艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(11)

 

 

祥鳳の告白を提督が顔を真っ赤にしながらじっと聞いている夕方。提督室。

 

「ですから、もう艦載機が怖くて積めないんです」

「・・・・・」

 

天龍は説明を進めるにつれ、提督の迫力が等比級数的に上がっていく事に震えが止まらなかった。

途中、誤魔化して説明を切り上げようとしたが、ギヌリと目玉を動かして続きを促され、立つに立てなかった。

こ、こんな提督見た事ねぇ・・・沈黙が不気味過ぎる。

そして天龍は耳から外していたので気付かなかった。

自分のインカムから全艦娘に話が筒抜けになっている事を。

 

・・・バキッ。

 

祥鳳が最後の言葉を発した直後、提督が握りしめていたボールペンの柄が折れた。

天龍はごくりと唾を飲み込んだ。

提督を下手に起爆させれば大変な事になると本能が告げていた。

手遅れかもしれないが、精一杯の軟着陸を試みよう。諦めたら終わりだ。

ちらりと祥鳳を見ると、蒼白になってかたかたと震えている。

天龍がそっと机の下で祥鳳の手を握ると、祥鳳はぎゅうっと握り返してきた。

 

「提督。祥鳳は、もう艦娘で居るべきではないのかって、俺に聞いたんだ」

「・・・」

「提督の考えを、聞かせてくれ」

 

すううう・・・ひゅううう

すううううう・・・ひゅうううううう

すうううううううう・・・ひゅううううううううううぅぅぅぅぅぅ・・・・

提督が目を瞑り、顔を伏せて深呼吸をしている。

長い長い3度目の息を吐ききると、スッと顔を上げた。

あれっと思うくらい、にっこりと笑い、いつもの気配で。

 

「祥鳳さん」

「は、は、はい」

「貴方の戦略は、何度も我々の艦娘が証明した通り、極めて有効性の高い理論だ」

「・・・」

「その才を発揮出来るなら、艦娘でも、人間でも、貴方の意思に従って決めて良いと思う」

「・・・」

「ただ、私個人の欲で言わせてもらえるなら、艦娘で居てもらいたい」

「え・・?」

「艦娘である限り、いつか、うちの鎮守府にお越し頂ける可能性があるからだ」

「あ、あの・・・」

「祥鳳さん。貴方は滅多に得られない逸材だ。そして努力を惜しまない秀才だ」

「・・あう」

「この鎮守府が今の形でいる為に、沢山の優秀な艦娘達が努力してくれている」

「・・・」

「君の隣にいる天龍もその一人だ」

「・・・」

「貴方は受講生であり、残念ながら、課程を終えればうちの鎮守府を卒業してしまう」

「・・・」

「でも、もし、数多ある鎮守府からうちを仕事場として選んで頂けるなら、最大の敬意を持ってお迎えしたい」

「・・・」

「まあ・・・それは・・・ともかくとして、だ・・・」

天龍はどこかから地響きがしているような気がした。気のせいか?

「君に・・・そんな鉄くずを・・・小汚いやり方で渡してくれやがった・・・」

天龍は目を見開いた。震源は目の前だ!提督笑ってるのにオーラ黒すぎる!目が虚ろ!虚ろだよ!

祥鳳は全身に鳥肌が立った。やっぱりさっきの雰囲気が正しかったんだ!鬼姫より怖い!

「最低の司令官が居る鎮守府に、ちょっとご挨拶に伺おうじゃないか」

天龍と祥鳳は同時に呟いた。

「・・・へ?」

 

「加賀ぁっ!加賀はどこぞ!どこに居るぅぅぅぅ!!!」

 

提督室の外で必死に通信していた加賀はついに来たと目を瞑り、息を吐いた。

向こうでも火の手が上がってしまいましたが、そっちの消火は赤城さん、任せましたよ。

ガチャ。

あぁ、こっちの火の手の方が酷いです。提督が仁王立ちしています。むしろ噴火レベルです。

 

