3月31日夜 現鎮守府
「やれやれ」
提督は食堂を見回した。酒こそ入っていないものの、何というか、私の送別会というより全員の慰労会のようだ。
私自身、つい涼風と輪投げ競争に夢中になってあまり皆と話が出来なかった。
昨夜は今夜話そうと記録を引っ張り出したのだがな。
それに宴もたけなわのまま2000時を過ぎた。出航時刻の筈だが、五十鈴や長門はどこに居るのか。
これだけ大勢が雑然と話をしていると声を上げても聞こえない。外に涼みにでも出たか?
まぁ、出航はあくまで予定だ。調査隊が来るのも明日だし、少しズレても構わんだろう。
それに、早く行きたいところでもないしな。
これが作り出された雑然なら恐ろしい統制だが、実際は司会進行役の比叡も目を回していた。
皆作戦がほぼ終結したからといって弾け過ぎです。こんなの私一人気合い入れても制御出来ないです。ヒエー!
通信室から先に帰った響と文月は、さりげなくお手洗いの方から会場に戻った。
響は10分ほど会場の様子を見てから、とことこと提督の所に行った。
「提督」
「おや、響。楽しんでいるか?」
「凄く賑やかで、驚いたよ。規律的に大丈夫なのか・・な?」
ちらりと、激辛カレーで勝利し、まだ横になってふぅふぅ言っている赤城を見る。
「仕事の時はピリッとする代わり、オフは徹底的に遊べ、目一杯寝ろと言っているのでね」
「いつをオフと考えれば良いんだい?」
「良い質問だ。安心出来るオフとは、オフの期間と責任者から明確に承認されている事が必要だ」
「そうだね」
「しかし、戦況は刻々と変わる」
「うん」
「なので、うちの鎮守府では各艦種を混ぜた班を複数編成している」
「うん」
「その班から毎日、その日その時間帯にオンであるべき主副2班を当番で割り当て、他をオフとしているのだ」
「へぇ」
「例えば今なら、榛名、羽黒、飛鷹、木曾、五月雨が主の班、副は霧島、筑摩、隼鷹、神通、時雨だな」
響は提督が指差す先に主・副のメンバーを見た。
いずれも談笑はしているが大人しく、なおかつ班毎に固まって座っている。
「あと、オフの人には1つだけルールがある。主副の班員には節度を持って臨め、という事だ」
「なるほど。それなら自分が当番になるまではハメを外せるんだね」
「そうだ。そして副次的な効果として、姉妹艦以外にも強い絆が出来たのだ」
「班員として、という事だね」
「うむ、呑み込みが早いな響は。その通りだ。そして班は半年に1度変更している」
「納得したよ」
「響もこの子達と居れば、天龍辺りが声をかけて自分の班に入れて教育し、次の変更で新たな班に行っただろう」
「どうして?」
「駆逐艦が着任した時は大概天龍が生活指導し、夕張が軍事訓練するからな。決めている訳ではないが」
「そうなんだ」
「響、一人離す事になってしまって、本当にすまない」
「・・・・」
「私の説得力がもう少しあれば、この子達と一緒に居させてあげられたのにな」
「・・・提督」
「ん?」
「寂しい?」
「ん、な、なんでだ?」
「皆を見る目が、寂しそうだ」
「・・御見通しか」
「なんとなく、だけど」
「私にとってこの子達は何物にも代えがたい宝物で、最後までこの手で守ってやりたかった」
「・・・」
「新しい司令官はどんな人だろう、上手くやっていけるのか、不仲になったらどうしようと思うとやりきれん」
「提督って」
「ん?」
「お父さんみたい」
「そうか、うん。そうだな。皆、実の娘のようなものだ。響、君もね」
「わ、私もか」
「そうだ」
「提督」
「ん?」
「私は、提督についていく。だから、提督を守れるんだ」
「響・・・」
「これを見て」
そういって響は、強化タービンと12.7cm砲を見せる。
「それは・・」
「皆からの贈り物だよ。提督と、私を守れという任務付きで」
「・・・」
「私は提督のおかげで新しい目標が出来、皆から新しい役割を貰えた。」
「・・・」
