・・今朝は早いんですね、村雨さん」

「はい!朝食も早く食べちゃったので、来ちゃいました!」

「明日になっちゃいましたね」

「ほんと、あっという間の3週間でした」

「特に先週は・・・毎日大変でしたね」

一瞬白雪は村雨をチラリと見て、すぐに目線を逸らしたのだが、村雨はジト目になると、

「・・・・私が来たからって言いたいです?」

「いえ、そうではなく、本当に、もう時間が無いなと」

村雨は白雪の言葉を反芻した。

「・・・時間が・・無い?試験対策はちゃんと・・・」

白雪は村雨の前の席に腰を下ろした。

「村雨さんが来た時、明日まで3週間、普段通りの時間があると思っていたんです」

「まぁ、そうですよね」

「ところが実際は、ちゃんと出来たのは2週間弱で、後は私達それぞれの事で邪魔をしてしまいました」

「邪魔だなんて、そんな」

「事実上1週間は、出来事そのものや、その後の思い出話で終わってしまいました」

「そ、そりゃ、あれだけの出来事だったから・・・ソロル新報も号外や特大号がバンバン出ましたし」

白雪が村雨を真っ直ぐ見た。

「私は、天龍組の皆さんにも、この鎮守府にも大きな借りがあると思ってます」

「・・・」

「ですから、村雨さんの事も、きちんと解決してあげたい」

「白雪・・さん」

「私が2週間前に申しあげた事、村雨さんは覚えていますか?」

村雨は目を瞑った。

 

 「貴方が残り時間ですべき事は、恐怖を吐き出す事です」

 

白雪はまだ1回も話した事が無い私の、最も奥にある問題をさくりと見つけたのだ。

「恐怖を・・吐き出す、ですよね」

白雪が小さく首を振ったので、村雨があれっと思い、問いかけようとした時。

 

「おーす、おはよう白雪・・・って、村雨早ぇなぁ!感心感心!」

天龍が盛大に欠伸をしながら入ってきたが、村雨の姿を見つけて目を輝かせた。

「伊168の奴が時間ギリで飛び込んでくるのは何度言っても直らねぇが、村雨は真人間になったな!」

カッカッカと笑う天龍の背後から

 

「へー、私は真人間じゃないんだ、そーなんだー」

 

という、絶対零度の視線を放つ伊168の声がした。

村雨が戸口を見ると、川内と祥鳳と伊168が揃って天龍の背後に立っていたのである。

天龍が笑った表情のまま凍ったのは言うまでもない。

 

