艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(9)

 

 

ブレーンストーミングが煮詰まりに煮詰まった時。天龍の教室。

 

白雪の問いに、村雨は数分間かけて考えた。

湯気が出る程真っ赤になって超高速で頭を回していたが、その果ては

「・・・参りました」

そう言って、へちゃっと机に伏してしまった。

天龍は書類を書き終えてぐうっと伸びをすると、村雨達に声を掛けた。

「意見はまとまりそうか~?」

村雨は伏したまま

「そもそも無理っぽいです~」

と、答えた。

天龍は肩をすくめると、

「おやおや、それじゃあ頭脳派集団の名折れじゃないのか~」

と言った。

伊168はむっとした表情で反撃した。

「じゃ、先生はこの問題、解決策があるって言うの?」

「あるって言ったらどうする?」

「つまらない方法だったら論破してあげる」

「論破出来なかったら?」

「晩御飯のデザートを奢ってあげるわ!」

天龍はパンと手を叩くと伊168を指差し

「その言葉に偽りはないな伊168?」

「無いわよ!さぁ、言ってご覧なさい!」

「その策ってのはな」

5人が天龍を見た。

「・・・敵を味方にしちまうんだ」

「え」

「それって、アリ?」

「攻撃方法じゃないんですか?」

「だから、味方になるように仕掛けるんだよ」

「例えばどういう事ですか?」

「ちょっと前まで、お前達は深海棲艦で敵だったわけだろ?」

「あ・・」

「どうしてここに居る?」

「・・・カ、カレーが・・・美味しかった・・・から・・・」

「艦娘や人間に・・・戻れるって・・・噂を頼りに・・・」

「つまり、こっちに来る方が良いなって思ったからだろ?」

「・・・そ・・・そう・・・ね」

「そういう事だぜ!さ、反論は?」

むふんと胸を張る天龍に、5人は

「・・・なんか、なんとなく面白くないです」

「反論はないけど、未明に夜戦仕掛けたいかな」

「魚雷抱えた艦載機並みにムカつきます」

「徒競走かと思って準備してたらバイクで来やがった感じ」

しかし、白雪だけは眉間にしわを寄せて熟考した後、

「私達は敵味方に分かれて戦闘する事を前提にしてましたけど、そもそも攻撃とも言われてないですね」

伊168が渋い顔をしながら答えた。

「・・・そ、そうだけど」

「前提を作ったのは私達で、その前提のせいで破たんした」

「う・・・ぐ・・・」

「物凄く不本意で、いつかぎゃふんと言わせたいですが、今は完全に天龍さんの勝ちです」

「くぅぅぅぅぅ・・・・」

机に拳をダンダンと叩きつけて悔しがる伊168に他の3人が続いた。

「口惜しい・・・口惜しいよね・・・」

「今なら深海棲艦に化けても良いってちょっと思います」

「レ級になれる自信があるわぁ」

「ですよねえ」

5人のジト目を受けながらも、天龍は

「真面目な話、論議には前提が必要だが、前提を作り過ぎたら論議が歪む。それは賢い奴ほど陥るんだ」

「・・・・。」

「歪んだ論議の果てに全滅すると解ってる戦争へ突入なんて、ぞっとしねえだろ?」

「・・・」

「だから、論議が尽くしてもどうも腑に落ちねぇ時は前提を疑え。余計なもんがねぇかって、な」

川内が溜息を吐いた。

「完敗、ね」

白雪が窓の外を見た。

「天龍さんが100%の正論を言いました。今夜はハリケーンでも来るのでしょうか?」

祥鳳が伊168の肩を叩いた。

「昼夜ダブルの出費、お疲れさま」

伊168は悔し涙をこぼした。

「負けた・・・完全に負けた・・・」

村雨は腕を組むと

「この教訓はきっと、入社面接でも使えますよね」

天龍は頷いた。

「入社面接どころか、人生のあらゆる所で使えるぜ。今日の事が悔しかったら忘れちゃいけねぇぞ」

5人は何度も深く頷いた。

「お、お前ら・・・本当に悔しかったんだな・・・」

こくり。

天龍は息を吐くと

「解った解った。ちょっと設問が意地悪だったよ・・・食後にくずきり奢ってやるからさ」

と言った途端。

「やった!」

「先生大好きです!」

「冷たくて美味しいのよねえ」

「黒蜜マシマシでお願いします!」

「私きなこ大盛りで」

天龍はがくりと頭を垂れた。ホント現金な奴らだなおい。

ていうか村雨すっかり溶け込んでるじゃねぇか・・・取り越し苦労だったか?

