艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(22)

 

 

伊168が軍服を脱いだ後、核シェルター内。

 

 

「私は・・・海中機雷に触れて、一発轟沈したんです」

工廠長は眉をひそめた。

「お前達。きちんと治してあげなさい」

あっという間に伊168を取り囲んだ妖精達は、火傷の跡を綺麗に治していった。

その間、工廠長はシェルターを出ると、布の塊を手に戻ってきた。

「うちの潜水艦には、出撃や遠征の際はこれを必ず装備させておる」

伊168が手渡されたそれは、腕や脚も含めた全身を包みこむウェットスーツだった。

スーツには変わった形の模様があった。

「その鱗のように見えるのは機雷不発化装置じゃよ。水の膜で遮って起爆装置を誤解させる」

伊168はギュッとスーツを握りしめた。

「こ、これが、あの時あったら、わ、私は、私は・・・沈まずに済んだよ・・・」

「うちでは当たり前じゃ」

伊168はぎゅうっとスーツを握りしめ、じっと目を瞑っていたが、やがてカッと目を開けると

「私!行きます!このスーツ貸してください!」

工廠長が頷いた。

「差し上げるよ。まだ何着かあるしの」

「あ、ありがとうございます!」

天龍が伊168の肩を掴んだ。

「本当に、行けるか?苦しければ俺が」

伊168は天龍に首を振った。

「もう充分守ってもらいました。傷を直して貰い、手段を手に入れました。行きます」

天龍は頷いた。

「よし」

 

加圧室のハッチを手で支えながら睦月が叫んだ。

 

「いいですか伊168さん!ケーブルを辿って行けば間違いなく着きます」

「はい!」

「水深250mを最高上限としてください。それ以上は見つかる恐れが増えます!」

「はい!」

「工具リュックは持ちましたね?酸素ボンベチェックOKですね?」

「はい!」

睦月と伊168の視線が絡み、二人は黙って頷いた。

「ずっとモニターしていますからね!」

「ええ!ハッチを閉めてください!」

「では、ご武運を!」

ガコン・・・ガチャン!

ハッチが閉まると同時に、室内にざぁっと水が流れ込んできた。

伊168はフンと鼻を鳴らすと、ゴーグルをかけた。

「伊号潜水艦の力、見ててよね!」

 

伊168は水深400mを高速で航行していた。

ケーブルが比較的太かったので、辿るのは容易だった。

一段深い谷に辿り付いた時、伊168は声を上げた。

「こちら伊168、聞こえる?」

「睦月です!」

「谷に向かうケーブルが沈没船に引っかかってるわ」

「なっ!?」

「外すのは簡単だけど、また絡まる可能性はあるし、沈没船を全てどかすのは困難よ」

「・・・・解りましたし、大丈夫です。進行方向上絡まないように外して先に進んでください」

「解ったわ」

 

青葉の乗ったカプセルは、下の谷ではなく、上の谷ギリギリの淵に着底していた。

伊168は下の谷の深さにぞっとした。

「は、半分ちょっとだけ、上の谷の淵に乗っかってる。カプセルに青葉も見えるわ」

通信を聞いた衣笠はへちゃりと床に崩れ落ちた。さすが強運の姉だ。私なら谷底だろう。

「ケーブルをたぐって・・・来たわ。コネクタが1つ千切れてる」

「伊168さん、工具で全コネクタを揃えて切り落とし、新しいコネクタを」

「ええ。・・・よし、行けた。これを繋ぎなおすのね?」

「はい。そしてバッグの中にある黒いフックにケーブルを絡めてください」

「・・・・やったわよ」

「フックをコネクタの上下にある突起に嵌めこんでください」

「・・・固っ・・・ちょっと待って・・・あっ!!!」

「どうしました!?」

「ソナー・・・打ってる。ちょっと作業中止する」

 

スピーカーから微かに、コーン、コーンという音がする。

シェルター内では艦娘同士が、人差し指を口に当てて「シーッ」という仕草をしていた。

 