「きょ、今日は・・あれだ・・じゅ、15分前に全員揃うなんてなぁ・・良い日だなっ・・と・・」

天龍がそっと伊168を見たが、伊168はあきらかにツンツンしている。

祥鳳は小さく肩をすくめると、口を開いた。

「もう少し、時間に余裕を見て揃う方が良いと思いますよ。登校時間も決まってるんですし」

「時間丁度に正確に行動するのは軍事行動として当たり前じゃない。授業開始に遅れた事は無いわ!」

「そりゃあそうだね。さっさと来ましたって延々と同じトコに居たら敵の的になっちゃうし」

川内の言葉に伊168はビシリと指を指し、

「そう!そうよね!さすが川内さん!話解る!」

そう言ったのだが、白雪が頬杖をつき、窓の外を見たまま、

「ここは学校で、我々は学生で、学校が決めたルールがあります。ルールに従う事こそ軍事行動の基本では?」

と、返されてしまい、

「ぐげっ!」

と、苦い顔になった。

村雨がパタパタと腕を振ると、

「み、皆さん落ち着いて・・私は明日の事が心配で、部屋に居ても落ち着かなかっただけなんです」

というと、ふっと全員が村雨を見て、

「だよね。村雨ちゃんは明日が試験だもんね」

「今日こそ落ち着いた雰囲気で残課題を消化しないとね。ケンカしてる場合じゃないね!ゴメン!」

「あ、あの、ありがとうございます」

「でも村雨ちゃん、来た直後に比べて良い笑顔するようになったよね」

「そうですか?」

「ちゃんと言えるようになったしね」

「言わないと確実に酷い未来が待ってますからね」

川内が瞬間的にネガモードをONにすると、床を見ながら呟いた。

「言っても時折酷い目に遭うけど・・ね・・」

村雨は川内を見ながら聞いた。

「川内さんはバンジーと轟沈どっちが嫌ですか?」

川内は村雨に死んだ魚のような瞳をやると、

「それを翻訳するとね、精神崩壊か死刑か選べって事だよ?選ばせるの?」

「どっちも嫌過ぎですね」

「たまに、後ろに白雪ちゃんが居て、膝かっくんされるんじゃないかと今もぞっとするんだよ」

「・・またバンジー行きましょうね。苦手な事は克服しましょう」

いつの間にか背後に居た白雪から、そう耳元で囁かれた川内は本気で驚いたらしく

「うわぁあぁっ!」

と言いながら椅子の上で数センチは飛び上がった。天龍は小さく溜息を吐くと、

「こら白雪、趣味は楽しむもんで、引きずりこむもんじゃねぇ」

と言った。

白雪は定位置に戻りつつ、

「今日こそ、村雨さんの本当の解決を、皆で進めましょう」

と言った。

鳴り響く本鈴を合図に、天龍が頷いた。

「まずは模試だな」

 

 

「えーっと、皆、SPIありがとな。真剣な雰囲気が作れて良かったと思う。村雨はどうだったよ?」

「いつになく真剣な雰囲気だったので戸惑いましたけど、おかげで本番を意識出来ました!」

「そっか。結果を採点したけど、俺から見て自分自身を変に誇張せず、卑下せず、上手く表現してると思う」

「あ、ありがとうございます」

「他の奴のSPI結果は面白過ぎるから本番の後な。じゃ、模試はこれで終わり。後は・・・」

「面接、ね?」

「んー、本来なら伊168の言う通り面接なんだが・・・」

祥鳳が目を細めると、

「その前に、何かあるんですね?」

天龍が頷いた。

「そうだ。白雪、もう1度村雨に言ってやれ」

全員が白雪を見ると、白雪はコホンと咳払いし、村雨に向かって目を細め、向けた手を人差し指だけ立てると

「裏切り者のクソ野郎がお前に何したか喋っちまいな!」

と言った。

すると、それまで柔和な笑顔をしていた村雨が固まった。

天龍はそっと目を閉じた。やっぱりな。

 

「え・・あ・・あ、あれ?恐怖を吐き出す・・・じゃ、あ、ありませんでしたっけ?」

村雨は努めて冷静を装いながら白雪に問いかけたが、白雪は真っ直ぐ見返すのみだった。

伊168は村雨に話しかけた。

「恐怖の吐き出し方は、最初にやったバンジー以降、随分滑らかに、穏やかに出せてると思うわ」

祥鳳が頷いた。

「今も相当キツイ事を言われた訳ですが、落ち着いて処理出来てます。ちゃんと成長されてますよ」

村雨は祥鳳の方を見たのだが、天龍は

「対処法は合格だが、そもそもそんなものねぇ方が良いに決まってる」

つられて見た村雨に、天龍は眉をひそめると

「ほら、俺達に喋っちまいな」

「な、なな、何の事だか・・・」

「俺達は世界で一番お前を心配してる仲間だぜ。隠す事はネェだろ?」

天龍から目線を外そうと振り返った村雨は、まともに白雪のどアップと対峙する事になった。

「ひぃえっ!?」

「喋っちまいな」

「あ、あああああ、あの」

二人を避けるように視線を逸らすと、今度は伊168が居た。

「あっ!」

「助けが欲しいなら、今すぐ助けてあげるわよ!」

「お、おおおおお願いします・・・助けて」

「解ったわ。じゃあ助けてあげる」

伊168は村雨の両肩を掴むと、

「さぁ、何もかも吐いちゃいなさい!それしか貴方に道は無いの!」

と言った。

村雨は泡を吹きそうだった。

 


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