「おぉ加賀!探したぞ!」

「ちょっと用事がありまして」

「そうか!じゃあ加賀、全艦フル装備で出撃しよう」

ぎょっとする天龍と祥鳳。

加賀は言葉を慎重に選んだ。油断すれば一瞬で足元をすくわれそう。15m級の横波でもこんなに怖くない。

「・・・目的は?」

「ちょっと司令官にご挨拶をと思ってね」

「ならば1艦隊で、護衛兵装程度で良いのではありませんか?」

「やだなあ加賀さん、遠距離から鎮守府ごと火の海にするためだよ」

「・・何故でしょうか?」

「祥鳳さんの敵討ちだからだよ」

「場所はどちらなのか・・ご存じなのでしょうか?」

提督がロボットのように顔だけ祥鳳に向けた。

「ひいいいっ!」

「どこなの・・かな?」

「に、ににににに2291鎮守府です」

提督が加賀に向き直った。

「2291鎮守府だそうだよ」

加賀はふぅっと時間をかけて息を吐いた。質問ではこれ以上引き延ばせない。結論を伝えねばならない。

「・・・承りかねます」

提督の額にビシビシと太い青筋が2本浮かんだ。笑顔はもはや狂気のそれだった。

「どういう・・事かな?」

加賀は少し腰を落とし、ぎゅっと足を踏ん張った。まだです。私はまだ倒れる訳にはいきません。

長門さんは鎮守府近海まで帰って来てますが、少なくとも後10分は持ちこたえねばならないでしょう。

ここは譲れません。

加賀はゆっくりと息を吸い、静かに答えた。

「大本営中将殿との約束をお忘れですか。提督が深海棲艦の側について鎮守府を攻撃しないように、との」

提督は次第に目を見開きながら言葉を発した。

「それなら・・・司令官だけ、暗殺しようじゃないか」

祥鳳は震えが止まらなかった。

私があんな迫力で指示されたら何でも言う事を聞いてしまいます。さすが加賀さん。一航戦は格が違いました。

だが、表向きの冷静さとは裏腹に、加賀は既に全精力を使い果たしつつあった。

猛烈な圧力をかける提督に一言言い返すのには凄まじいパワーが必要だったのだ。

加賀は必死に腹式呼吸で耐えていた。

まるで次々降ってくる火山弾を操船だけで回避しているかのようだった。ちょっとでも舵を間違えれば即死だ。

言葉を選び間違えたら提督は起爆してしまうでしょう。

「・・・鎮守府だけ残れば・・・良いという物では、ありませんよ」

提督が飛び出しそうなほど目を剥いた。迫力がさらに増した。

「わざと艦娘を轟沈させた司令官だよ?この世に居る事が間違いだとは思わんかね・・・加賀?」

加賀はぐっと口を結んだ。降ってくる火山弾が大き過ぎて至近弾でさえ竜骨が折れそうです。

もう16インチ弾なんて怖くありません。

「な・・なりません。最大限譲歩して、けっ、憲兵隊に事と次第を・・説明して・・こ、告・・・・」

加賀は歯を食いしばりながら半歩後ずさった。言葉が継げない。提督の顔色はもはや紫色だ。

天龍はもう涙目だった。提督怖ぇ!マジで怖ぇ!

もはやこれまでかと加賀が目を瞑った時。

ガチャ!

「提督、遠征から帰ったぞ。大成功だ」

加賀が振り返ると、普通にドアを閉める長門がそこに居た。

しかし、長門の額に浮かぶ汗を見て、加賀は目で感謝の意を示し、膝から崩れ落ちた。

長門は加賀に頷くと、キリッと提督を見た。

もうほとんど化け物になってるな、提督。

 

長門は真っ直ぐ提督を見据え、すっと目を細めた。

ゆらりと提督が長門を見た。

艦隊決戦でも無いほどに空気が張り詰めた。

「提督」

「何だ」

「私達を路頭に迷わせるつもりか?」

ピクリ。

長門はすっと左手を見せる。薬指の指輪がきらりと光った。

「私が結婚する主人など、失職した犯罪者で良いというのか?」

「う・・ううっ」

加賀、天龍、そして祥鳳は固唾をのんで見守っていた。あの提督が押されてる!

長門は眉一つ動かしてない。戦艦はこんな過酷な戦況に普段から対峙しているのか?

長門はビシリと提督を指差し

「そもそも!」

「むうっ」

「そんな事をして祥鳳が喜ぶのか!」

「しっ、しかしっ!司令官が祥鳳にした事は余りに陰湿で酷過ぎるではないか!」

「提督」

「な、なんだ」

「話の経緯はインカムで加賀から聞いた。司令官がやった事は腹に据えかねる程の下衆な行動だ」

「だろ!」

「だが!我々が路頭に迷う事も考えず、精一杯諭す加賀に刃を立てる提督の行動はどうだ?」

「ぐっ!」

のけぞる提督に、長門はカッと目を見開いた。

「それこそ、五十歩百歩の愚行ではないか!」

ガーン!

解りやすい反応を示すと、提督はがっくりと膝をつき、両手を床についた。

天龍達は尊敬の目で長門を見た。凄ぇ!あの提督に勝った!

「ううぅ・・・祥鳳の為に・・私は、何も、何もしてやれないのか・・」

提督の目からぽたぽたと涙が零れた。

「あんまりだ・・・あまりに残酷で、可哀想ではないか・・・」

長門は気まずそうに頭をガリガリと掻いた。

提督の言いたい事は解らなくもないし、自分も出来る事なら司令官をぶん殴ってやりたい。

実際、加賀からインカムで説明を聞いていた秘書艦の面々は

「なんて最低の司令官ですか!気合!入れて!殴ります!」

「その司令官と実弾演習組んであげましょう。山城、核弾頭を」

「いや。その鎮守府がS勝利する度にエラー猫を送り付けてやろう。じわじわ殺してこそ意味がある」

「それなら全ルートうずしお配置はどうよ?ボスの前で必ず弾切れになるように調整してさ」

等と物騒な事を話し合っており、赤城が孤軍奮闘で火消しに躍起になっていたのである。

だから秘書艦達は、艦娘達の蠢きに全く気付いていなかったのである。

 


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