「提督、明日から私一人きりで心細いかもしれないけど、よろしくお願いします」
提督は響を見ながら頭を撫でた。
響は提督の目を見た。本当に暖かい、優しい瞳だ。安心する。
「響、ありがとう。少しずつ仲良くなっていこうな」
「うん」
響は撫でられるまま目を瞑っていた。
しかし。
提督がふと目を上げると、ジトリとした目が数多くこちらを見ていた。
ぎょっとする提督に、金剛が声をかける。
「テートクー、なんで二人の世界を作ってるデスカー?」
「えっ?」
「時と場所を弁えなさいって、いつも言ってマース」
「確かにそうだが、弁えるような事では・・」
「No!ミー、久しく頭ナデナデしてもらってまセーン!」
「へ?」
「響は可愛いデース。でもミーをナデナデすべきです!」
「時と場所を弁えろと今言ったじゃないか」
「ナウ!ヒア!ミーを!ナデナデするデス!」
「解った解った。ほら、こっちおいで」
しかし、響の頭に置いた手を動かそうとすると、袖を引っ張られた。
見ると、響が両手で袖を引っ張っている。
「響さん?」
「・・まだ、なでなで成分が不足してる」
「なでなで成分?」
「そう。なでなで成分」
ええと、それは何だ?
「でもな響、金剛が待ってるんだ」
「腕は二本あるよ」
「・・・・」
そこで金剛を左手で、響を右手で撫で始めたが、しかし。
「ノー!撫で方がヘタデース!右手が良いデース!」
「そりゃそうだ。左で撫でた事なんかないからな」
「響!先輩に譲るデース!」
「金剛お姉ちゃん、もう少しだけ。ダメ?」
「うっ」
提督は思った。響、潤んだ上目遣いで姉呼びは反則だ。どこで覚えたそんな荒業。
「し、仕方ないデース・・」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
金剛が押っ取り刀で提督に向き直る。
「提督ッ!」
「はい?」
「手が止まってます!ナデナデしてクダサイ!」
「はいはい」
提督は顔を正面に向け、さらにびくっなった。
いつのまにか会場が静かになってる。それになんか白い目が増えて、すごく睨まれている。
「な、なあ皆。今宵は私の送別会なんだ。何を怒ってるか知らんが、矛を納めてくれないか」
しかし、金剛と響を除く艦娘が口を揃えて開く。
「提督っ!」
「ひっ!」
「順番にナデナデしてくださいっ!」
「は?」
こうして、撫でる時間は1人1分とか順番は私が先だとかルールがいつの間にか決まり。
ナデナデ行列が出来上がった頃に、長門達は帰ってきた。
加賀は最後尾にいた時雨に聞いた。
「なんですか、この行列は?」
「あぁ、加賀。これは提督に頭を撫でてもらう行列だよ」
「はぁ、そうですか」
ちょっと良いかもと思いながら、長門が居た場所を振り向いた。
居ない。
慌てて向き直ると、時雨の後ろに長門が並んでいた。
「あれっ」
「いや、なに、こういう機会は一応押さえておかねばな」
「ずるいです。じゃんけんです」
「最後の二人ではないか」
「1回勝負です」
「え、本気か?」
「じゃんけん」
「ぽ、ぽん!」
時雨の後ろについた加賀は思った。長門は慌てると必ずグーを出します。行動解析は大事。
長門は自分のグーを見つめていた。何故肝心な時になると加賀に勝てないのだろう。
提督は頭を順番に撫でながら、その艦娘と思い出話や感謝の言葉を伝えた。偶然だが丁度良かった。
そして、ふと轟沈させてしまった4隻を思い出した。
あの子達に幸せな時間をもっと与えてやりたかった。私の責任なのは解っている。
私はどうしたら償えるのだろう。今から償えるのだろうか。
私が深海棲艦になりそうです。
ドラグノフで提督狙撃して良いでしょうか?
ル級「貴殿ハ採用デキマセン。体力無サ過ギデス」
誤字を直しました。すいません。
あと、例えば2000時、というのは軍隊式表記らしいので誤字ではないつもりです。なので変えません。ご容赦くださいね。