たっぷり5分は過ぎた頃、

「多分・・・大丈夫。再開するね」

「お願いします、あまり音はたてないように」

「解ってるわ・・・よし、入った!」

「では、モーターの右側面に移ってください」

「待って、片付けて移動する」

睦月はビスマルクを探したが、既に機械の中でゴーグルをかけて待機していた。

「ビスマルクさん、そろそろです」

「ええ。最高速は出さない方が良いかしら?」

睦月は一瞬躊躇ったが、

「いえ、逆に最高速のみでお願いします。修理に消費した時間分、残り時間が減ってます!」

「・・・・プレッシャーかけてくれるわね。良いわ!」

「移動したわよ!15cm四方のパネルがあるわ!」

「そうです!そのパネルを開けてください」

「OK、次は?」

「赤いボタンを10秒押してください」

時間が経つと、モニターに再び青い点が灯った。

ビスマルクが反応した。

「OKOK!映像が返ってきたわよ。ゲージも105・・・あ」

「どうしたんですか!?」

「燃料用の酸素がかなり減ってるわ。あと1/3」

「生命維持の為にずっと使ってましたから仕方ないんです。なので全速力でお願いします」

「解ったわ!」

「後は何するの!」

「伊168さんの後方に壁や障害物は無いですね?」

「・・・無いわ!下には谷底が見えてるだけ!」

「谷に向かって何秒で飛び込めますか?」

「・・・そうね、15秒」

「青いボタンがモーター再起動時間を決めます。1回3秒ですから5回叩いてください!」

「解った!」

伊168が飛び込むルートを確かめ、青いボタンを押そうとしたその時。

黒い影が一瞬横切った。

「!!!!!」

上を見た伊168が捕らえたのは、大型機雷の群れだった。

「くっ!」

伊168は青いボタンを1回だけ叩くと、カプセルの真後ろから蹴った。

反動で工具バッグを掴んだ伊168は体育座りのように体を丸めた。その瞬間。

キュイーーーーーーン!

カプセルの推進モーターが作動し、凄まじい勢いで発射していった。

伊168はモロに推進流に巻き込まれた為、肺の中にあった空気を全部吐き出してしまった。

どうする事も出来ないまま、伊168は上下左右も解らぬ錐もみ状態で押し流されていった。

元々伊168達が居た場所を、次々と機雷が爆破していった。

 

「おかしいわ、15秒にしては短すぎる」

ビスマルクの指摘を聞くまでも無く、睦月も気付いていた。

3秒しか経っていない。

「ビスマルクさんはそのまま、最大限大本営を目指してください!」

睦月はマイクに叫び続けた。

「伊168さん!伊168さん!応答してください!」

その睦月の肩をぽんと叩くものがあった。

睦月が泣きそうな顔で振り向くと、にっと笑う天龍が居た。

「代わりな」

よろめいて座り込む睦月の代わりにマイクを握った天龍は

「おう伊168、聞こえてっか、天龍だ!」

スピーカーからは小さな雑音しか聞こえてこない。

「また息を吐き出しちまってガボガボ言ってんじゃねぇだろうな?」

「なぁ伊168、俺は今猛烈に秘密をバラしたくてしゃーねーんだ」

「お前が返事しなかったら、とっておきのヤバいネタ、このまま喋っちまうぜ~?」

ガッ・・・ザザザッ・・・・

「俺が初めて伊168の受け持ちになった翌日、潜水艦寮の物干し場でさぁ・・・」

「ガガッ・・・そ・・・以上・・・じゃないわよ!言ったら殺すわよ!」

「おー、無事か伊168?」

少しの沈黙の後、

「・・・鼻に水が入って超痛い。あと、耳にも」

わんわん泣き出した睦月の頭をぽんぽんと叩きながら、天龍は言った。

「よっしゃよっしゃ、さっさと帰ってこい。アレをバラされたくなきゃあな」

 

 

 


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