艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(16)

 

 

川内が白雪に拉致された夕方の15分後、崖の上。

 

日没直後の薄暗い山道を、バンジー用のハーネスを纏った白雪と川内が登っていた。

白雪は鼻歌交じりにひょいひょいと登って行く。

「ほ、本当に慣れてるんだね・・・」

「川内さんは夜道は大丈夫ですよね。ほら、急ぎますよ」

「そりゃ、大丈夫だけど・・え?・・ちょ・・速いよ・・」

「あ、ここは狭いので先に登ってください」

「う、うん」

 

パチン!

 

白雪は素早く川内のハーネスにフックを固定した。

「へっ!?」

「ロープは点検済みですから」

「何!?あ!フックかけたの!?」

「はい」

「はいじゃなくて・・・もぅ、びっくりするじゃ・・」

白雪は更に進もうとする川内の襟をグイと掴んだ。

「ここが飛び込み位置ですよ?」

「危なっ!」

 

崖の下には6つの人影があった。

「だいぶ遅れちゃったね!まだ登ってるかな?」

「こんなに薄暗いんだから、そんなに急いで登れるわけないよ。きっと・・・」

そこまで言った時、川内の「危なっ!」という叫び声が聞こえた。

「もう飛び込み台にいるぞ!」

天龍の声に全員が見上げた瞬間。

 

「う、うわぁ・・高いねぇ・・・」

「じゃあどうぞ」

そういうと白雪は、まだ息が切れつつ、こわごわ下を覗き込む川内の膝をかくんと押した。

全くの予想外だった川内は、為す術も無く宙に滑り出した。

「えっ?!ちょっ・・・うわああああああああああああああああああ!!!!」

崖に沿うように、濃紺色の空中をゴムロープが垂れていくのが見えた。

 

「し、白雪・・騙し討ちでダイブさせやがった・・」

「荒療治も荒療治ね~」

「川内ちゃん、フックを掛けられる時に拒否しなかったのかな・・・」

「最初から確信犯なら気付かれないように装着したのかもね。登ってる時とかに」

「・・・・」

 

川内はゴムが伸びて減速する寸前まで絶叫していたが、減速し、反動で数回宙を上下する間、無言になった。

村雨達がやっとの事で川内を捕まえて地面に下ろした時、川内はボロ泣きしていた。

「うっ、うぐっ、ひぐっ、こっ、怖かった・・・めっちゃくちゃ・・怖っ・・うぅううぅぅ・・・」

伊168がハンカチを握らせながら言った。

「そりゃそうだよ川内ちゃん。ほらハンカチ使いな」

川内はハンカチで両目を拭き始めた。

「うえっ・・・ひうっ・・ありがと・・・えぐっ、えっ」

「目隠しバンジーは最も恐いそうだから、夜の闇バンジーはそれを上回るさ。ありえない」

「・・だよね・・き、聞いてよ・・白雪ちゃんてば・・ひ、膝かっくんしたんだよ・・」

「じゃあ覚悟も決められないまま落ちたのかい?」

「うん。高さを見ようと思って下を覗いてたらさ・・い、いきなりかっくんだよ?しっ、信じられないよ」

「なら、お尻ペンペンが必要だね」

「そう!ホントにそうだよ!司令官に・・・言っ・・・て・・・・」

ん?

お尻ペンペン?

つい答えてしまったが、それって、6307鎮守府の・・・・

川内はガクガクと震えながら、そっとハンカチを下ろした。

目の前にちょこんと立っていたのは伊168ではなく、響だった。

 

川内の心臓は立て続けに耐久テストを受けているかのようだった。

勢いで喋ってしまった秘密、物凄い龍田の圧力、突然のバンジー、そして。

会っちゃいけないと固く思っていた、響。

川内は口を開けたが、言葉を発する事と呼吸する事が絡まり、喉が詰まってしまった。

「ひ、ひび・・げふっげふっ!!」

むせかえる川内の背中をとんとんと叩きながら、響はにこりと微笑んだ。

「大丈夫かい?落ち着いて」

「げほっげふっ・・・あ、ああ、ああああの」

「川内、おかえり」

「へ・・・」

響は微笑んだ顔のまま、ぽろぽろと涙をこぼし、

「お・・おかえり・・・・おかえり・・・・」

と言って、川内にぎゅううっと抱き付いた。

川内は目を白黒させていた。

響の言葉と、背骨が折れそうなほどの全力での締め上げに。

周囲が2つ目の意味に気付いたのは、数十秒経ってからだった。

 

「ご、ごめん。本当にごめん」

「へ、へへ・・・大丈夫ダイジョウブ」

引き剥がされて平謝りの響と腰をさする川内は、二人ともぺたんと浜に座りこんでいた。

「ビニールシート持ってきましたよ。さ、どうぞ」

祥鳳が二人の近くに敷くと、立っていた面々も腰を下ろしたのである。

「川内・・・あ、あの、あの・・・」

「どうしたの、響?」

「本当に、あの時は、ごめんなさい」

「ええと、あの時って?昔の事で謝ってもらう理由が解らないんだけど・・・」

「あの時、私が早く遠征から帰って、司令官に化けてるあいつを見破れたら、助けられたんじゃないかって」

「あいつってのは、チ級の事だよね?」

響がこくりと頷いたのに対し、川内はカラッとした声で笑った。

「あっはっはっはっは!」

「せ、川内?」

川内は笑い終えると、

「私と司令官が沈んだ海域は鎮守府から数時間は航行した先だよ?響が会った頃にはとっくに沈んでたよ」

「えっ?正面海域じゃなかったのかい?」

「南西諸島だよ。だって司令官が、外洋での戦闘を参考に見たいって言ったんだもん」

「・・・川内1隻で南西諸島まで出て戦闘したのかい?」

「あ、あは、言われるとそうだよね。ちょっぴり冒険だった気もする」

「冒険じゃなくて無謀だよ。それじゃ沈められても仕方ないじゃないか」

「そっかー」

「・・・私がむしろ川内と司令官をお尻ペンペンした方が良いような気がしてきた」

「はは。響にペンペンされる、か。そうだよね」

「そうだよ」

「・・・響、ほんとにごめんね。一人残しちゃって、本当にごめんね」

「ううん。でも、あの時、ここの加賀が居なかったら、私もチ級に沈められていたと思う」

「そっか」

「でも、助けてくれた加賀が、川内の姿と重なったんだ」

「え?」

「川内は、演習の時、遠征の時、出撃の時、ずっと姉のように優しくしてくれたじゃないか」

「・・・」

「司令官も優しかった。川内も優しかった。6307鎮守府は大好きだった」

「私も、大好きだったなあ」

「あの鎮守府の雰囲気を、ここでも感じたんだ」

「そっか」

「ここでは色々な人が良くしてくれるけど・・」

響は川内の手をぎゅっと握ると、小さな小さな声で

「慣れる程・・川内が居ないのが・・寂しかった」

と言った。

 

 


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