艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(20)

 

白雪が同行を拒否した直後、天龍の教室。

 

 

祥鳳がゆっくりと振り返った。

「白雪さん。私は貴方と一緒に居たので今回の全容が見えていません」

「・・・」

「でも、核シェルターという位の事態なのですから、白雪さんが想像する物の重大さは解ります」

「・・・」

「白雪さん。だから私は貴方と一緒に居る事にします」

「!?」

「私は天龍さんから貴方の事を頼まれましたし」

「・・・」

「友人を見殺しにしてまで生き残る程、偉くも無いですから」

といって、にこりと微笑んだ。

白雪は自分の手首を掴む祥鳳の手を振りほどこうとした。しかし祥鳳はますます強く握った。

「だ、ダメよ・・あいつらは・・・血も涙も無い。本当に皆殺しにするわよ・・・早く逃げて」

しかし、伊168と村雨はよっこいしょと出てくると、白雪の両脇に立った。

「な、何してるの二人とも・・気は確かなの?」

「連れて来いって言われたしさ」

「来てくれないなら、ここに居るしかないわ」

「あ、アホな事言ってないで、早く逃げて・・・早く・・・」

「じゃあ白雪ちゃん、立って、動いて」

「だ、だから私が居ると皆巻き添えに」

「それは後で考える問題。今は一緒に逃げるか、ここに居るか、よ」

白雪が目を伏せた。

「し、信じられない・・・無茶苦茶・・・」

村雨がにやっと笑った。

「だって天龍組だもん」

白雪は溜息を吐き、キッと顔を上げると

「さっさと行きましょう!案内してください!」

と言った。

 

衣笠はこめかみの血管が切れそうだった。

提督があの部屋に居なかったら間違いなく20.3cmを乱射しながら突入してる。

なんなんだあいつらの言い分は!?

だが、衣笠はヘッドホンから聞こえた声にピクリとなった。

・・・・やっと来やがった。

本当に待ちくたびれた。

とうとう尻尾を出しやがった。

「落ち着け・・落ち着け私・・奴らが言った通りに、言った通りに書くのよ」

そして素早く書類を封筒に入れると、階段を下りて行った。

 

「今、何とおっしゃいましたかね?」

今まで司令官と秘書艦の攻撃一方だった展開が反転した。

押し黙る司令官と秘書艦を、提督と日向が静かに圧力を加え始めていた。

日向は何気なく提督を見て二度見した。

目が死んでる。まるで光が無い。

確かにこれだけ罵詈雑言を浴び続けたんだから立腹するのも無理はない。私も正直胃が変になりそうだ。

だが、言ってたのは相手の秘書艦の天龍であって、司令官ではなかった。

さっきまでは。

突然、司令官と秘書艦が来てから間もなく3時間になる。

これだけの間、文字通りのれんに腕押しでゆらゆら回避され続けるとは相手も予想してなかったのだろう。

ついに司令官が勇み足の一言を放ってしまった。

 

「おい、いつまで引き延ばしても大本営は包囲網に気付かんぞ。さっさと引き渡さんとここを火ノ海にするぞ」

 

「何と、おっしゃいましたかね?」

提督は真正面の司令官を見据えたまま、静かに同じ質問を繰り返した。

司令官は秘書艦との間の机の表面を睨みつけた。

 

「包囲、網・・・」

 

提督の声のトーンが下がりだした。

重苦しい沈黙が更に司令官達に圧力を加える。

 

「大本営が、気付かない?」

 

言ってはならない筈の台詞。

 

「鎮守府を、火の海に「する」・・・と、仰いましたね?」

 

提督は「する」の所に一段と強い力をこめた。

明確に逮捕要件が成立する一言だからだ。

司令官が歯を剥きながら提督に向き直った。

それから15分以上、4人は互いをにらみ合った。

提督は一歩も譲らなかった。

長門、加賀、気づいてるな?

恐らくこいつらは周囲を固めている。何とか大本営に知らせ、一人でも多く脱出しろ。

こいつらと刺し違えても、私はお前達を庇ってみせる。

日向だけはすまないが、お供を頼む。

長門、愛しているぞ。

提督は机の下で左足をそっと組むと、足首のホックを外した。

 

「次第によっては、ここではない所で御話する事になりそうですな」

「・・・・・」

「例えば、軍事法廷とか」

 

司令官は靴先で秘書艦の天龍を小突いた。

秘書艦の天龍ががばっと応接セットの机の上に片足を乗せて踏みこんだ。

「いい加減にしろよオッサン!刀の錆になりてぇなら・・」

提督にすいっと刃が伸びたが、キン、という音がした。

日向が飛行甲板で秘書艦の天龍の刀を受けていた。第1主砲の砲門が真っ直ぐ秘書艦の天龍を向いている。

同じく第2主砲は司令官に向けられた。

日向は秘書艦の天龍を凄まじい迫力で見上げながら、口を開いた。

「これで、お前達が先に攻撃を開始した事になる。リアクション次第では、こちらも応戦するぞ」

司令官に向いた日向の全砲塔からガシュンという重い音がした。実弾装填完了の音だ。

司令官の額に血管が浮かび上がった。

「提督ぅ!?これはどういうことだあっ!艦娘ごときが司令官に向けて実弾を」

だが、日向は既に怒髪天に達していた。

「うるさい下衆野郎!これ以上提督を愚弄すれば砲撃するぞ!」

秘書艦の天龍は日向を睨みつけた。

俺はLV97だが、航空戦艦の46cmを至近距離で受ければタダでは済まない。

発射されたら一発で轟沈してしまうし、司令官も粉微塵だ。

そして第1第2主砲の一斉射など、航空戦艦には朝飯前だ。実弾も装填済だからタイムラグは無い。

なにより。

日向に対して提督は一言も指示していない。日向がこの状況で発射しても提督は一切罪に問われない。

 

司令官は内心で舌打ちした。

一切を被る覚悟でこの日向は動いている。

ろくに出撃もさせず、艦娘を甘やかすだけのボンクラ提督だという情報を鵜呑みにしたのが間違いだった。

だが、証人は消しておかねば枕を高くして眠れない。1度消したというのに余計な事を。

ならば鎮守府ごと始末するだけだ。我々は最初からここに居ないのだからな。書類上は。

「出直すぞ。天龍」

司令官は席を立とうとしたが、提督が声を掛けた。

「まぁ、もう少しゆっくりして行ったらどうですか?どうせ行き場は決まってるんですから」

怪訝な表情で顔を上げた司令官は目を見張った。

提督がピカピカに輝くブローニング1910の銃口を自分に真っ直ぐ向けていたからだ。

 

日向は相手から目を離さず、眉1つ動かさなかったが、動揺を隠すのに苦労した。

提督の小型拳銃に対する偏愛ぶりは、あの兵器マニアの夕張すら舌を巻く。

その提督が最も完成された構成だと言い、夕張が渋々認めたのが、あのブローニング1910だ。

僅かにグリップからはみ出た特注のマガジンが、外見から解る唯一の狂気だ。

1発目と2発目が防弾チョッキをも貫通するKTW弾、3発目は着弾内部で炸裂するダムダム弾。

それが3セットの9発構成で、1発目は常にチャンバーに装填されている。

提督はヒマさえあればただひたすらにこの銃で練習を重ねていた。

1発で伊勢の装甲の僅かな隙間を正確に貫通させたのを見た時はぞっとしたものだ。

日向は提督の意図を理解した。こいつらを帰すつもりはないのだと。

ならば私も、提督に従うだけだ。

天国だろうが地獄だろうが、その果てまでお供するぞ、提督。

 

 


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