 

夕食後。

 

「んふー」

「くずきり美味しいです~」

 

星空の元、外のベンチに腰掛けてくずきりを頬張る6人。

「いいか、バトルするんじゃねぇぞ、特に俺のを狙うな。絶対だ」

と、何度も言い含める様子に、間宮から

「お夕飯も狙われてましたものね・・・」

と言われ、一瞬ぽかんとした後、

「あっ!やっぱりお前ら俺のシュウマイ食ったな!」

「気付くの遅すぎです」

「本当に気付いてなかったんですか?」

「ごちそうさまで時効でしょ」

「梅干しはセーフってことですね」

「レンコン美味しかったです」

「おまえら・・・・奢るの止めるぞ」

途端に空気がしんと冷えたものに変わる。

「えっ・・・それは酷いです。抗議します」

「全力で夜戦仕掛けるわよ?」

「魚雷で側面支援します、川内さん」

「遠距離から副砲で徹甲弾かましますね」

「とどめは五連装酸素魚雷の出番ね、見てなさい!」

天龍は間宮に向くと

「何とかしてくれ・・・」

間宮はむんと両手を腰に当てると、

「先生を困らせるような悪い子にはおやつ売りませんよ!デザートも抜きです!」

5人はぎょっとした顔になるとぺこりと頭を下げ、

「天龍先生すみませんでした」

「ちょっと調子に乗りすぎました」

「謝りますので水に流してください」

「明日お茶淹れます」

「明日からメインのおかずには手を出しません」

と、謝罪(?)の言葉を口にした。

 

天龍はくずきりにしっかりと黒蜜を乗せてから口に運びながら、言った。

「本当によぅ・・・そんなに悔しかったのか?」

「はい」

「かなり」

その時、伊168が溜息を吐きながら言った。

「・・・ほんとはね、私達が悔しいのは、自分達に対してなんだ」

「うん?」

「私達が勝手に作った前提で論議が間違った方向に行った」

「そして、それに全く気づかなかった事を、凄く怖いと思うんだ」

「私達は朝から1日かけた挙句、ミサイルか直接攻撃かの2択が唯一の選択肢だって疑ってなかった」

「一方で、どちらもおかしいとも感じていた」

「でも、ずっと話してきた経緯は決してちゃかしたものじゃなかったから、それしかないと言い聞かせてた」

「先生の言う通り、あたし達だけだったら、全滅覚悟の戦争を始めてしまったかもしれない」

「それが、凄く怖い。その怖さを、先生に八つ当たりしてるだけなの」

伊168が4人を見ると、4人はこくりと頷いた。

天龍はふっと笑うと、言った。

「・・・今日の話は、あくまで授業だ。別に失敗したって死ぬわけじゃねぇし、非難される事もねぇ」

「だけど、場面によってはそうなる」

「そういう場面で失敗してから気付く事にならなかった分だけ、お前らは運が良かったのさ」

「話してて、答えの全てがおかしいと思ったら、今日の話を思い出せば良い」

「昨日の村雨じゃねぇが、たとえフックを固定して飛び込む直前でも、気付いて言えば変えられるんだ」

「早く気付くほうが円滑に変えられるが、手遅れと思って言葉を飲み込んだら本当に手遅れになる」

「その時どれだけ格好悪くても、変えようとする努力は止めちゃいけねえ」

天龍は星空を見上げながら言った。

「お前らは優秀だ。一人一人がちっとやそっとじゃ追いつけねぇ位凄ぇんだ」

「だからきっと、お前らは正しい方向に周りを導けるって、俺は信じてるぜ」

天龍は次のくずきりを口に運ぼうとしてぎょっとなった。

くずきりが溢れそうなくらい増えていたのだ。

「おっ、お前ら・・くずきり嫌いか?」

「好物ですよ?」

「美味しいし好きだよ」

「だから先生にあげるんじゃん」

「認めてくれた先生に、ね」

「先生がピンチになったら世界の果てからでも助けに来るからね!」

「ははっ、そりゃ頼もしいな」

「でも夜戦に限ってね」

「そこは譲らねぇのかよ!」

「昼は寝てるもん」

「まったく・・・」

そういいながら、天龍はくずきりを頬張った。

いつもより一段と美味しいなと思いながら。

 


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